「なぁ。漁ってもう終わっちまったのか? 他の連中がいないけど」
ヤシロが川辺をキョロキョロと見渡す。
たまにヤシロが覗きに来てくれる時は、あっちこっちでウチの漁師が魚を捕っている。
それと比べてるんだろうな。
「他の連中はもう終わりだ。けど、あたいは……その、もうちょっと……」
どうしよう。
『ヤシロに忘れられたくないから漁を続けてる』なんて、言っちゃっていいのかな?
そんなの『いつも通り』じゃないよな?
じゃあなんて言う?
えっと……え~っと…………
「さてはお前、逃がした大物が惜しくて、そいつを捕まえようとしてんだろ?」
「へ? ……あ、う、うん! そう! そうなんだよ!」
なんて言っていいか分からないあたいに代わって、ヤシロが理由をつけてくれた。
やっぱりヤシロはいいなぁ。あたいが困っていると絶対助けてくれる。どんな小さなことでもだ。
こんなに細くて小さい体なのに、他の誰よりも頼りになる…………すごい男だよ、ヤシロは。
「少し見学させてもらっていいか?」
「見学?」
「漁をするところを見たいんだ」
「あたいも見たい! 一緒に見よう!」
「いやっ、お前が捕るところを見たいんだよ!」
「じゃあ、一緒に捕ろう!」
「はぁっ!?」
そうだ!
それはいい考えだ!
ヤシロと一緒にさっき逃がした大物を捕まえたい。
ヤシロとだったらきっと捕まえられる。
……不思議だなぁ。
ヤシロと一緒にいると、どんなことだって出来そうな気がする。
不可能なんてこの世にはないんじゃないかって、そんな気になる。
「な? 一緒にやろう? な? な?」
「……見学に来ただけなのに…………着替えとか持ってないから、お手柔らかに頼むぞ」
「うんっ!」
ヤシロの手を引いて、河原へと戻る。
……ヤシロの手、あったかいな。
「よぉし! デカいのを捕まえるぞぉ!」
「その前に、右手の鮭をどうにかしろよ」
言われて右手を見てみると、まだ鮭がいた。
お前、いつまでそこにいるんだよ? ……まったく、この鮭は。
「ヤシロ、魚篭に入れといてくれ」
「ちょっ!? いきなり投げぶっ!」
鮭を放り投げると、ヤシロがキャッチを失敗して顔面に「びたーん!」ってなった。
……ぷっ!
「あははははっ! 何やってんだよぉ、ヤシロォ!」
「何やってんだはこっちのセリフだっ! ……うわっ、生臭っ!?」
「あはははっ!」
服の袖で顔を拭いて「臭っ!」とかやるヤシロが面白くて、思わずお腹を抱える。
楽しい。
あ~、楽しいなぁ。
ヤシロといると、いつもこんな気分になれるんだよなぁ。
やっぱり、ヤシロはいいな。
「ヤシロ」
「んだよ」
名前を呼ぶと、ちゃんと返事をして、あたいのことを見てくれる。
「にひっ。呼んでみただけ!」
「なんだよ、それ……」
唇をとんがらせてそっぽを向く仕草……マグダが言うには、あれは照れてる時のクセなんだって。
そっか、今ヤシロは照れたのか。あはは。可愛いなぁ。
「ヤシロは可愛いな!」
「お前もな」
「――っ!?」
突然そんなことを言われて、心臓がぎゅってなった。ぎゅってなったから血が一気に顔に集まった。一瞬で顔が熱くなる。
な……なんだよぅ…………急に、そういうこと、言うなよなぁ……
あたいは思わず唇をとんがらせてそっぽを向いてしまった。
…………あ。
あたいもヤシロと同じことしてる。
「ふふっ…………くくくく……あはははっ」
なんだよなんだよ。
お揃いだ。
似てるんだなぁ、あたいとヤシロ。なんだか嬉しいなぁ。
「いつまで笑ってんだよ」
ヤシロがあたいの髪の毛をくしゃってして、頭をぽんって叩く。
…………ぁう。それ、照れるから、いきなりはやめてほしい…………いや、やっぱやめないでほしい。けど、いきなりは…………ぁう。
「大物狙おうな」
親指を立てて、あたいに向かって突き出してくる。
なんか、それ。すごくやる気出るな。
「おう! あたいから逃げられると思うなよ、川の主っ!」
「今ので引きこもっちゃったんじゃないか、主?」
ははっ、川の主がそんなのでビビるかよぉ。
だって川の主だぞ? 一番強いんだぞ?
まったく、ヤシロは面白いヤツだな。
「ぅっくはぁ~、水、冷てぇ……」
ズボンの裾を膝まで捲って、ヤシロが川に入る。
覚束ない足取りで川の中ほどまで進む。
「ヤシロ。その向こう、急に深くなるから気を付けろ!」
「おっと! ……ホントだな。そこからすげぇ深いじゃねぇか」
「そこに主がいるんだ」
「うわぁ、いそうだなぁ……」
「だから、いるんだって」
あたいも川に入ってヤシロの隣まで行く。
ヤシロは泳げるけど、川は危険だ。ちょっとの油断が命取りになることだってある。
いつだって手の届くところにいて、あたいがヤシロを守ってやる。
いつだって……手が届くところに………………ぐすっ。
「ん? どした?」
「水しぶきっ!」
背中を向けて涙を拭う。もちろん、水しぶきを拭うフリで。
泣かない。あたいは『いつも通り』魚を捕るんだ!
「それじゃあ、魚の捕り方を教えるな」
「プロの講義か。しっかり聞かせてもらおうかな」
ヤシロはこういうところでいつも前向きだ。
出来ないとか無理だとか、そういうことを言わない。
川漁ギルドに来てくれたら、すぐにでも副ギルド長にしてやるのに。
他の漁師も、そこんとこは同意してくれている。
オメロなんか「マジで来てくれねぇかなぁ、兄ちゃんっ!」って言ってたしな。
技術を教えれば、きっとすぐにうまくなる。
ヤシロなら、それが出来る。
「まず、魚を見つける。美味しそうなヤツな」
「それはどこで見分けるんだ?」
「見た瞬間よだれが出るのが美味しい鮭だ」
「……それで判別できるのは、お前だけだ」
なんでだよぉ?
美味しい鮭を見たらよだれ出るだろう?
陽だまり亭の客だってよだれ垂らしてたぞ?
「それで、魚を見つけたら、次はどうするんだ?」
「捕まえるっ!」
「だから、その方法を教えろってんだよ!」
「勢いよく『ばしゃーん!』ってする!」
「すげぇアバウトッ!?」
「そうか? じゃあ、こう……『ぐーん』っていって、『ばしゃーん!』」
「情報量増えてねぇよ!」
なんだよぉ!
なんで分かんないんだよぉ!?
「まぁ、いい。とにかく、一人が魚を浅瀬へ追い込んで、もう一人が仕留めればいいんだろ」
「そう! さすがヤシロだ! ちゃんとあたいの説明を理解してるじゃねぇか!」
「……お前の説明で理解したわけじゃねぇよ」
やっぱりヤシロだ。
ちゃんと魚の捕り方も覚えたみたいだ。
「それじゃあ、あたいが一回深いところに潜って、主をおびき出してくるな」
「おびき出すって、どうするんだ?」
「巣の周りで大暴れする!」
「……それ、『おびき出す』じゃなくて『追い出す』だよ……」
何が違うんだ?
主が出てくればそれでいいじゃないか。変なところにこだわるヤツだなぁ。
「んじゃ、ちょっと行ってくるな!」
「ちょっと待て!」
潜る前の準備運動を始めると、ヤシロが慌てた様子であたいを止めた。
なんだ?
心配ならいらないぞ。あたい、泳ぎは得意なんだ。
「いや、その…………お前ってさぁ……」
視線を逸らして、ごにょごにょと口ごもるヤシロ。
心なしか、顔が赤い気がする。
「……泳ぐ時って、全裸なんだよな?」
「ふなっ!?」
た、確かに、昔は全然気にしてなかったからそういうこともあったけど……でもそれは、周りの連中があたいの親父くらいのオッサンばっかりだったし、親父の知り合いばっかで、あたいがもっとずっと小さい……三歳くらいから知ってる連中ばっかりだったから、特に気にしてなかっただけで、……特にそういう目で見てくるヤツもいなかったし……でも!
ヤシロに会ってからは……そういうのにも、気を遣うようになったんだぞ…………なんか、人に見られるのが恥ずかしいなって、思うようになったし……服だって気を遣うようになったし…………泳ぐ時は、ヤシロがくれた水着を着るようになったし……漁の時は服を着たままだし……だから、だからさぁ!
「な、なるわけないだろう!?」
「いや、だって、前にオメロが……」
「子供の頃の話だ!」
「……去年の話なんだが?」
「とりあえずオメロを消すっ!」
「いや、待て! 子供の頃! そうだ、子供の頃の話だから大丈夫だ! 誰も消すな!」
くそぉ……オメロのヤツ…………洗ってやる。絶対洗ってやる! 漂白してやるぅっ!
「ふ、服を着たまま潜るから、そ、その……変な目で見るなよっ!」
「見ねぇよ」
………………なにも、そんなきっぱり言わなくてもさぁ……なんだよぉ、あたいには興味ないのかよぉ…………
「なんで耳がぺたーんってしてんのかは聞かんが……」
じゃぶじゃぶと、ヤシロがあたいに近付いてくる。
そして、また急に、髪の毛をくしゃくしゃって、今度は二回も、撫でてくれた。
「行くなら気を付けろよ。お前なら大丈夫だとは思うが、川は危険が潜んでいるからな」
「うん! 分かった!」
あぁ……やっぱりヤシロはいいなぁ。
ヤシロだけだもんなぁ、あたいのことこうやって心配してくれるの。優しいなぁ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!