異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

追想編3 デリア -2-

公開日時: 2021年3月11日(木) 20:01
文字数:3,571

「なぁ。漁ってもう終わっちまったのか? 他の連中がいないけど」

 

 ヤシロが川辺をキョロキョロと見渡す。

 たまにヤシロが覗きに来てくれる時は、あっちこっちでウチの漁師が魚を捕っている。

 それと比べてるんだろうな。

 

「他の連中はもう終わりだ。けど、あたいは……その、もうちょっと……」

 

 どうしよう。

『ヤシロに忘れられたくないから漁を続けてる』なんて、言っちゃっていいのかな?

 そんなの『いつも通り』じゃないよな?

 じゃあなんて言う?

 えっと……え~っと…………

 

「さてはお前、逃がした大物が惜しくて、そいつを捕まえようとしてんだろ?」

「へ? ……あ、う、うん! そう! そうなんだよ!」

 

 なんて言っていいか分からないあたいに代わって、ヤシロが理由をつけてくれた。

 やっぱりヤシロはいいなぁ。あたいが困っていると絶対助けてくれる。どんな小さなことでもだ。

 こんなに細くて小さい体なのに、他の誰よりも頼りになる…………すごい男だよ、ヤシロは。

 

「少し見学させてもらっていいか?」

「見学?」

「漁をするところを見たいんだ」

「あたいも見たい! 一緒に見よう!」

「いやっ、お前が捕るところを見たいんだよ!」

「じゃあ、一緒に捕ろう!」

「はぁっ!?」

 

 そうだ!

 それはいい考えだ!

 

 ヤシロと一緒にさっき逃がした大物を捕まえたい。

 ヤシロとだったらきっと捕まえられる。

 

 ……不思議だなぁ。

 ヤシロと一緒にいると、どんなことだって出来そうな気がする。

 不可能なんてこの世にはないんじゃないかって、そんな気になる。

 

「な? 一緒にやろう? な? な?」

「……見学に来ただけなのに…………着替えとか持ってないから、お手柔らかに頼むぞ」

「うんっ!」

 

 ヤシロの手を引いて、河原へと戻る。

 

 

 ……ヤシロの手、あったかいな。

 

 

「よぉし! デカいのを捕まえるぞぉ!」

「その前に、右手の鮭をどうにかしろよ」

 

 言われて右手を見てみると、まだ鮭がいた。

 お前、いつまでそこにいるんだよ? ……まったく、この鮭は。

 

「ヤシロ、魚篭に入れといてくれ」

「ちょっ!? いきなり投げぶっ!」

 

 鮭を放り投げると、ヤシロがキャッチを失敗して顔面に「びたーん!」ってなった。

 ……ぷっ!

 

「あははははっ! 何やってんだよぉ、ヤシロォ!」

「何やってんだはこっちのセリフだっ! ……うわっ、生臭っ!?」

「あはははっ!」

 

 服の袖で顔を拭いて「臭っ!」とかやるヤシロが面白くて、思わずお腹を抱える。

 楽しい。

 あ~、楽しいなぁ。

 

 ヤシロといると、いつもこんな気分になれるんだよなぁ。

 

 やっぱり、ヤシロはいいな。

 

「ヤシロ」

「んだよ」

 

 名前を呼ぶと、ちゃんと返事をして、あたいのことを見てくれる。

 

「にひっ。呼んでみただけ!」

「なんだよ、それ……」

 

 唇をとんがらせてそっぽを向く仕草……マグダが言うには、あれは照れてる時のクセなんだって。

 そっか、今ヤシロは照れたのか。あはは。可愛いなぁ。

 

「ヤシロは可愛いな!」

「お前もな」

「――っ!?」

 

 突然そんなことを言われて、心臓がぎゅってなった。ぎゅってなったから血が一気に顔に集まった。一瞬で顔が熱くなる。

 な……なんだよぅ…………急に、そういうこと、言うなよなぁ……

 

 あたいは思わず唇をとんがらせてそっぽを向いてしまった。

 …………あ。

 

 あたいもヤシロと同じことしてる。

 

「ふふっ…………くくくく……あはははっ」

 

 なんだよなんだよ。

 お揃いだ。

 

 似てるんだなぁ、あたいとヤシロ。なんだか嬉しいなぁ。

 

「いつまで笑ってんだよ」

 

 ヤシロがあたいの髪の毛をくしゃってして、頭をぽんって叩く。

 …………ぁう。それ、照れるから、いきなりはやめてほしい…………いや、やっぱやめないでほしい。けど、いきなりは…………ぁう。

 

「大物狙おうな」

 

 親指を立てて、あたいに向かって突き出してくる。

 なんか、それ。すごくやる気出るな。

 

「おう! あたいから逃げられると思うなよ、川の主っ!」

「今ので引きこもっちゃったんじゃないか、主?」

 

 ははっ、川の主がそんなのでビビるかよぉ。

 だって川の主だぞ? 一番強いんだぞ?

 まったく、ヤシロは面白いヤツだな。

 

「ぅっくはぁ~、水、冷てぇ……」

 

 ズボンの裾を膝まで捲って、ヤシロが川に入る。

 覚束ない足取りで川の中ほどまで進む。

 

「ヤシロ。その向こう、急に深くなるから気を付けろ!」

「おっと! ……ホントだな。そこからすげぇ深いじゃねぇか」

「そこに主がいるんだ」

「うわぁ、いそうだなぁ……」

「だから、いるんだって」

 

 あたいも川に入ってヤシロの隣まで行く。

 ヤシロは泳げるけど、川は危険だ。ちょっとの油断が命取りになることだってある。

 いつだって手の届くところにいて、あたいがヤシロを守ってやる。

 

 いつだって……手が届くところに………………ぐすっ。

 

「ん? どした?」

「水しぶきっ!」

 

 背中を向けて涙を拭う。もちろん、水しぶきを拭うフリで。

 泣かない。あたいは『いつも通り』魚を捕るんだ!

 

「それじゃあ、魚の捕り方を教えるな」

「プロの講義か。しっかり聞かせてもらおうかな」

 

 ヤシロはこういうところでいつも前向きだ。

 出来ないとか無理だとか、そういうことを言わない。

 川漁ギルドに来てくれたら、すぐにでも副ギルド長にしてやるのに。

 他の漁師も、そこんとこは同意してくれている。

 オメロなんか「マジで来てくれねぇかなぁ、兄ちゃんっ!」って言ってたしな。

 

 技術を教えれば、きっとすぐにうまくなる。

 ヤシロなら、それが出来る。

 

「まず、魚を見つける。美味しそうなヤツな」

「それはどこで見分けるんだ?」

「見た瞬間よだれが出るのが美味しい鮭だ」

「……それで判別できるのは、お前だけだ」

 

 なんでだよぉ?

 美味しい鮭を見たらよだれ出るだろう?

 陽だまり亭の客だってよだれ垂らしてたぞ?

 

「それで、魚を見つけたら、次はどうするんだ?」

「捕まえるっ!」

「だから、その方法を教えろってんだよ!」

「勢いよく『ばしゃーん!』ってする!」

「すげぇアバウトッ!?」

「そうか? じゃあ、こう……『ぐーん』っていって、『ばしゃーん!』」

「情報量増えてねぇよ!」

 

 なんだよぉ!

 なんで分かんないんだよぉ!?

 

「まぁ、いい。とにかく、一人が魚を浅瀬へ追い込んで、もう一人が仕留めればいいんだろ」

「そう! さすがヤシロだ! ちゃんとあたいの説明を理解してるじゃねぇか!」

「……お前の説明で理解したわけじゃねぇよ」

 

 やっぱりヤシロだ。

 ちゃんと魚の捕り方も覚えたみたいだ。

 

「それじゃあ、あたいが一回深いところに潜って、主をおびき出してくるな」

「おびき出すって、どうするんだ?」

「巣の周りで大暴れする!」

「……それ、『おびき出す』じゃなくて『追い出す』だよ……」

 

 何が違うんだ?

 主が出てくればそれでいいじゃないか。変なところにこだわるヤツだなぁ。

 

「んじゃ、ちょっと行ってくるな!」

「ちょっと待て!」

 

 潜る前の準備運動を始めると、ヤシロが慌てた様子であたいを止めた。

 なんだ?

 心配ならいらないぞ。あたい、泳ぎは得意なんだ。

 

「いや、その…………お前ってさぁ……」

 

 視線を逸らして、ごにょごにょと口ごもるヤシロ。

 心なしか、顔が赤い気がする。

 

「……泳ぐ時って、全裸なんだよな?」

「ふなっ!?」

 

 た、確かに、昔は全然気にしてなかったからそういうこともあったけど……でもそれは、周りの連中があたいの親父くらいのオッサンばっかりだったし、親父の知り合いばっかで、あたいがもっとずっと小さい……三歳くらいから知ってる連中ばっかりだったから、特に気にしてなかっただけで、……特にそういう目で見てくるヤツもいなかったし……でも!

 ヤシロに会ってからは……そういうのにも、気を遣うようになったんだぞ…………なんか、人に見られるのが恥ずかしいなって、思うようになったし……服だって気を遣うようになったし…………泳ぐ時は、ヤシロがくれた水着を着るようになったし……漁の時は服を着たままだし……だから、だからさぁ!

 

「な、なるわけないだろう!?」

「いや、だって、前にオメロが……」

「子供の頃の話だ!」

「……去年の話なんだが?」

「とりあえずオメロを消すっ!」

「いや、待て! 子供の頃! そうだ、子供の頃の話だから大丈夫だ! 誰も消すな!」

 

 くそぉ……オメロのヤツ…………洗ってやる。絶対洗ってやる! 漂白してやるぅっ!

 

「ふ、服を着たまま潜るから、そ、その……変な目で見るなよっ!」

「見ねぇよ」

 

 ………………なにも、そんなきっぱり言わなくてもさぁ……なんだよぉ、あたいには興味ないのかよぉ…………

 

「なんで耳がぺたーんってしてんのかは聞かんが……」

 

 じゃぶじゃぶと、ヤシロがあたいに近付いてくる。

 そして、また急に、髪の毛をくしゃくしゃって、今度は二回も、撫でてくれた。

 

「行くなら気を付けろよ。お前なら大丈夫だとは思うが、川は危険が潜んでいるからな」

「うん! 分かった!」

 

 あぁ……やっぱりヤシロはいいなぁ。

 ヤシロだけだもんなぁ、あたいのことこうやって心配してくれるの。優しいなぁ。

 

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