異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加89話 しょーもないことに全力で -2-

公開日時: 2021年4月5日(月) 20:01
文字数:4,123

「何しに来たんだよ、またジネットが何か頼んでたのか?」

「いや。自分と大工はんが唾液の交換を行ってるって噂を小耳に挟んでな」

「出所はどこだ、その噂!?」

「……さっきの一連が、この速度で街の東側まで? ……あり得ないッス」

 

 ウーマロ、真剣に考えるな。

 こいつは、そーゆー能力を持っている、そう考える方が自然だし、よっぽど信憑性がある。

 

「せやけど、出てきてよかったわ……まさか、ウチを慰み者にしようとしとったとはなぁ」

「そこまではしてねぇよ!」

 

 人聞きが悪いんだよ、人聞きが!

 

「そんな公衆の面前で辱められたら、もうお嫁に行かれへんわ……」

「それ以上に強烈な『お嫁に行けない理由』山盛りじゃねぇかよ、お前……」

 

 今さらブーブークッションくらい、誤差だ誤差。

 

「責任取って、嫁に貰ぅてもらおかな?」

「ブーブークッションごときでレジーナを嫁にって……、万引きで極刑くらい司法がぶっ飛んでるだろ、その判決」

「よ~ぅしゃべる口はコレかぁ~? ん~?」

 

 両手で口の端を『みょぃ~ん』っと引っ張られる。

 割とマジの強さだ。

 ……あ、やっぱブーブークッションは恥ずかしいんだ。ちょっと耳が赤い。

 よかった、仕掛けなくて。下手したら泣いてたかもしれん。

 

「レジーナさん、ちょいちょい女の子っぽいとこ見せるです」

「……極、稀~に、女子っぽい」

「自分ら、忘れてるかもしらへんけど、ウチ女の子やねん」

 

 ロレッタとマグダに文句を言いつつ、レジーナは俺の口の中へ小さな粒状の何かを放り込んだ。

 また煙か?

 

「おいおい、今度はなんだよぉ……って、声が高い!?」

「きゃっきゃっきゃっきゃっ! なんや、その声!? あ~、お腹よじれる!」

 

 まるでヘリウムガスを吸った時のような奇妙な声になっている俺。

 この粒、ヘリウムでも固めてるんじゃないだろうな? 害はないよな? マジで!

 

「お前、本当はこれを試すために出てきたんだろ?」

「けたけたけた! やめ~や~、変な声でしゃべりかけんといてんか」

「お前のせいだろうが!」

「『お前のせいだろうが!』」

「マネすんな!」

「『ムラムラするやないか!』」

「言ってねぇよ!」

「心の声や」

「俺の心の声はそんな甲高くねぇよ!」

 

 えぇい、くそ! 効果が長い!

 ヘリウムガスは一回しゃべれば元に戻るのに。こいつはいつまで続くんだ?

 

「まったく、しょーもないもんを次から次へと…………あ、戻った」

「効果は大体三十秒くらいや。体質によっては二分くらい持つこともあるけどな」

 

 ろくでもないイタズラアイテムだ。

 まったく、憤懣やるかたない。

 

「二つ売ってくれ」

「誰に使う気ッスか!?」

 

 ウーマロが口を両手で押さえて遠ざかる。

 

「失敬なヤツだな。俺がそんなことするように見えるのか?」

「したじゃないッスか! ブーブークッション!」

「へぇ~、それがブーブークッション(メンズの唾液が入り交じる場所)かいな」

「そんな物騒なサブタイトルはついてねぇよ」

 

 どんな社交の場だ。

 

「あ、そうッス! 早く仕掛けてグーズーヤを引っかけるッス」

 

 そそくさとウーマロが椅子にブーブークッションをセットする。

 その上にへにゃっとしたクッションを載せる。

 これで、ブーブークッションの厚みが、まるで上に被せたクッションの厚みのように見えるのだ。

 

「うふふ。みんな、楽しそうねぇ」

 

 一人、離れた席でお茶を飲んでいるウクリネス。

 こいつはハロウィンの衣装作りに熱を上げ過ぎたせいで「陽だまり亭で一服してきてください!」と店の者に追い出されたのだそうで、ジネットが仮縫いの衣装に袖を通すまで帰れないのだ。

 

 休める時に休んでおけよ。

 ホント、ちょっとアゴのラインがシャープになってて焦ったよ。ほんの数日前に会った時はもっとふっくらしてたのに。

 

「マグダ、ウクリネスにケーキを」

「……心得た」

「あら、いいのよ、そんな気を遣わなくて」

「いいんだ。さっきウーマロに言った『コーヒー奢ってやる』をウクリネスにスライドさせただけだから」

「えっ!? オイラのコーヒーそっち行っちゃったんッスか!?」

「ウクリネスは頑張ってるんだぞ」

「オイラも結構頑張ったッスよ!?」

「あらあら。じゃあ、お言葉に甘えようかしら。ありがとね、ヤシロちゃん、ウーマロちゃん」

「う…………。ウクリネスさんに言われると、イヤとは言えないッスね」

「うふふ。優しいのねぇ」

 

 人好きする顔で肩を揺らすウクリネス。

 以前はもっと恰幅がよかったのになぁ。

 

「マグダ、ケーキを与えてもっと肥え太らせろ」

「……たんとお食べ」

「あっ、じゃああたし、ウクリネスさんの肩揉むです!」

「あらあら。私、出荷されちゃうのかしら?」

 

 マグダがケーキを食べさせてやり、ロレッタがウクリネスの肩を揉んでいると、陽だまり亭のドアが開いた。

 

「ややっ!? なんですか、これは?」

 

 入ってきたのはグーズーヤだった。

 デリアが来る時間に合わせてきやがったな……今日はまだだけども。

 店内をきょろきょろと見回して、デリアがいないことを悟ると分かりやすく肩を落とす。なんて失敬なヤツだ。

 

 そんなヤツには……

 

 そっと目配せをする。

 こくりと、ウーマロは頷いた。

 

「いいところに来たなグーズーヤ。今陽だまり亭では頑張っている人を労っていたところなんだ」

 

 嘘ではない。

 頑張ったウクリネスをウェイトレス一同が労っている。

 

 俺がグーズーヤに声をかけて意識をこちらに向けている隙に、ウーマロがさりげなくブーブークッションの仕掛けられた椅子を引く。

 

「グーズーヤも疲れたッスよね? この椅子を使っていいッスよ」

「お? なんか豪華なクッションですね? いいんですか、僕が座って?」

「譲ってやるッス。今日は頑張ってたッスからね」

「やは~、棟梁に認めてもらえるなんて、僕感激です! じゃあ、折角のご厚意なんで、遠慮なく……」

 

 

 ぶぴぃ~!

 

 

「どわぁぁあ!? なんっすか、これぇ!?」

「テッテレ~♪ ドッキリ大成功ッス~!」

「とぉーりょおー!?」

 

 見事に決まってけたけた笑うウーマロ。

 しかし、なんて吸収の早いヤツだ。もう「テッテレ~♪」を使いこなしてやがる。

 

「またっ、こんなしょーもないもんにとんでもない技術を注ぎ込んで……! あんたら、そーゆー悪いところありますからね!? 自覚してくださいね! 技術の無駄使いですからね!?」

「ヤシロさんに言うッスよ」

「棟梁も似たようなもんです! もう、プチヤシロさんです!」

「失敬ッスよ!?」

「あぁ、どっちもな!」

 

 失敬な二人に、買ったばかりのヘリウム玉をくれてやった。

 

「ぎゃっ!? しまったッス!」

「ちょっ!? 棟梁なんですかその変な声……って、僕も!?」

 

 三十秒くらい変な声でしゃべってろ。

 

「……ヤシロ」

「なんだ、マグダ?」

「……グスターブに食べさせたら、どうなる?」

 

 グスターブ。

 狩猟ギルドの暴食ピラニア人族の男で、素で声が甲高い。

 千葉の夢の国のネズミを思い出させる声をしているヤツだ。

 そいつに声が甲高くなるヘリウム玉を食わせれば…………

 

「超音波になるな」

「……興味深い」

 

 ただ、グスターブのために金を使ってやるのはもったいない。

 よし、無しだな。

 

「くそぉ……やられっぱなしは悔しいなぁ……」

 

 変な声でグーズーヤが言う。

 

「変な声でしゃべんな、鬱陶しい」

「ヤシロさんの仕業じゃないですか!?」

 

 変な声で文句を言われた。

 不愉快です。

 

「ぷーんっだ!」

「……それ、可愛いって言ってくれるの、店長さんだけですからね?」

「あら、私は可愛いと思いますよ?」

「……ヤシロさん、あなた、ウクリネスさんにまで……!?」

 

「まで」なんだ? こら?

 変な声で変なこと抜かしてると変な顔のまま変な格好で変な場所に埋めるぞ?

 一億六千万年後の生命体に『変な格好の生物』として化石で掘り出されてみるか? ん?

 

「とにかく! 僕もそのイタズラ誰かにやりたいです!」

「じゃあレジーナに」

「女性には無理ですよ!?」

「懲りひんやっちゃなぁ、自分も。まだ言うか?」

 

 どうやら、ブーブークッションのターゲットは男性限定らしい。

 なんでかレジーナが目を光らせている。

 お前はどっちかっていうとこっち側だろうが。度が過ぎてちょいちょい怒られる問題児チーム!

 

「そうだ! ヤンボルドさんがこの後来ますから、ヤンボルドさん引っかけましょう!」

「おう、それはいいッスね! 最近調子に乗ってるあいつをドッキリさせてやるッス!」

「あれ!? 棟梁、声戻ってません?」

「そういうお前はなんでまだ戻ってないんッスか?」

 

 ウーマロの声は元に戻っているのに、グーズーヤはまだ甲高いままだ。

 体質によって持続時間が変わるというのは本当なんだな。

 

「まぁいいです! そんなことよりも早く仕掛けを!」

「ほなら細い大工はん。これに空気を。吹き口の、この、ここらへん、一回ベロベロ舐めてから、膨らませて」

「唾液の社交場を目論んでんじゃねぇよ!」

「オイラが膨らませるッス!」

 

 食堂で盛大に腐るんじゃねぇよ。

 衛生面で大問題だろうが。営業妨害で告訴するぞ。

 

「これで……セット完了ッス!」

「ふふふ、これでヤンボルドさんが来れば……」

「オレ、引っかかって『いや~ん』って、言う」

「「ヤンボルド!?」さん!?」

「『いや~ん』」

 

 悪巧みをするウーマロとグーズーヤの背後にヤンボルドが不適に笑って立っていた。

 こいつも、気配をさせずに……

 

「レディに、そういうイタズラは、よくない」

「誰がレディッスか!?」

「体は男でも…………、心はオッサン!」

「完全無欠にオッサンじゃないッスか!?」

「レディ要素が皆無ですよ、ヤンボルドさん!?」

「恥じらいの心を持つ者、それすなわち、乙女」

 

 恥じらいくらい誰でも持っとるわ。……ごく一部の人間を除いて。

 

「レディに恥をかかせようとした……もうお嫁に行けない」

「お前はどう転んでも行けなかったッスよ、もともと!」

「グーズーヤ、責任取って」

「拷問じゃないですか、僕の残り半生!?」

「あれ? なんでだろう……ヤンボルドとレジーナが被る」

「ウチも乙女の心持ち合わせとるさかいなぁ、乙女同盟やわぁ」

 

 ヤな同盟だな、それ。

 

 しかし、ブーブークッションは成功率が低いな。

 まぁ、あからさまに怪しいクッションありの座席に誘導しなきゃいけないというのも難易度が高いしなぁ。

 もともと、日本でも成功率はそこまで高くなかったんだよな。

 

 ターゲットも絞られるし……こりゃ失敗だな。

 

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