「あ、そうだわ。遅くなっちゃったけど、これ」
そう言って、ウエラーが二つの小袋を差し出す。シェリルと、バルバラに。
「え……あの、これ?」
「お守りよ」
「わーい! おまもりー!」
シェリルは嬉しそうに受け取り、そしてためらうバルバラにはウエラーが半ば強引に押しつけるように手渡した。
「今日採れた中で一番のポップコーンの実が入っているの。元気いっぱい弾けますようにって願いを込めてあるの。……うふふ、あの人と一緒に考えたのよ」
あの人というのは、まぁ言うまでもなく、今白組陣地で手足のストレッチをして張り切っているヤップロックのことだ。
二人して考えたのだろう。シェリルやトット、そしてバルバラが頑張れるように、と。
「まるで本物の家族だな」
「ふぁっ!?」
「あら」
ムム婆さんからの催促まがいな視線を受けて発した俺の言葉に、バルバラは素っ頓狂な声を漏らし、ウエラーはくすりと笑った。
ウエラーが見せたその笑みは、「もうすでに家族だと思ってますよ」と如実に物語っていた。
……だけれど。
「ば、バカ言えよ、英雄! ご主人と奥さんはな、すっげぇいい人たちで、アーシらみたいな……いや、テレサはいい子なんだけど……アーシみたいな悪たれの親になんかもったいない人たちなんだぞ!」
と、バルバラが過剰な反応を見せる。
それを、ウエラーは寂しそうな表情で見つめていた。
「まったく。お前はほとほとアホだな、バルバラ」
「誰がアホだ!」
今、この場にいる大多数の人間が「いや、お前がだよ!」と心の中で突っ込んだことだろう。バルバラのアホさ加減は、その賑やかさも相まってそこそこ周知されている。
まぁ、それはいいとして。
「あのな、バルバラ。こういう言葉がある。『出来の悪い子でも巨乳なら可愛い』」
「惜しいわね、ヤシロちゃん。『出来の悪い子ほど』よ」
そうだっけか?
四十二区限定の言い回しなんじゃねぇの?
とにかくだ。
「資格があるかないか、雇われの分際で勝手に決めつけてんじゃねぇーよって話だ」
「で、でも! アーシのせいでトウモロコシ畑はメチャクチャになっちまって……今も、全然元通りになってなくて……そのせいでご主人と奥さんは毎日朝早くから夜中まで……今日だって、本当は最初から来たかったろうに、なのに、アーシたちだけ先に行かせてくれて……!」
「なんだ……」
あーだこーだと御託を並べるバルバラを見て、俺はちょっとだけ感心してしまった。
こいつにも、罪悪感ってもんがちゃんとあったんだな。
だったら、大丈夫だ。
「お前、ちゃんと孝行してんじゃねぇか」
「出来てねぇよ! アーシはまだまだ全然役にも立ててなくて……っ!」
「じゃあ、ちょっとアレを見てみろよ」
がなり立てるバルバラの目の前に人差し指を突き立てて黙らせ、その指をすいっとスライドさせる。
その先には、真っ白な顔を真っ赤に染めたウエラーがいて、小さな手で頬を押さえ、今にも涙腺が決壊しそうな瞳でバルバラを見つめていた。
あーそーかい。そんなに嬉しいのか。
「あれが、嫌がってる顔に見えるなら、お前もレジーナに目の薬をもらってこい」
「え、いや……だって……!」
「バルバラさん……っ」
「は…………はぃ」
とととっと駆け寄り、バルバラの手をぎゅっと握りしめ、ウエラーは涙声で言う。
「嬉しいわ。そんな風に思っていてくれたなんて……」
「いや、だって……アーシのせいで……」
「ううん。あなたは反省し、謝ってくれた。それに、毎日一緒に働いてくれている。何も悪いところなんてないわ」
「でもっ!」
「それにね、私……ううん、私たちみんな、バルバラさんとテレサちゃんがウチに来てくれて、本当に嬉しいのよ。毎日が賑やかで、とっても楽しいもの」
「あ……あぅ……」
膝をがくがくと震わせ、あごをかくかくと揺らし、バルバラが金縛りにあったみたいに立ちすくむ。
そして、助けを求めるように俺に視線を寄越してくる。
……逃げんなよ、腰抜けめ。
「バルバラ。いい情報を教えてやろうか?」
「な、なんだよ?」
「この後の大玉ころがしで俺の言うことを忠実に聞くって約束するなら教えてやる」
「約束してやるから早く言えよ!」
絶対だぞ?
裏切るなよ?
と、軽く脅すような視線を向けると、バルバラの額に脂汗がにじんだ。
そうそう。それくらいの緊張感を持って聞け。
緊張感は、相手の言葉に信憑性を持たせる不思議な魔力があるからな。
「今だけだ」
「……な、何がだ?」
「今、この瞬間に限り、お前が今望んでいることを口に出すと、かなりの高確率でそれが叶うだろうぜ」
「そ、そんなわけ……!?」
「ないと思うなら黙ってろ。せっかくの情報をうまく活用するかみすみす見逃して無駄にするかはお前次第だ」
「…………」
ずっとウエラーに手を握られているため、バルバラはその場から一歩も動けないでいる。
指一本動かせない、まさに金縛り状態だ。
でも、何かを言いたいという衝動が、バルバラの唇をむにむにと動かしている。
あと一押し、だな。
「じゃあ、ウエラー。そろそろ選手入場だから、応援席に戻って……」
「待ってくれ!」
『今だけ』と、『残りわずか』は、人に決断を迫る時に非常に効果的だ。
動かない足を一歩踏み出す『強制力』を生み出してくれる。
そして、人は最初の一歩を踏み出せば、意外と歩けてしまうものなのだ。
「なぁに、バルバラさん?」
背の低いウエラーが、下からバルバラを見上げる。
じっと、優しく。
「ぅ……ぁ、あの…………」
逃げ場を自ら断ってしまったバルバラは、それでも悪あがきをして、ところどころ詰まりながらその望みを口にする。
「ア、アーシは、こんなだから……どーしよーもないヤツだから……別に、いい……んだけど…………テレサだけはっ、奥さんに、か、かーちゃんにするみたいに、甘えさせてやってくれねぇか!? いや、くれませんか!?」
バルバラが、きちんと敬語を使った。
自分の願いを真摯に頼み込んだ。
ベルティーナ、さすがだな。お前の教え、役に立ってるぞ。
「いいわよ」
「本当ですか!?」
「ただし、一つだけ条件があるの」
「じょう……けん?」
バルバラの頬が引き攣る。
どーせ、「代わりにお前は出て行け」とか、ありもしない最悪ルートを妄想しているのだろう。
まったく、めんどくさいヤツだ。
ウエラーの顔を見りゃ、何を言われるかなんてすぐ分かるだろうに。
「あなたも一緒に、私をかーちゃんだと思ってくれるなら、いいわよ」
「……へぅ…………?」
情けない声が漏れ、バルバラの全身から力が抜け落ちる。
「ア、……アーシも、い、いい……の、か?」
そんなバルバラの質問への答えは、なんとも単純明快なものだった。
「大歓迎よ、バルバラちゃん」
「かーちゃん!」
両腕を広げたウエラーの胸に、バルバラが飛び込んだ。
『さん』が『ちゃん』になったのは、ウエラーなりの配慮だろう。
精一杯背伸びをして、ウエラーはでかいバルバラを包み込む。
「……かーちゃん、いい匂いする……」
「うふふ。そ~ぉ?」
「…………うん」
「そう」
「うん……」
お~、泣いとるなぁ、どっちも。
バルバラも無理してたんだなぁ。
これで、少しは融通が利くようになってくれりゃあいいんだが。
で、ムム婆さんが、何を意味するのかちぃ~っとも理解できないが、俺の背中をぽんぽんと叩いてきた。どうした? 加齢が進んで痙攣でも始まったか? ……ふん。
「ア、アーシ! テレサに教えてやってくる! テレサ、絶対喜ぶから!」
「こら、アホサル。もう入場だっつってんだろ。あとにしろ」
「うっせぇ、英雄! 今それどこじゃねぇんだよ! ぶっ飛ばすぞ!」
おい、俺の言うこと聞くんじゃなかったのかよ? カエルにすんぞ、このクソサル……
「バルバラちゃん、シェリルのおねーちゃんになるの?」
くいっくいっとバルバラの体操服を引っ張り、シェリルがきらきらした目で、一択しかない回答を催促する。
「あぅ……えっと、……アーシで、いいか?」
「だいかんげーい!」
途端にぎゅっとシェリルを抱きしめ蹲るバルバラ。
「シェリルもかわいい! 今日からアーシの妹だぞ!」
「うんー!」
……だから、入場すんぞってのに。
「バルバラちゃん」
ムム婆さんが、しゃがむバルバラに声をかける。
「新しいお母さんに、いいところ見せなきゃね」
「お、おう! そうだな!」
すっくと立ち上がり、拳を握ってバルバラが俺に言う。
「英雄! 絶対勝つぞ、『大玉ころがし』!」
「俺に言うな。お前が頑張れ」
「おう! 頑張る!」
バルバラの瞳に、めらめらと熱くたぎる炎が宿っていた。
これだけやる気があるなら、なんとかなるかもしれないな。
なにせこの競技で勝てるかどうかは、バルバラと、モコカにかかってるんだからな。
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