異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

357話 共犯者たち -1-

公開日時: 2022年5月11日(水) 20:01
文字数:3,993

 寄付を終え陽だまり亭に戻ると、レジーナがハンドクリームの『試作品』を大量に作ってくれていた。

 今ここにいる女子たち全員に一個ずつ配れるくらいの数だ。

 

「これから研究するさかいに、要望あったら遠慮のぅ言ぅてや。入れもんも今は適当なもんやし、こんなんがえぇとか。些細なことでも、言ぅた方が結果えぇもんが出来るさかいな」

 

 レジーナの言葉に、一同は元気のいい返事をする。

「これで十分だよ~」というのは進歩のためにはよくないとしっかり理解してもらえたようだ。

 

「絶対条件として、口に入れても安全なもの。燃えにくいもの。ガキが誤って口に入れないような容器。その辺はクリアしてくれ」

「まぁ、そこら辺は当然やな」

「すごい、ヤシロ。そんなのがすぐに思い浮かぶんだね」

 

 パウラが感心しているが、そこは最低ラインだ。

 

「こういうのは、家事を頑張る母親こそ欲しいもんだろ? だが、母親の手についてるものは、小さいガキの口に入る可能性が高い」

「確かにねぇ。ヤシロって、よくそーゆー女性目線のこと気付けるよね」

 

 そりゃあ、一番お金を落としてくれるのがその層だからな。

 

「ついでに言えば、男連中が仕事に専念できるのは家と子供を守ってくれている最愛の妻のおかげだよな? そんな妻を労うことを躊躇うような夫は男じゃないだろう。何より、愛する妻にはいつまでも綺麗でいてもらいたい。そうだろう!? ――という煽り文句で、『妻への感謝を込めて、ハンドクリームをプレゼントしませんか』的なキャンペーンをすれば、確実に売れる!」

 

 自主的に「そうだな。プレゼントしよう!」ってヤツにも、「わ~、こんなキャンペーンやってるんだぁ、いいなぁ~、欲しいなぁ~」という妻からのプレッシャーに耐えかねたヤツにも、どちらにも売れる!

 

「……訂正。ヤシロは、どこまで行っても商売人目線なんだよね」

「まーな」

 

 いまいち感心されていない気がする。

 主婦層以外に刺さる宣伝文句もあるんだぞ?

 

「ちなみに、『綺麗な手で、大好きなあの人と手を繋ごう』――なんてキャンペーンを組めば、若い女子たちにも売れる」

「うっ……それは、ズルいよ」

 

 パウラの頬がぽっと染まる。

 心に刺さったらしい。

 

「『すべさら素肌で思わず繋ぎたくなる手へ』とかどうだ?」

「あぁーもう! 買うわよ! 買えばいいんでしょ!」

 

 試作品を握りしめ、パウラがきゃんきゃん吠える。

 ただ、尻尾がわっさわっさ揺れているので、浮かれているようだ。

 

「カタクチイワシ。このハンドクリームをハム摩呂たんの全身に塗りたくったら、思わず抱きしめたくなるだろうか?」

「塗りたくらなくても、隙あらば抱きしめようとしてんじゃねぇか、お前」

「では逆に、私の全身に塗りたくれば!?」

「ギルベルタからきつめのおしおきが科されるだろうな」

「……くぅっ、ままならぬ!」

 

 ハンドクリームはハンドに使うに留めとけ。

 

「ミリィ。いろいろ片付いたらハンドクリームの香りについて相談したい。その時には、ラベンダー以外でも香りのいい花があったら教えてくれ」

「ぅん。今日、森に行っていろいろ探してみる、ね」

「パウラ、ネフェリー。お前らもミリィを手伝ってやってくれないか? オシャレ女子代表として意見を聞かせてほしい」

「あたしたちが代表でいいの!?」

「分かった。手伝う。絶対人気の商品になる匂い見つけるんだから!」

 

 喜ぶパウラに張り切るネフェリー。

 ……とりあえず、ニワトリのニオイとかはやめてくれよ。

 

「あたい、ホットケーキの匂いがいい!」

「バニラならあるが、……デリア、自分の手を食うなよ?」

「食うわけないだろう、ヤシロ!?」

「……いや、デリアなら分かんないよね?」

「ありそう……だって、デリアだもん」

「なんだよ!? 酷いぞ、お前ら!」

 

 パウラとネフェリーも俺に賛同してくれるようだ。

 デリアの場合、疲れた時に、ふと自分の手からバニラの甘い香りがしたら……まぁ、齧りつくだろうな。

 痛みを覚えるまで、何回か怪我をしそうだ。

 

「ノーマ。ホットケーキをもっと可愛くするためにひと工夫したいんだが」

「金型かぃね!?」

「あぁ、そうだ。まん丸いフォルムで、ネコの形とか、ヒヨコの形とか魚の形とか作れないかな?」

「出来るさね!」

「可愛くなり過ぎて、食えなくならない範囲でな」

「くふふふ……、ホットケーキが可愛過ぎて食べられなくなるなんて、ヤシロ、なかなか可愛いことを言うさねぇ」

 

 いや、だから!

 お前らがな!

 蒸し返さないけど、俺忘れてないからな! 大食い大会の四回戦!

 ウサギさんリンゴを食べる俺を見る会場中の人間の目と表情!

 いろいろ余計な感情が付随しかねないから蒸し返さないけれども!

 

「……そういうことなら、ネコ型がいいと思われる。トラっぽければさらに可愛い」

「いやいや、待ってよマグダ! ここはヒヨコじゃない? 絶対可愛いから!」

「でもでも~、ネコもヒヨコも食べられないんだし~、ここはやっぱりお魚が一番だと思うけどなぁ~☆」

 

 わぁ。

 各種に応援団が付いた。

 ネコ推しのマグダ。

 ヒヨコと魚は言うまでもなくネフェリーとマーシャだ。

 

「待ってよ、マーシャ。魚ならたい焼きがあるじゃない」

「ホットケーキは別腹☆」

 

 いや、めっちゃ同じ空間に収容されるよ。

 甘い物の中でもジャンルで胃を使い分けるって、どんだけ胃袋持ってんだよ。牛か。

 

「じゃあ、ノーマの腕にかかってくるな。一番可愛いヤツを商品化しよう」

「……ノーマ。今日から合宿。完璧なネコ型が出来るまで眠れないと覚悟して」

「私も参加するからね、その合宿!」

「え~……私、明日用事あるのにぃ~☆」

「じゃあ、魚は確定でいいか」

「わ~い、ヤシロ君やっさしぃ~☆」

「あっ、ズルいよヤシロ! そんなにホタテが好き!?」

「……ネフェリー、それは愚問。聞くまでもなく、ヤシロは、ホタテが、好き」

 

 そんな強調しながら言わんでも。

 まぁ、好きだけど。

 

 つか、明日の予定については、今ここで触れられたくないんだよ。

 だからマーシャを黙らせた。

 

「ウーマロ、ベッコ。港の仕上げ、よろしくな」

「はいッス! もうほぼ出来上がってるッスから、ニュータウンの工事はいったん保留して、港に全力投球ッス!」

「拙者も、洞窟内の飾りを任された故、張り切って汗を流してくるでござる!」

「デリア。そんなわけで四十二区がバタバタするから、カンパニュラと陽だまり亭を頼む」

「おう、任せとけ! どんな怪しいヤツが紛れ込んできても、あたいが全部ぶっ飛ばしてやる!」

 

 ……全部ぶっ飛ばすのは危険だなぁ。

 怪しい領主とかギルド長が、結構四十二区に入り込んでくるからなぁ。

 

「じゃあ、今日と明日、俺とエステラはちょっと忙しくなるから、四十二区のことはお前らに任せたぞ」

「おぅ! あたいに任せとけ!」

「あたしたちも頑張るよ! 最近、イヤな貴族とかがウロウロしてて『あたしたちの四十二区を引っ掻き回さないで!』って頭に来てたところだもん」

「うん。四十二区は、私たちみんなで守るよ。ね、ミリィも」

「ぅん。……みりぃに何が出来るか分かんないけど……でも、大好きな四十二区のためだから!」

「心配ないさね。不届き者は――アタシがまとめて始末してやるさね」

 

 盛り上がる面々を、エステラが嬉しそうな顔で見つめている。

 ちょっと泣きそうになってるな。

 

「みんな……ありがと。ボクたちも、きっちりとケジメが付けられるように頑張ってくるよ」

「任せたよ、エステラ。ヤシロ!」

 

 パウラの声に、全員の視線がこちらを向く。

 二種類の視線。

 

 一つは、パウラが言うように「任せたぞ」という期待のこもった視線。

 そしてもう一つは――

 

「まぁ、ワタクシたちはワタクシたちのなすべきことをいたしましょう。ここにいる全員、いいえ、四十二区の全員でこの街を守りますのよ」

 

 ――イメルダのように、もう一歩踏み込んだ事情を知る者たちからの視線。

 

 

 俺とエステラは明日、『ウィシャート邸へ再度話し合いに行く』ということになっている。

 というか、俺がそう思い込ませるように全員の前で説明をした。

「今度こそ、しっかり話をつけてきてやる」ってな。

 

 だが、ごく一部の者たちだけは知っている。

 明日は話し合いなどではなく――

 

 

 

 ウィシャートを叩き潰しに行くのだと。

 

 

 

 しくじれば、俺はカエルだろう。

 命を失う可能性は、まぁ、さほどない。頼もしい助っ人が大勢いるからな。

 その助っ人の一人、ハビエルの娘であるイメルダは詳細を知る者の中に入っている。

 

 俺がしくじり、すべてが裏目に出れば、ハビエルにも少なくない被害を及ぼしてしまう危険があるからだ。

 小さな可能性も包み隠さずすべて話した。

 最悪の場合、爵位を剥奪されることもあり得ると。

 

 

 それを分かった上で「任せろ」と言ってくれたハビエルには感謝だな。

 ハビエルだけではなく、メドラやマーシャ、そしてルシアにデミリー、マーゥルにドニス。

 ついでに、リカルドとゲラーシーも入れてやろう。

 トレーシーに関しては、エステラのために動くわけだから、責任は俺よりもエステラに比重がかかっているはずだ。

 

 

 うまくやってやる。

 

 でなければ、数日後にはこうして笑えなくなってしまう。

 とんでもなくリスクの高い賭けだ。

 だが、俺たちはベットした。

 譲れないリターンのために。

 

 

 その渦中に、エステラを叩き込むことになるとしても。

 

 

「……エステラ」

 

 イメルダに煽られて気勢を上げ盛り上がる一同を見つめながら、小声でエステラを呼ぶ。

 

「お前には、礼を言わねぇぞ」

 

 一番危険な場所へ連れ出し、誰よりも重い負荷をかけるとしても。

 

「ふふ、当然じゃないか、ヤシロ。だって――」

 

 俺たちは互いに礼など述べたりしない。

 

 

「ボクと君は、共犯だからね」

 

 

 エステラの拳が俺の胸を叩く。

 そして、今朝とは見違えるほどの頼もしい笑みを見せた。

 

 いい顔をしやがる。

 

 だから、俺もお返しだとエステラの胸を叩こうとしたら光速で捕らえられた。

 ナタリアにイメルダにノーマにマグダ……

 くぅ……どさくさって、どうやったら紛れられるんだろう。

 

 

 

 

 

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