「とまぁ、二人三脚障害物競走には特に攻略法はない。あえて言うなら、相手に呼吸を合わせるくらいだ」
「呼吸を……」
「合わせるです、か……」
ジネットとロレッタがお互いの顔を見合う。
そして、見つめ合ったまま二人揃って「はぁ~」と息を吐き出した。
うん。「呼吸を合わせる」って、そういうことじゃないから。
え、なに「やりきりました」みたいな顔してんの? 出来てないよ? まぁある意味で息ぴったりだけどな! 残念な娘具合とか!
このコンビ、ヤバイかもな。
「……ヤシロ、『はぁ~』」
「マグダ。間違いと気付いた上であえてやろうとしなくていいから」
「……意気地なし」
「ほっほ~ぅ、そういう言葉どこで覚えてくるのかなぁ~、そっかそっか~、あの薬剤師め~、簀巻きにして川に放り込んでやろうか、ったく!」
この街には教育と教育的指導が必要だな。うん。特に、厳しめの教育的指導がな!
「しかし、波瀾万丈なコースです」
「難しそうですね……」
ロレッタとジネットが不安そうにコースを見つめる。
直線コースの真ん中付近からスタートし、10メートル走って全長5メートルの平均台(平均台本体が3メートルで平均台の前後には幅1メートルの斜面が設けてあり、無理なく平均台に昇降できるようになっている)を越える。
すると台の上に直径30センチの木の玉があり、そこから15メートル先の台まで木の玉を運んで、暗黒迷宮へと入っていく。
暗黒迷宮は直線の終わりに入り口が、カーブの中程に出口がある。中は単純な迷路だ。
迷宮を出た先にはキャタピラが並んで置かれている。キャタピラでのカーブはなかなか難しく、慣れてない連中はコースを無視して直進したりしている。うん、あれはムズい。
で、カーブを曲がりきると長ぁ~いテーブルがあって、その上にはこれまた長ぁ~い木箱が置かれている。その中身は小麦粉で、小麦粉の中に飴が隠れているのだ。
二人揃って飴をゲットしたら残りの約30メートルを二人三脚で走りきってゴールとなる。
……だから、長いって200メートル。
「うっしです! 次は私らの出番だぜですね!」
「店長さん、ロレッタさん。ワタシたちの走りが参考になるかもしれないデスカラ、ちゃんと見ておいてほしいデス」
すっくと立ち上がるモコカとニッカ。
双方ともに自信があるようだ。
「乳の格差は酷いけどな」
「関係ないことは言うなデスヨ、カタクチイワシ!」
「ふ……っ、ニッカさんと並ぶと、自分の小ささを思い知っちまうですよ、二つの意味で……」
小さいことを気にしてしまう小さい自分を痛感するのか。
ここでヘコまれては困るな。しゃーない、励ましてやるか。
「モコカ。あんまり気にするなよ☆」
「お前が言うなデスネ、カタクチイワシ!」
「さすが人妻だぜです! 揉まれるとでっかくなるってのはマジモンだったんだなですね!」
「結婚前から大きさは変わってないデスヨ!? っていうか、揉まれてなんて……うがぁああ! 謝れデスヨ、カタクチイワシ!」
「なんで俺だ!?」
「……ヤシロ発信の話題だから、致し方なし」
それはおかしいぞ、マグダ。
ニッカの乳がデカいのは俺のせいではないし、俺のおかげでもない。
あれはもともとあぁだったのだ!
「大自然の神秘!」
「あぁ、もう早く行ってです、二人とも! お兄ちゃん、こうなると長いですから!」
ロレッタに促されてモコカとニッカがスタート地点へと向かう。
危なげのない足の運び。こいつらは安心して見ていられそうだ。
むしろ不安なのは……
「満を持しての、出走やー!」
「ちょっ!? は、速っ、速いですわ、ハム摩呂さん! 足が繋がっていることをお忘れなきよう!」
「へいきー!」
「ワタクシが平気ではありませんのよ!?」
ハム摩呂に引き摺られるようにスタート地点へ向かうイメルダ。
「『1、2。1、2』のリズムですわ!」
「さんすう、きらいー!」
「算数じゃないですわ!? そうですわ! では、『ハム、摩呂。ハム、摩呂』にいたしましょう!」
「……はむまろ?」
「どうすればいよろしいんですの、ワタクシは!?」
ん~……まぁ、頑張れ、イメルダ。
無事くらいは祈っておいてやるから。
で、反対のお隣さんはというと……
「分かってるね、丸眼鏡! 難しいことは言わない。ただ、アタシの真似をすればいいんだ。出来るね!?」
「無理でござるよ、メドラ氏!? 御身の真似など、陽だまり亭のマグダ氏でもギリ出来るかどうかのレベルでござるゆえ!」
「男が小さいことを言ってんじゃないよ! 死ぬ気で走りな!」
「メドラ氏に合わせたら死ぬ『気』だけでは済まないでござるよ!?」
……うん。
ベッコだし、ま、いっか☆ と言いたいんだが。しょうがない、釘くらいは刺しておくか。
「メドラ。ベッコは今ニューロードの建設に携わっているから、扱いは丁寧にな」
「ヤ、ヤシロ氏! 恩に着るでござる!」
「丁寧ってのは、どのレベルでだい?」
「ウーマロくらいかな」
「弄られポジションではござらんか!?」
「ちょっと待つッス、ベッコ! その認識には異議を申し立てるッスよ!」
「トルベックの棟梁かい……じゃあ、骨さえ折れなきゃ問題ないね」
「どんな扱いされてると思ってるッスか!? オイラ、もうちょっと丁寧に扱われてるッスよ!?」
「まぁまぁウーマロ、いいじゃねぇか。ベッコを見てみろよ」
「ベッコを、ッスか? 確かにお気の毒ッスっけど……」
「でも、他人事だし気楽なもんだろ☆」
「あはっ、そうッスね☆」
「鬼! 鬼でござる! 白組には悪鬼羅刹が跋扈しているでござる!」
賑やかな黄組をするっとスルーすると、その先にはなんとも珍しい組み合わせがいた。
「よろしくお願いします、ネネさん」
「こちらこそ、足を引っ張らないように努力しますね、モリーさん」
控えめで控えめな二人だ。
うん。口に出して言ってみよう。
「控えめで控えめな二人だな」
「え? なぜ二度も?」
「店長さん。そろそろお兄ちゃんの思考回路を理解した方がいいです」
「……性格面と乳方面のお話」
そんな控えめで控えめな二人が控えめに挨拶を交わしている。
「二十七区の給仕長さんとご一緒できるなんて、光栄です」
「いっ、いえ、こちらこそ! 新砂糖の生みの親にして工場の責任者を務めておいでだとか。その年齢ですごいです!」
「ちょっと待てし! 生みの親はオレだっつーの! マジで! あと、責任者もオレー!」
遠くでタヌキが吠えているが、さすが二十七区給仕長。『正確な』情報を握っているようだ。
で、そんな二人を見つめる二人がいる。
青い紐で互いの足を縛ったトレーシーとネフェリーだ。
「あぁ……ネネがご迷惑をおかけしないか、不安です」
「大丈夫ですよ。モリーちゃん、しっかりしてますから」
「仲がよろしいのですか?」
「はい。妹にしたい女の子ナンバーワンなんです」
「ごふぅっ!」
ネフェリーの無自覚な一言が、一人のタヌキ男の息の根を止めた。
「や……やばい……どきどきし過ぎて……死ぬ……まじで」
ちっ。まだ止まってなかったか、息の根。
吐血の海に沈むパーシーには気付かず、女子二人の会話は進む。
「モリーさんにはお兄さんがおられましたよね? まさか、その方と?」
「あ、ううん。違うんです。単純にモリーちゃんがいい娘過ぎるから」
違うってよ、パーシー。
ちっ。気を失って聞いてやがらねぇ。
「あぁ、分かります! 私も、ネネを実の妹に出来たらどんなにいいかと」
「いますよね、妹にしたいくらい大切で、可愛い娘って!」
「はい、います!」
「トレーシーさん、私たち仲良くなれそうですね!」
「えぇ、そうですね!」
な~んか、妙に盛り上がっている。が、その向こうには血だまりに沈むタヌキが。
ネフェリー。お前、残酷だよなぁ。
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