「食べ歩きかぁ……ソーセージを出したかったんだけどなぁ」
パウラが残念そうに唇を尖らせる。
「出せばいいじゃねぇか」
「え? だって、食べ歩きなんか出来ないよ? お皿も返してもらわなきゃいけないし、ナイフとフォークを持ったらお皿持てないし」
ここの魔獣ソーセージは細長い皿にソーセージとマスタードを載せ、ナイフとフォークと共に提供されている。
まぁ、その状態じゃ確かに食べ歩きは無理だが……
「棒に刺せばいいんだよ」
「棒に刺す?」
「おぉ! それは食べやすいかもですね!」
突如口を開いたロレッタを、パウラがキッと睨む。
しかしロレッタは怯むことなくカウンターにいるマスターに声をかける。
「マスター! 試してみたいので、ソーセージをお願いします!」
「あんた、食べたいだけでしょう!? お金払いなさいよ!」
「いえいえ。実行委員の調査ですので、ご協力願うです」
「…………とりあえず、一発目使っていい?」
「だから、そういうシステムないから」
拳を固く握るパウラを落ち着かせる。
そうこうするうち、ロレッタには甘めのマスターがソーセージを三つ持ってやって来る。
お、俺の分もあんのか。話が分かるじゃねぇか、イヌ耳オヤジのくせに。
「あとは綺麗な棒があればいいんだが……今日のところは箸で代用しとくか。マスター、箸を持ってきてくれるか?」
「自分で取りに来い」
……ロレッタとの扱いの差に若干イラッと来るな。
「……ロレッタ」
「マスター、持ってきてほしいです」
「…………ちょっと待ってろ」
行くんかいっ!?
お前、ロレッタ甘やかし過ぎだろう!?
「あんた、ウチの父ちゃんをパシらせてんじゃないわよ!?」
「マスターはレディには優しいジェントルマンなのです」
「よせ、……照れる」
野太い声でぼそっと呟く。
……照れんな、気持ち悪い。
ロレッタに骨抜きなマスターが箸を持ってきたところで、俺はそれを一本ソーセージに突き刺した。ソーセージの端から四分の三ほどに達するようにズブブと差し込んでいく。
それだけで食べ歩きが可能なフランクフルトになった。
「おぉ、これは食べやすそうです!」
「ホント。こんな単純な解決策があったのね」
「あと、マスタードだけじゃなくて、ケチャップを用意しておくといいぞ」
「ウチのソーセージはマスタードで食べるのが一番美味しいのよ」
「祭りには子供も来るんだ。万人受けする方が売り上げが伸びるぞ」
「あ、そうか。ウチいつもお酒飲む人しか来ないから」
パウラがぽんと手を打つ。
客層の違いという点も、教えて回る必要がありそうだ。
祭りの主役は子供と言ってもいい。子供が「アレ買ってー!」とねだるものこそが売れるのだ。
「……ケチャップだ」
「わぉっ! マスター気が利くです! では早速……」
手渡されたケチャップをたっぷりとつけ、ロレッタがフランクフルトに齧りつく。
「お…………美味しいですぅ~! 幸せの味です。肉汁のラッシュアワーですぅ」
ハム摩呂の原点を見た気がした。
……って、あるのか、ラッシュアワー? ないよな? また『強制翻訳魔法』のお茶目か?
「あ、これ美味しいかも」
ケチャップをつけたソーセージを初めて食べたらしいパウラも、その味に目を丸くする。
「それにすごく食べやすい。お店でもこうやって出そうかな?」
「棒は客の口に付くから使い捨てになるぞ」
「あ、それは経済的じゃないわね」
まぁ、回収して洗えば再利用は可能かもしれんが……なんか嫌な気分になるよな、使い回しだと。
やっぱり使い捨ての方がいいだろう。祭りでは食後は捨てられる木の棒がベストだしな。
「なんか、今から楽しみになってきた。メニューは何種類くらい出せるの?」
「一店舗一品が基本だな」
「一品だけ?」
「それも行列対策だよ」
遠くからでも何を売っているのかが分かる看板を掲げ「あ、アレ食べよう」と思わせつつ、店先に来たら即注文というのが理想だ。数あるメニューから選んでいては流れが悪い。
「だから、絶対的な自信のあるもので勝負するんだよ」
「じゃあ、ウチは魔獣のビッグソーセージ一択ね!」
相当自信があるのだろう。パウラはすでに売り上げナンバーワンを取ったような顔をしている。
「マスター! おかわりお願いするです!」
「あんた、何本食べるつもりよ!?」
「つもりで言うなれば…………四本!」
「ヤシロ、三発目までまとめて使っていい?」
「だから、ないから、実行委員を殴ってもいいシステム」
固く握りしめた拳をプルプル震わせてパウラが言う。
「……ほら、四本だ」
「わぁ~!」
ソーセージが四本並んだ皿をロレッタの前に置くマスター。
……こいつ、追加が来ることを分かって準備してやがったな。ロレッタがここにいた時は、相当甘やかしていたに違いない。奴隷根性が染みついてやがる。
そして、喜ぶロレッタを見てこの満更でもなさそうな表情である。
親バカか? 他所の娘なのに。
「も~ぅっ! これだからマスター大好きですっ!」
「だっ…………大好…………っ」
朴訥な雰囲気のマスターが言葉に詰まり、顔を背ける。
おぉ、おぉ、照れとりますなぁ。
「…………パウラ。父さん、大事な話があるんだ」
「なに家庭を投げ打って新しい人生に踏み出そうとしてんのよ!?」
親バカじゃない……こいつ、ただのバカだ!?
「ロレッタの言ってる『好き』は、そういう『好き』じゃないわよ! 動物がエサをくれる人に懐くような感じの『好き』よ!」
言い得て妙だ。
これはただの餌付けだ。
「パウラさんも、お兄ちゃんにいろいろよくしてもらったから好きなんですよね~?」
「なっ!? は、はぁ!? あ、あた、あたた、あたしが、ヤ、ヤシ、ヤシロをす、すす、好きぃ? ベ、別に、そ、そんなこと、ななななな、ない、って、いや、嫌いではないわよ? でも、それとこれとは違うっていうか……!」
パウラ。
ロレッタの軽口を真に受けて盛大に自爆してるところ悪いんだが…………お宅の父親がものすげぇ怖い目で俺のこと睨んでるから、そういうのやめてくんない?
「パウラさんも、お兄ちゃんに餌付けされたです」
「餌付けはされてないわよ!」
エサをやった覚えはないからな…………あ、タコス食わせてやったか。言われてみれば、あれから妙に懐かれている気がする。
女子って、餌付けに弱いもんなの?
「とにかく、出店は朝から夜までやるから、相当な数のソーセージが必要になるぞ。四十二区の住民全員に食わせるつもりで用意しておいてくれよ」
「夜かぁ……」
ここまでずっと乗り気だったパウラが、初めて表情を曇らせた。
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