異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

61話 出店を出店 -2-

公開日時: 2020年11月29日(日) 20:01
文字数:2,611

「食べ歩きかぁ……ソーセージを出したかったんだけどなぁ」


 パウラが残念そうに唇を尖らせる。


「出せばいいじゃねぇか」

「え? だって、食べ歩きなんか出来ないよ? お皿も返してもらわなきゃいけないし、ナイフとフォークを持ったらお皿持てないし」


 ここの魔獣ソーセージは細長い皿にソーセージとマスタードを載せ、ナイフとフォークと共に提供されている。

 まぁ、その状態じゃ確かに食べ歩きは無理だが……


「棒に刺せばいいんだよ」

「棒に刺す?」

「おぉ! それは食べやすいかもですね!」


 突如口を開いたロレッタを、パウラがキッと睨む。

 しかしロレッタは怯むことなくカウンターにいるマスターに声をかける。


「マスター! 試してみたいので、ソーセージをお願いします!」

「あんた、食べたいだけでしょう!? お金払いなさいよ!」

「いえいえ。実行委員の調査ですので、ご協力願うです」

「…………とりあえず、一発目使っていい?」

「だから、そういうシステムないから」


 拳を固く握るパウラを落ち着かせる。

 そうこうするうち、ロレッタには甘めのマスターがソーセージを三つ持ってやって来る。

 お、俺の分もあんのか。話が分かるじゃねぇか、イヌ耳オヤジのくせに。


「あとは綺麗な棒があればいいんだが……今日のところは箸で代用しとくか。マスター、箸を持ってきてくれるか?」

「自分で取りに来い」


 ……ロレッタとの扱いの差に若干イラッと来るな。


「……ロレッタ」

「マスター、持ってきてほしいです」

「…………ちょっと待ってろ」


 行くんかいっ!?

 お前、ロレッタ甘やかし過ぎだろう!? 


「あんた、ウチの父ちゃんをパシらせてんじゃないわよ!?」

「マスターはレディには優しいジェントルマンなのです」

「よせ、……照れる」


 野太い声でぼそっと呟く。

 ……照れんな、気持ち悪い。


 ロレッタに骨抜きなマスターが箸を持ってきたところで、俺はそれを一本ソーセージに突き刺した。ソーセージの端から四分の三ほどに達するようにズブブと差し込んでいく。

 それだけで食べ歩きが可能なフランクフルトになった。


「おぉ、これは食べやすそうです!」

「ホント。こんな単純な解決策があったのね」

「あと、マスタードだけじゃなくて、ケチャップを用意しておくといいぞ」

「ウチのソーセージはマスタードで食べるのが一番美味しいのよ」

「祭りには子供も来るんだ。万人受けする方が売り上げが伸びるぞ」

「あ、そうか。ウチいつもお酒飲む人しか来ないから」


 パウラがぽんと手を打つ。

 客層の違いという点も、教えて回る必要がありそうだ。

 祭りの主役は子供と言ってもいい。子供が「アレ買ってー!」とねだるものこそが売れるのだ。


「……ケチャップだ」

「わぉっ! マスター気が利くです! では早速……」


 手渡されたケチャップをたっぷりとつけ、ロレッタがフランクフルトに齧りつく。


「お…………美味しいですぅ~! 幸せの味です。肉汁のラッシュアワーですぅ」


 ハム摩呂の原点を見た気がした。

 ……って、あるのか、ラッシュアワー? ないよな? また『強制翻訳魔法』のお茶目か?


「あ、これ美味しいかも」


 ケチャップをつけたソーセージを初めて食べたらしいパウラも、その味に目を丸くする。


「それにすごく食べやすい。お店でもこうやって出そうかな?」

「棒は客の口に付くから使い捨てになるぞ」

「あ、それは経済的じゃないわね」


 まぁ、回収して洗えば再利用は可能かもしれんが……なんか嫌な気分になるよな、使い回しだと。

 やっぱり使い捨ての方がいいだろう。祭りでは食後は捨てられる木の棒がベストだしな。


「なんか、今から楽しみになってきた。メニューは何種類くらい出せるの?」

「一店舗一品が基本だな」

「一品だけ?」

「それも行列対策だよ」


 遠くからでも何を売っているのかが分かる看板を掲げ「あ、アレ食べよう」と思わせつつ、店先に来たら即注文というのが理想だ。数あるメニューから選んでいては流れが悪い。


「だから、絶対的な自信のあるもので勝負するんだよ」

「じゃあ、ウチは魔獣のビッグソーセージ一択ね!」


 相当自信があるのだろう。パウラはすでに売り上げナンバーワンを取ったような顔をしている。


「マスター! おかわりお願いするです!」

「あんた、何本食べるつもりよ!?」

「つもりで言うなれば…………四本!」

「ヤシロ、三発目までまとめて使っていい?」

「だから、ないから、実行委員を殴ってもいいシステム」


 固く握りしめた拳をプルプル震わせてパウラが言う。


「……ほら、四本だ」

「わぁ~!」


 ソーセージが四本並んだ皿をロレッタの前に置くマスター。

 ……こいつ、追加が来ることを分かって準備してやがったな。ロレッタがここにいた時は、相当甘やかしていたに違いない。奴隷根性が染みついてやがる。

 そして、喜ぶロレッタを見てこの満更でもなさそうな表情である。

 親バカか? 他所の娘なのに。


「も~ぅっ! これだからマスター大好きですっ!」

「だっ…………大好…………っ」


 朴訥な雰囲気のマスターが言葉に詰まり、顔を背ける。

 おぉ、おぉ、照れとりますなぁ。


「…………パウラ。父さん、大事な話があるんだ」

「なに家庭を投げ打って新しい人生に踏み出そうとしてんのよ!?」


 親バカじゃない……こいつ、ただのバカだ!?


「ロレッタの言ってる『好き』は、そういう『好き』じゃないわよ! 動物がエサをくれる人に懐くような感じの『好き』よ!」


 言い得て妙だ。

 これはただの餌付けだ。


「パウラさんも、お兄ちゃんにいろいろよくしてもらったから好きなんですよね~?」

「なっ!? は、はぁ!? あ、あた、あたた、あたしが、ヤ、ヤシ、ヤシロをす、すす、好きぃ? ベ、別に、そ、そんなこと、ななななな、ない、って、いや、嫌いではないわよ? でも、それとこれとは違うっていうか……!」


 パウラ。

 ロレッタの軽口を真に受けて盛大に自爆してるところ悪いんだが…………お宅の父親がものすげぇ怖い目で俺のこと睨んでるから、そういうのやめてくんない?


「パウラさんも、お兄ちゃんに餌付けされたです」

「餌付けはされてないわよ!」


 エサをやった覚えはないからな…………あ、タコス食わせてやったか。言われてみれば、あれから妙に懐かれている気がする。

 女子って、餌付けに弱いもんなの?


「とにかく、出店は朝から夜までやるから、相当な数のソーセージが必要になるぞ。四十二区の住民全員に食わせるつもりで用意しておいてくれよ」

「夜かぁ……」


 ここまでずっと乗り気だったパウラが、初めて表情を曇らせた。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート