「要するに、ミスター・ドナーティはフィルマンが後継者になることを了承し、地に足着けてしっかりと領主の勉強に励んでくれれば悩みがなくなるわけだ」
それが、ドニスが常時眉間にしわを寄せ、厳めしい顔つきをしている理由だ。
そして、「時間がない」と、四十二区への協力を渋る理由でもある。
「ミスター・ドナーティ……『えぇい、もう面倒くさい、ドニスでいいわい』……そうか、ありがとう。ではドニス」
「……ねぇ、ヤシロ。一人で何言ってるの?」
「まぁ、構わん。ドニスでもDDでも、好きに呼んでくれて構わんから、続きを聞かせてくれ」
俺の話に興味を持ったドニスが、多少の非礼は許容すると認めた。
よしよし。
互いに遠慮なく言い合える仲になるのはいいことだ。この特別感が好条件を引き出しやすくさせる。
なので、遠慮なく。
「GG」
「DDじゃ! 誰がジジイか、失敬なっ!」
くっ!
つい視覚からの情報に引っ張られて……っ!
GGの方が似合ってるのにっ!
「とにかくだ。フィルマンのことは俺に任せてもらおうか」
「説得が、出来るというのか?」
俺は自信たっぷりな顔で、小首を傾げる。
「さぁ」
「自信があるのかないのか、どっちだ!?」
そんなもん、話してみなきゃ分かんないっつうの!
まぁ、フィルマンがドニスを避ける理由はおおよそ見当がついているし、思春期の恋愛相談に乗るくらいは簡単だ。
だが、じゃあその悩みが解消されたら領主になってくれるか、ってところはまだ分からん。
なので、迂闊には返事できない。
「ただ、今の膠着状態を打破できることだけは間違いない」
「それは、最悪の場合、悪化する可能性もある――ということかな?」
その通りだ。
下手に触れれば取り返しがつかないほどにこじれてしまう。そういう危険をはらんでいる。
人間の感情なんてのは、説明書も攻略法もない、あやふやなくせにやたらと頑固な扱いにくいものだからな。
それが分かるから、ドニスは慎重になっている。
それを、俺がぶち壊してやろうというわけだ。
「そなたを信用するに足る理由がないと、なんとも言えんな」
拒絶はしない。
それは、もしかしたら俺が突破口を切り開いてくれるかもしれないという希望にすがりたい心の表れだ。
「俺を信用するだけの理由があれば、いいんだな?」
思わせぶりな笑みを浮かべて、俺はゆっくりと移動を開始する。
わざと遠回りにテーブルを回り、ゆっくり、ゆっくりとドニスへ近付いていく。
俺が前を通り過ぎる際、何人かの使用人が思わず身を引いた。
思わせぶりな笑みと、自信に満ち溢れたゆっくりな歩みが、正体不明の威厳を醸し出しているのだ。そして、こういうもったいつけた行動は、その場にいる者すべての視線を集める効果があり、すべての者が注目しているという状況が『俺』という人間に箔をつけてくれる。
集団に一目を置かれるような人物には、誰しも威厳を感じるものだからな。
「ドニス……俺の目を見てくれ」
椅子に座ったままのドニスの前に立ち、その顔を覗き込む。……つもりが、ついつい視線が生え際へと向いてしまう。
頭頂部に一本、ぴょろ~ん。
「ぷぷーっ!」
「ケンカ売っとんのか、そなたは!?」
「真面目な空気の中でふざけた髪型をしているお前が悪い!」
「誰の髪型がふざけとるか!?」
大真面目でその髪型なら、なおのこと面白いわ!
日本に行けば大人気間違いなしだぞ。ただ、その前に、チョビひげを生やすことをお勧めするがな。
「気を取り直して…………『毛』じゃないぞ? 『気』だ」
「分かっておるから、早く取り直せ、『気』を!」
大きく息を吸って、もう一度荘厳な雰囲気を身に纏う。
その昔、ちょこっとスピリチュアルな商品を取り扱っていた際に身に付けた『神降ろしのオーラ(命名:俺)』だ。こいつを身に纏えば、口から飛び出すデマカセが妙な信憑性を帯びるという、特定の人種に対してだけ通用するテクニックなのだ。
「今から、お前の心を読んでやろう……」
「心を読む……だと?」
静かに、掠れるような声音で告げると、ドニスが胡散臭そうに顔をしかめた。
「くだらんな。そんなことが出来るわけないだろう」
「静かに…………女性が見える……それも、かなり美しい女性だ…………彼女に対する、強い思いが見える」
「――っ!?」
ドニスの目が、これでもかと見開かれる。
まぁ、お前がマーゥルに惚れていたことくらいはここまでの会話でモロバレだしな。
「な、なぜ……知っているのだ?」
「……『知っている』? ふふっ…………分かるんだよ」
思わせぶりな間を取りつつ、ドニスの感情に引っ張られないように、己のペースで言葉を発する。相手をこちらのペースに巻き込む。それが、詐欺の基本だ。
というか。
男なら、誰しも一人くらいは惚れた女がいるもので、惚れた女ってのはそいつにとっては「美しく」「素敵」で「素晴らしい」存在なのだ。そこら辺をそれっぽく言っておけば、大きく外れることはそうそうない。
もっと保険をかけるなら、恋愛に限定せず、「特別な女性」とかいう表現にとどめておけば、それが母親や優しかった祖母辺りまでをカバーしてくれる。
生まれてこの方、「特別な女性」に巡り会っていない男はいない。仮にいても、そいつを探す方が困難だし、そんな男はスピリチュアルな事象を信じたりしない傾向が強い。
外す確率は、数万分の一というところだ。
さらに言うなら、ドニスの場合はもっと分かりやすい。
事前情報を得ているのだから当然だ。
ただし、俺が事前に情報を得ていることを、当のドニスは知らない。ここがポイントだ。
俺が言葉を重ねる度に、ドニスは驚き続けるのだ。「なぜ知っている?」「なぜ分かるのだ?」と。
こちらは知り得た情報を元に、万人に当てはまることをただ述べるだけでいい。あとは向こうが勝手に「こいつは本物だ」と勘違いしてくれる。
「……その女性は、お前にとって『特別な存在』……だな」
「……っ」
ドニスが息をのむ。
まぁ、そうだろうな。
六十年にも及ぶ人生の大半をかけて恋い焦がれた相手だ。
誰に明言することはなくとも、心の中では重要な部分を占めているはずだ。
誰も、自分の心に嘘は吐けない。
特に、返事を求めないこういう聞き方は、相手に自問自答を促す効果があり、自問自答において、自分に嘘を吐く必要はない。仮に、意地になって自分の心に嘘を吐こうものなら、その思いは一層克明に脳に、心に刻み込まれる。
『特別な存在』として。
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