異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

210話 ただいまのあとは -3-

公開日時: 2021年3月21日(日) 20:01
文字数:3,496

「実はな、こいつを使ってある物を試作したいんだ」

「試作、ですか?」

 

 ジネットが瓶を覗き込む。

 非常に興味深そうな瞳をしている。

 

「試作といっても、きちんと美味いものに仕上げないといけないんだ。説得に使うからな」

「説得……ですか? あの、一体何をするつもりなんですか?」

 

 話が見えないとばかりに、ジネットが焦れったそうに身を揺する。

 新しい物を作りたい。

 何が出来るのか早く聞きたい。

 まるで子供のように好奇心をむき出しにしている。

 

 なので、精一杯出し惜しみしてやる。

 

「説得する相手は、二人だ」

「二人、ですね……う~ん……一人はエステラさんでしょうか? いや、ウーマロさん…………イメルダさん……」

 

 説得というワードから、「金」「技術」「コネ」あたりを想像したのだろう。

 まぁ、発想自体は悪くない。

 が、ハズレだ。

 

「一人はベルティーナだ」

「シスターを、ですか?」

 

 意外な名前だったのか、ジネットが目を丸くして、麹へ視線を移し、そして嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「では、美味しい物を作るんですね。楽しみです」

 

 ベルティーナを説得するのに有効な方法を、ジネットはよく理解しているようだ。さすがだな。

 

「では、もう一人は誰でしょう…………」

 

 う~んと、頭をひねるジネット。

 そんなジネットを指さす。残念、時間切れだ。

 

「もう一人は、お前だ。ジネット」

「へっ!? わたし、ですか?」

 

 先ほどよりも意外だったのだろう。今度は目だけでなく口までまん丸く開いている。

 そして、「自分を説得する」という行為が理解できないようで、こてんと首を横に傾けた。

 ……お前、野生の小動物だったら拾って帰ってるところだぞ。

 

「実はな、陽だまり亭を一日休みにして、二十四区へ付いてきてほしいんだ」

「二十四区へ、ですか?」

 

 ジネットの頭の中で、オールブルームの地図が広げられたのだろう。

 視線が天井を仰ぎ、どこを指しているのか、人差し指がふらふらと空中をさまよう。

 

「遠いですよ?」

「だから、さすがにその日は休みにして、な?」

 

 俺が言うとジネットは、緊張感を持ちながらも頬の筋肉を徐々に緩ませていく。

 

「あ、あのっ。お休みということは……」

「あたしたちも一緒にということですね!?」

「……そうに違いない」

 

 タイミングよく、厨房から現れたロレッタとマグダ。

 手にはおのおのが作ったのであろう料理が載った盆を持っている。

 

「あぁ。ちょっと盛大な『宴』を開くことになってな。そこで最高に美味い料理を振る舞わなければいけなくなりそうなんだ」

「宴、ですか!?」

「な、なんだか、すごく楽しそうな響きです!」

「……マグダなくして、成功はあり得ない」

 

 三人娘がズガガッと詰め寄ってくる。

 よし、とりあえず料理を置け、マグダとロレッタ。零しそうだから。

 

「詳しくは、食いながら話すよ。折角の料理が冷めちまうと悪いからな」

「ダメです! 先に聞きたいです!」

「……話し終わるまで、ご飯はおあずけ」

「あのな……」

 

 お盆を、わざわざ俺から遠い席へと置き、椅子を持ってきて俺を取り囲むように着席する。

 チラッと見た感じ、二人とも定食を作っていた。

 マグダは肉の、ロレッタは魚の定食だ。……こいつら、自分に出来る物をって言ったのに、陽だまり亭の看板メニューを作ってきたのか。マジで作りたいんだな、客の飯を。本気度がすげぇ。

 

 なので、料理が冷める前にさっさと説明を終えてしまうことにする。

 

 俺は、二十四区の領主とその後継者フィルマンの関係から、フィルマンの恋心と麹工場の跡取り問題、リベカとその姉ソフィーの関係や、二十四区教会にいた傷付いた獣人族のガキどもと、ついでにモコカとマーゥルの話までを掻い摘まんで説明した。

 

「二十四区の教会は、そのような場所だったんですね。初耳です」

「まぁ、四十二区に傷付いた獣人族がいたとしても、二十四区へ送らずにベルティーナが面倒見るだろうからな」

「そうですね。生活する場所が違うと、すれ違うことすらない人たちや場所、制度があるものなんですね」

 

 ジネットは二十四区教会の行いを、素晴らしいことだと感じたようだ。

 実際は、外界と隔離しているに過ぎないのだが……ソフィーの頑張りがあのガキどもを笑顔にしているのだと思えば、まぁ、素晴らしいと言えるのかもしれないな。……まだまだ不十分だと思うが。

 

「むぁああ! もどかしいです、その男子! あたしが首根っこ捕まえて、リベっちゅの前に引き摺っていきたいです!」

「やめとけ。フィルマンが『穢された!』とかってむせび泣くぞ。あと、勝手なあだ名をつけるな」

「……もし、領主がリベカを拒否するようなら………………(自主規制)」

「何する気だ、マグダ!? 流血沙汰は禁止だからな!?」

 

 連れて行くメンバーを選んだ方がいいか?

 いや、四十二区では人間だの獣人族だのいう垣根がないってのが普通で、誰も、誰にも遠慮なんかしていないってところを見せるためには、こいつら全員を連れて行くのがベストだ。

 何より、かなりの人数になるから、さすがにジネットだけでは捌ききれないだろう。

 それに――

 

「二十四区に出掛ける前に言ってたろ? みんなでピクニックでも行こうって」

「あっ」

「おぉ!」

「……うむ」

 

 留守番ばかりで少し拗ねていたマグダと約束したのだ。

 まぁ、「半日休んで」って距離ではなくなってしまったが。

 こいつらにも、そういうご褒美があったっていいだろう。

 旅行の思い出は、何年経っても心に残っているものだからな。

 

 あとは、見聞を広げることでこいつらが成長してくれれば、きっと店はもっと繁盛する。

 そうなれば、俺は不労所得でうはうはだ。

 

 ただ、『宴』だから、ピクニックってよりは花見とかの方が近いかもしれんがな。

 

「ベルティーナと教会のガキどもも引き連れて、二十四区の教会へ乗り込むぞ」

「子供たちも、ですか?」

「あぁ」

 

 ガキどもの相手はガキどもに任せてしまう。

 ……俺はもう御免だ。体力がもたん。

 何より、俺はいろんなヤツを説得して回らなきゃいけないからな。

 

「ベルティーナを使ってソフィーを説得し、ソフィーの意識を変えてリベカとフィルマンの交際を後押しする!」

 

 ソフィーが教会を出て麹工場に戻り、職人としてではなくバーサの後継者となって最高責任者になれば……リベカは領主の家に嫁ぐことだって可能になる!

 ソフィーが婿をもらえばよくなるのだから。

 

 それで、フィルマンが領主になることに前向きになれば、ドニスは全面的に協力してくれるだろう。

 

 そのために、獣人族に対する偏見は完全に取っ払う!

 

「もし、それらがすべてうまくいけば、きっとみなさんが笑顔になれますね」

「けど……そんなにうまくいくですかね?」

「……一日でどうこうするのは、困難な模様」

 

 確かに、あっちもこっちも意識改革をしてやる必要がある。

 だからこそ、『宴』なんだよ。

 

「酒を飲みながら腹を割って話し合えば、些細な行き違いは修正できるさ」

 

 思い込みや先入観は、その閉じた世界をぶち壊してやればいい。

 意地っ張りや偏屈、へそ曲がりやネガティブ思考は、酒の力で吹き飛ばしてやればいい。

 

 古来より、神と人とを結びつける神聖な儀式に酒は欠かせない。

 集団の結束を高め、絆を深めるにも、酒は大いに役立つ。

 酒ってのは、誰かと誰かの結びつきを強くする便利なアイテムなのだ。

 

「ですが、シスターはお酒を飲めませんよ?」

「二十四区の領主さんも飲めないって、ハビエルさんたちが言ってたです」

「……子供たちも、無理」

「ふふん! だからこその、こいつだ!」

 

 ここでもう一度、俺は麹の詰まった瓶を指し示す。

 そう。麹だ。

 こいつで、酒が飲めないヤツでも飲める酒を作るのだ。

 

「飯を食ったら、『甘酒』を作るぞ。お前ら、手伝え!」

 

 甘酒ごときで……と思うなかれ。

 酒粕を溶かして砂糖をぶち込む甘酒とは違い、俺が作ろうとしているのは、米と麹を発酵させる麹甘酒だ。

 

 米と麹を発酵させる――

 それは、大きなくくりでいえば、清酒の作り方と同じなのだ。すご~く大きなくくりでいえばな!

 

 酒を飲めないドニスに、飲める酒を教えてやる。

 オマケに、ドニスにとっての朗報と一緒にだ。

『宴』は空気で酔うものだ。ベルティーナも言っていたしな。「お酒は飲めないけれど、お酒の席は好きですよ」と。そいつを味わわせてやるのさ。

 酒の席とは無縁のドニスに。

 

「まずは、ベルティーナがうなるような、美味い甘酒を造るぞ!」

「はい!」

「よく分かんないですけど、きっとあたし得意な気がするです!」

「……マグダの力が必要不可欠」

 

 そうして、本日もロレッタはお泊まりすることとなり、俺たちは一晩かけて甘酒の仕込みを行った。

 あっと、ちなみに。

 マグダとロレッタの定食は……まだまだ合格点はやれないレベルだった。

 

 

 

 

 

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