異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

58話 木こりギルドの視察・後編 -5-

公開日時: 2020年11月26日(木) 20:01
文字数:1,930

「こ~んばんわ~!」


 そして、絶妙なタイミングで来店してきた者がいた。

 ゴールデンレトリバーのようなイヌ耳を生やした、カンタルチカの看板店員、パウラだ。


「キンキンに冷えたビールの移動販売で~す!」

「「「「ぅぅぉおおおおおおっ! ビーーーーーーールゥゥゥゥゥウゥアアアッハァッ!」」」」


 絶叫だ。

 ムンクがいたら、その禍々しさに耳を塞いで真っ青な顔をしそうな、男どもの魂の叫びだ。


「タイミングはばっちりだったようですね」


 おつかいを頼んでおいたナタリアが戻ってくる。

 先ほど呼びに行ってもらったのはこれだったのだ。

 陽だまり亭には酒類は置いていない。普段の客ならそれでもいいのだが、暑い中一日中歩き回った男どもを癒すには、キンキンに冷えたビールをおいて他にはないだろう。

 そういうわけで、屋台を二つとも貸し、パウラにここまで売りに来てもらったのだ。

 二号店はカンタルチカ専門で、ビールが大量に詰み込まれている。

 七号店の方はカンタルチカ以外の店からおすすめの酒を何種類か持ち寄ってもらっている。


 店名入りのグラスを使用することで、どこの酒がどの店に売っているのかが分かる。気に入ったのがあれば後日個人的に行ってもらおうという算段だ。


「お料理、お待たせしましたぁ~!」


 木こりたちがビールをがぶ飲みし始めた頃、店内から空腹にクリティカルな刺激を与えるかぐわしい香りが漂ってくる。


「くわぁあっ! 堪らん!」

「俺、もう、ここに住む!」

「四十二区最高!」

「陽だまり亭最高!」

「妹たんたちペロペロ!」


 おいこら、ギルド長。娘に逐一チクるぞ?


 店の大窓を全開放し、庭と店内を繋げる。巨大なビアガーデンの様相を呈しているが、こういう日にはうってつけの賑やかさだ。


「美味しい……美味しいですわっ! でも、食べてもここにちゃんと残っている…………素晴らしいですわ!」


 イメルダは夢中でパスタを啜っていた。

 あ~ぁ、高そうな服にミートソース飛ばしちゃって…………あとでムム婆さんを紹介してやろう。ジネットの友人で洗濯屋をしている陽だまり亭の常連だ。しみ抜きの技術だけは俺以上で、脱帽したものだ、


「あれぇ? なんかすごく賑やかッスねぇ!?」


 そこへ、ウーマロ率いるトルベック工務店の面々が顔を出す。


「ウーマロ。宿の手配はどうなった?」

「バッチリッス! 団体様が安心して快適に過ごせる宿を用意したッス!」


 今回のために、ビップ客用の宿泊施設を作ってもらっておいたのだ。

 女将までは用意できなかったので、そこは自前の付き人を活用してもらうとして、建物や部屋の内装はトルベック工務店に任せたのでまず間違いはないだろう。


「ご苦労だったな。お前らも好きな物を食べていってくれ」

「やったッス! それじゃあ、オイラは………………パスタが飛ぶように売れてるッス!? ぅええええっ!? フォークが飛んでるッス!?」


 あぁ、どうりで……あっちこっちでカチャンカチャン音がすると思ったら……木こりたちがこぞって、食品サンプルみたいにフォークを浮かせようとしてるのか。

 俺もやったなぁ……三歳くらいの時に。


「ヤシロさん」


 ジネットが駆けてきて、満面の笑みを俺に向けてくる。


「大成功ですねっ!」

「あぁ」


 大成功。そう言っていいだろう。

 イメルダを見る限り…………これで反対はしないだろう。

 ハビエルもそう確信しているのか、上機嫌でビールをかっ食らっている。


「それでは、いよいよ最後の仕上げですね」

「ん? 仕上げ?」


 デザートでも用意していたのか?

 ポップコーンの実演販売なら、確かに興味を持たれそうではあるが……


「お食事を楽しみながら、ヤシロさんの蝋像を観賞していただくんです!」

「はぁっ!?」

「では、準備してきますね!」


 いつものおっとりした雰囲気からは想像できない軽やかステップで厨房の奥へと消えていくジネット。

 あいつは、マジであの蝋像が人に喜ばれるものだと思い込んでいるようだ…………まずいっ!


「誰かぁ! ジネットを止めてくれ! 店長がご乱心だっ!」


 その後、中庭に敷き詰められていた蝋像を持ち出そうとしていたジネットを、俺とエステラの二人掛かりで取り押さえる。

 冗談じゃない。

 あんなもんを二十何体も並べられたら、折角決まりかけた支部誘致の話がおじゃんになる可能性すら出てくる。


「で、ですが、こんなに可愛いですのに!?」

「可愛くないよ!? ジネットちゃん、よく見て! ヤシロは全然可愛くないから!」

「……いや、それはどうだろうか、エステラ? 言っても、そこそこ可愛らしいところが……」

「君は止めたいんじゃないのかい!?」

「止めたいけど、可愛くないは言い過ぎだろう!?」

「メンドクサイよ、もう!」



 そんなこんなで、裏側ではバタバタしつつも、その日の陽だまり亭は夜遅くまで絶えず笑い声が響いていた。






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