「……くふふ」
四つん這いになってハイハイしていると、不意にマグダが小さく笑った。
俺がそっちを向いたのが分かったのか、耳がピクッと動いて、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「……パパ親が不器用な人で、子供だったマグダにどう接していいか分からなかったらしくて」
こちらを向かないまま、マグダが続ける。
「……お馬さんごっこをおねだりしたら、何を勘違いしたのか、マグダまでお馬さんにさせられて」
「二人で並走してたのか? こうして」
「……そう。全然面白くなかった」
そういう割には、マグダの尻尾はぴーんと立っている。
嬉しい時のしるしだ。
「……面白くなかったのに、……なんだか、すごく懐かしくて、くすぐったい」
並んでハイハイするなんてことは、普通滅多にやらないからな。
思いがけず、昔の記憶が蘇ったのだろう。
マグダが両親を思い出す時は、結構寂しそうな顔をすることが多いんだが……
「いい思い出なんだな」
「…………割と」
今はすごくいい表情をしている。
こうして、笑って思い出せるようになっていけば、マグダの寂しさも、いつかは癒されるのかもしれない。
「今度、本当のお馬さんごっこをしてやろうか?」
マグダが楽しそうにしていたから、なんとなくそんなことを言ってしまったのだが。
「……マグダは、もう子供じゃないから」
すっぱりと拒否された。
「……けれど、ヤシロがどうしてもというなら、付き合ってあげなくもない」
拒否されたわけでは、なかったらしい。
今やっても楽しくもなんともないかもしれないけどな。
「よし、追いついたよ、ヤシロ!」
「ヤバイ! 急ぐぞ!」
「……うむ」
キャタピラが終わるころ、エステラたちに追いつかれてしまった。
この後は飴探し、そして直線コースだ。そこまでにリード出来なければ勝ち目はない。
赤組、黄組も俺たちを追いかけてきて、飴探しを前に混戦の様相を呈する。
「ここで時間をかけるわけにはいかねぇな」
「……マグダなら大丈夫」
年頃の女の子なら、小麦粉に顔を突っ込んで粉まみれになることを躊躇うはずだ。
事実、これまでの選手はなるべく顔を汚さないように慎重に飴を探していた。
だが!
俺たちにそんな余裕はない。
マグダには悪いが、顔が真っ白になろうが思いっきり突っ込んでもらわなければいけない。
そして、ほぼ横一列で四チームの選手が小麦粉と飴の入った細長い木枠の前に並ぶ。
こいつは最終レース。
最初たくさん入っていた飴も、そのほとんどが持っていかれて、この場に残っているのは僅かだ。
飴探しの難易度は上がっている。
飴探しはペア二人ともが飴を探し当てなければいけない。
エステラは急ぎながらも被害を最小限に抑えようと「ふーふー」と小麦粉を息で飛ばしながら飴を探している。
そんなことやってたら日が暮れちまうぜ!
俺は大きく息を吸い込んで、躊躇いなく木枠の中に、そこにぎっしり敷き詰められた小麦粉の中に顔を突っ込んだ。
そして、左右にスライドさせる。
口に当たる遺物は片っ端から口に含んでやるつもりで飴を探し、そして五秒で発見する。
「ゲット!」
顔を上げた拍子に粉が舞う。
エステラやルシア、ノーマが俺の顔を見て、一斉に笑い出す。
「真っ白だよ、ヤシロ!」
「ふはははは! 多少は見られるようになったではないか、ふははは!」
「ヤシロ、すっごい美白さねぇ~! くふふ!」
ふん。笑いたければ笑うがいい!
こうして俺が盛大に粉を被ることによって、「顔面粉まみれ=カッコ悪い」と連中の無意識に刻み込まれて、お前たちは一層小麦粉に顔がつけられなくなるのだ!
さぁ、マグダも恥ずかしがらずに粉に顔を突っ込むんだ!
真っ白コンビでゴールテープを切り、一着をもぎ取るぞ!
と、マグダを見ると。
「……発見」
小麦粉をじっと見つめた後、すいっと音もなく顔を小麦粉に近付け、そしてひょいっと粉の中から飴を見つけ出し口へ含んだ。
白くなったのは、唇の先、ほんの数ミリ。
「……ゲット」
「いや、ゲットって……全然汚れてないじゃねぇか」
「……獲物を見つけ、捕らえるのはマグダの本業。プロ。お得意」
べっ。と、見せつけるように舌を出すマグダ。
小さな紅色の舌の上には乳白色の飴がしっかりと乗っていた。
わぁ、すご~い。
……俺だけ真っ白かよ、くそ。
「とにかく行くぞ!」
「……ヤシロの犠牲は無駄にしない」
「死んでねぇよ!」
「……けれど、大惨事。……顔が」
「あぁーもーぅ、ちきしょー!」
意地でも一着になってやる。
そんな思いでラストの直線を駆ける。
粉まみれの脅しが効いたのか、追手はなかなかかからない。
「……思い切りのよさで、ヤシロが他の選手を圧倒した結果」
「その結果、顔面粉まみれだけどな」
「……確かに、ユニークな仕上がり」
そうかよ。
「……けれど」
マグダの腕が俺の体操服を掴み、きゅっと引き寄せる。
「……マグダは好意的に思っている、ユニークなヤシロも、やる時にはやるヤシロも」
言うだけ言って、そのまま何も言わずに、視線も合わせずに、俺たちは一着でゴールした。
ったく。照れるなら言うなっつの。
ゴールするや、さっさと足を縛る紐を解いて、マグダはさささ~っと逃げていってしまった。
やっぱり、照れると逃げるんだよな、マグダは。
俺はどうすりゃいいんだよ、ったく。
去っていくマグダの背中を見送っていると、バルバラが俺のもとへと駆けてきた。
「英雄! よく頑張ったな! 偉いぞ、すごいぞ、面白かったぞ! ぶははは! あーっはははは! 真っ白! 顔っ、真っ白ー!」
……こいつ、まさかとは思うが、パーシーからのアドバイスを真に受けて俺を労うためにやって来た――つもりか?
めっちゃ笑い転げてんだけども……踏むぞ、こら。
「ヤシロさん。これ、使ってください」
ジネットが真っ白なタオルを差し出してくれる。
こういうのだよ! 求められているのは!
「よく笑う彼女といると、笑顔が絶えない明るい生活が続くんです」みたいなポジティブな発想にはなれねぇよ、お前の場合!
えぇい、いい加減笑い止め!
ごしごしと顔を拭いて、タオルをジネットへ返す。
と、拭き残しでもあったのか、受け取ったタオルでジネットが俺の頭を拭き始めた。
「もう、ヤンチャさんですね……うふふ」
楽しそうに笑って、乱れた髪を整えてくれる。
それがなんともくすぐったいやら、どんな顔してりゃいいのか分かんないやら、とにかく手持ち無沙汰でしょうがないやらで……
もし、またいつか日本に転生して高校生にでもなることがあれば、絶対運動部に入ろうと、そんな益体のないことを考えて現実逃避してしまった。
こんなマネージャーがいたら、争奪戦になっちまうだろうけどな。
結果。
やはり狩猟ギルドは強く、青組が得点合計一位で1620ポイント獲得。
ついで白組が1530ポイント。赤組が1365ポイントで、黄組が1185ポイントの獲得となった。
首位は変わらず。青組が優勢のままだ。
残る競技は後二つ。
しかも、その二つは狩猟ギルドに有利なものなだけに……なんとか引っ掻き回さなきゃならねぇよなぁ……と、策略を巡らせた。
……ジネットに、髪をもふもふ弄られながら。
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