「んじゃ、適当に森の入口をうろついて、弁当食って帰ってくるかね」
「えっ!? ヤシロ、木材は取りに行かないのかい?」
「……マグダがいれば安全」
「あたし、逃げ足だけは自信があるです!」
「お弁当、楽しみですね」
などなど、感想はばらけたようだが……
「俺らが必死になっても、ハビエルたちに太刀打ちできるわけないだろう。危険を冒してまで頑張る必要はねぇよ」
「じゃあ、勝負はどうするのさ?」
どうにかして勝ちたいとでも思っているのか、エステラは焦れたような口調で言う。
「勝負は、もうすでについてるんだよ」
「え……?」
作戦を知っているのは、俺とイメルダだけだ。
他のメンバーはきょとんとしている。
ただ一人、ジネットだけが、「みんなでお出かけ、楽しいです」みたいな顔でルンルンしている。
「でも、外に行くことに変わりはない。頼りにしてるぞ、マグダ」
「……まかせて」
「それから、ロレッタも」
「あ、あたしにも期待してるですか!?」
「お前は鼻と耳と調子がいいからな。頼りにしている」
「わほ~い、です! 任せてで…………『調子がいい』は悪口な気がしてきたです!?」
お、なんだ。気が付いたのか。
成長したんだなぁ、お前も。
「それじゃ、行くぞ。今日の入門税は領主持ちだ。何往復でもするがいい!」
「なんで何回も通るのさ!? 一往復で十分だろう!?」
バカモノ。
他人の金なら無駄遣いしたくなるのが心情ではないか!
「みんなっ! ヤシロに毒されないようにねっ!」
「……マグダは何度か『うっかり』忘れものをするかもしれない」
「あたし、一度、門の下で反復横跳びしてみたかったです!」
「では、ワタクシの分も領主の館に請求しておきますわ」
「敵だぁ! 君らは揃いも揃って敵ばかりだ!?」
こんなメンツが揃ってるんだ。
そりゃ面白い方に乗っかるだろう、こいつらなら。
「みなさん。あまりいじめちゃ可哀想ですよ。ねぇ、ヤシロさん?」
ジネットがエステラの頭を撫でながら俺に問いかけてくる。
が、答えは『NO!』だ!
「エステラ。……いじめられてるお前は、可愛いぞ」
「嬉しくないよっ!?」
なんだよ。折角イケメンボイスで言ってやったのに。イケボだぞ、イケボ。
「それでは、『ルール』に則って、森へ行きますわよ」
イメルダの号令で、俺たちは門の外へと踏み出した。
「わくわくしますね」
「あたしはドキドキするです」
ジネットとロレッタが感じている高揚感は、きっと種類の違うものだろう。
ロレッタの緊張には若干の恐怖が滲んでいる。
「ジネットはのーてんきだなぁ」
「な、なんですか急に!? なんだか酷いです!」
外の森の深層。
プロの狩猟ギルドでも身構える危険地帯だ。
そこへ、ピクニック気分で行こうってんだから……ある意味大したヤツだよ。
かくいう俺も、さほど緊張はしていない。
いくら獣といえど、街門のそばまではそうそう出てこないのだ。
門番が常駐しているし、何度か争いが起こると、魔獣はそこを避けるようになる。
向こうは向こうで、平穏に暮らしたいんだろうよ。
そんなわけで、門のそばにいれば比較的安全であると言える。いざという時は門番も駆けつけてくれるしな。
「……ここからはおふざけは禁止。命に関わる」
一歩門を出ると、マグダの耳が「ピンッ!」と立った。表情も心なしか険しくなった気がする。
門の前は木々を伐採し、それなりの範囲を開拓してある。
門を出ていきなり潜んでいた魔獣にザックリやられる……なんてことはないだろうが。
まぁ、気を引き締める必要はあるよな。なので――
「エステラ、冗談みたいな胸はやめてくれるか?」
「君こそ、顔だけじゃなくて思考回路まで冗談になっちゃったんじゃないのかい? 謹んでくれないかな」
「どこに行ってもフザケますのね、あなた方は……」
エステラのせいで冷ややかな視線を向けられてしまった。
まったく、これだからエスペタは……
「……エスペタ」
「この前『オオバヤシロ』って書いたら『オオバカシロ』っぽくなっちゃったんだけど、修正しないでおくね。結構重要な書類だったんだけど、あえてね」
なんだよ、その地味な嫌がらせは。
つか、エステラの使用してる文字も『ヤ』と『カ』って似てんのかよ。
「お二人とも。ほどほどに。マグダさんが拗ねてますよ」
「……マグダの忠告が無視された……」
マグダが地面の小石を蹴っている。
「あぁ、すまん。緊張感持っていこうな。危険だもんな!」
「きょ、恐怖心から、ついだよ、つい! 深く反省して言うこと聞くから、ね? 機嫌直してよ、マグダ」
「…………ふん」
へそを曲げたマグダを宥めつつ、耳をもふもふしたりしながら森へ入る。
……緊張感ねぇなぁ。
「今頃木こりの連中は、『もっと奥まで行くか?』『木を切る時間と運搬のことも考えるとあまり奥までは行けないぞ』『しかし、奥に行ったらもっといい木があるかもしれん』『立派になればなるほど切り倒すのに時間がかかる!』……とかなんとか考えながらあっちこっち動き回っていることだろう」
「日没までに戻ることを考えれば、時間的にはかなり厳しいですわね」
森の奥へと入っていけば、百年に一度の木材をも超える素晴らしい木があるのかもしれない。
だが、そうそう見つからないからこそ価値があるわけで……今日森へ入ってすぐに発見できるようなものではないだろう。
だからこそ、俺たちに勝機はあるのだ。
「マグダ、イメルダ! 周辺の安全を確認してくれ!」
「……心得た」
「しょうがありませんわねぇ」
森に慣れた二人が、少し奥の方まで行って魔獣がいないかを確認してきてくれる。
その間に、こっちは門番から少し離れた外壁沿いの適当なポイントにシートを広げる。
「ちょっと、ヤシロ。森の奥へは行かないのかい?」
「あの、お兄ちゃん。ここで何するですか?」
「ピクニックだが?」
「「ふぁっ!?」」
エステラとロレッタが揃って面白い声を上げる。
ジネットだけは嬉しそうにお弁当の用意を始めていた。
「イメルダは明確に俺のチームだからな。これで森に入ったというアリバイも出来た」
もっとも、四十二区支部の連中は全員こちらのチームなので、オースティンとゼノビオスが森で頑張ってくれてるから、すでに問題はないのだが……まぁ、一応俺も行っとくかなぁ、みたいなな。
「……この付近に魔獣はいないもよう」
「こちらも、脅威になり得ることは何もありませんでしたわ」
「おう、サンキュウ」
この街の外壁には、『魔獣が嫌う魔力を発する石』が使われている。
ここにいればそうそう危険な目に遭うこともあるまい。門番も見えるところにいるし。
というわけで、街門の外ではあるが、多少騒いでも大丈夫だろう。
「んじゃ、昼飯にはまだ早いが……宴と行こうか!」
「うたげぇ?」
「おう! 祝賀会だ」
「いやいやいや! まったく意味が分からないんだけど!?」
エステラの眉間がうねうねと波打ち始めた。
そろそろ種明かしでもしてやるか……飯でも食いながらな。
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