「そ、それで、何をしに来たんだよ? こんな朝っぱらから」
「ん? あぁ、そうだった。ダーリンの顔を見たら嬉しくなっちまって、忘れるところだった」
用件は忘れずに、手短に話して今すぐ帰ってくれ!
「あの……」
巨大な魔神メドラの前に、無垢なる聖女ジネットが歩み寄る。
やめろ! 命を粗末にするな! お前はまだ生きてやらなきゃいけないことがあるだろぉ!
お前のおっぱいは、お前だけのものじゃないんだぞぉ!
「遠いところお疲れではありませんか? よろしければ、お茶をどうぞ」
メドラに笑みを向け、椅子を勧める。
……やめて、居座っちゃうから……なんかさぁ……ここに住み込むフラグの香りがプンプンするんだよね……早く追い出そう……ね、早く。
「ご丁寧にありがとうよ。じゃあ、お言葉に甘えて」
メドラの巨体が器用に椅子に収まっていく。
……あの椅子、何トンまで耐えられるかな?
「あんた。名前は?」
「はい。わたしは、この陽だまり亭の店長をしております、ジネット・ティナールです。今後とも、ご贔屓にお願いしますね、メドラさん」
あれ? ジネットの名前って『ジネット・ポイ~ン』じゃなかったっけ?
「アタシの名を知っているのかい?」
「いえ。先ほどヤシロさんがおっしゃっていましたので」
「あぁ、なるほどね。……ズズッ……ん、美味いお茶だ。温度と蒸らす時間が抜群だね」
「ありがとうございます。おかわり、お持ちしますね」
「頼めるかい」
「少々お待ちください」
……すげぇ。
クマが死んだフリする魔神級のメドラ相手に、普通に接客できるとは……ジネット、やっぱりお前は神の類いなのか? おっぱい神ジネット・ポイ~ンなのか?
「とりあえず拝んでおこう」
「ふにょ!? な、なんですかヤシロさん?」
「……ぼいんが増えますように、ぼいんが増えますように、ぼいんが増えますように……」
「……そんなことをわたしに言われましても……」
ご利益が無いとは言えない。
ならば俺はその微かな可能性に賭けたい!
「ふん……こんないい店を潰そうとしたなんてね…………」
店内をぐるりと見渡して、メドラが鼻を鳴らす。
ん? 「潰そうとした」?
「店長さん、それからダーリン。ついでにそこの甘えん坊の虎っ娘!」
「……にゃふっ!?」
いまだ俺の胸でコバンザメをしているマグダが身を震わせる。
呼ばれるだけで拒否反応が出るのか……
「これで店員は全部かい?」
「いえ、もう一人。ロレッタさんという、とても可愛い従業員が……」
「おっはよーございまーすでーすよー!」
いいタイミングで、いつもながらの頭の悪そうな挨拶を引っ提げて登場したロレッタ。
だが、目の前に鎮座する魔獣を見て、その動きを止めた。
そして、錆付いたからくり人形のようにギギギ……と体を反転させて店を出ようとする。
「おつかれさまでーす……」
「ちょいと待ちな、ロレッタ!」
「な、ななな、なんでこのゴリラ、あたしの名前知ってるです!?」
「誰がゴリラだい!?」
「そうだ! ゴリラに失礼だろ!」
「ちょっとダーリン! 酷いんじゃないかい!?」
勝手にダーリン呼ばわりしてくるお前も相当酷いけどな!
「全員揃ったんなら話を聞きな! 集合だよ!」
メドラの号令に、俺たちは素直に従った。
だって、暴れられたら嫌じゃん? マグダがこんな状況じゃ、俺たちに勝ち目ないし……
「マグダ……『赤モヤ』でなんとか勝てないか?」
「……鼻息で吹き飛ばされる……」
鼻息でかぁ……桁違いだなぁ…………
俺たちがメドラの前に並ぶと、メドラはウーマロ製のテーブルの耐久力を試すかのように、テーブルをバシンと叩いた。……すげぇ! こらえやがったぞ、このテーブル! 凄まじい防御力だ! もしかして、伝説の防具なんじゃねぇの、実は!?
「今日は謝りに来た!」
「なら、それっぽい態度で来いよ!」
何を偉そうに座って、俺たちを全員立たせてんだよ!?
「ちょいと、ロレッタ」
「すみません、殺さないでほしいです!」
「……変わった返事だね? まぁ、いい。外にいた男どもを呼んできておくれ」
「…………誰もいなかったですよ?」
小首を傾げて言うロレッタ。
その言葉を聞いてメドラの額に血管が浮かび上がる。太っ!? 皮膚の下に「すりこ木」でも入ってんの、それ!?
「ちょっと、待ってておくれ……」
ゆらりと立ち上がり、メドラがドアの外へ出て行く……そして。
「逃げんじゃないよ、あんたらっ! 見つけ出して骨を粉々にしてやろうかい!?」
……店先で物騒なこと叫んでんじゃねぇよ…………
「待たせたねぇ。ほら、入んな!」
「は、はい……」
メドラに促されて、ガタイのいい男たちがぞろぞろと店内に入ってくる。
全員、死人みたいな真っ青な顔をしているが、その顔はどれも見覚えのあるものだった。
「お前ら、あの時のゴロツキじゃねぇか」
それは、カンタルチカで虫騒動を起こしたバカ筋肉の二人組と、檸檬と陽だまり亭で食中毒騒動を起こした爬虫類のオットマー、そして、陽だまり亭で居座り騒動を起こしたロン毛他強面集団だった。
「筋を通しな!」
「「「「「はいっ!」」」」」
泣きそうな絶叫を上げて、ごつい男たちが一斉に土下座をする。
陽だまり亭の床が、筋肉に埋め尽くされる…………えぇ……なにこれ……
「「「「「申し訳ありませんでした!」」」」」
そう思うなら、もうちょっとやり方を考えろ。
筋肉に埋め尽くされた食堂って……どんな営業妨害だよ?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!