異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

119話 メドラ襲来 -2-

公開日時: 2021年1月25日(月) 20:01
文字数:2,159

「そ、それで、何をしに来たんだよ? こんな朝っぱらから」

「ん? あぁ、そうだった。ダーリンの顔を見たら嬉しくなっちまって、忘れるところだった」

 

 用件は忘れずに、手短に話して今すぐ帰ってくれ!

 

「あの……」

 

 巨大な魔神メドラの前に、無垢なる聖女ジネットが歩み寄る。

 やめろ! 命を粗末にするな! お前はまだ生きてやらなきゃいけないことがあるだろぉ!

 

 お前のおっぱいは、お前だけのものじゃないんだぞぉ!

 

「遠いところお疲れではありませんか? よろしければ、お茶をどうぞ」

 

 メドラに笑みを向け、椅子を勧める。

 ……やめて、居座っちゃうから……なんかさぁ……ここに住み込むフラグの香りがプンプンするんだよね……早く追い出そう……ね、早く。

 

「ご丁寧にありがとうよ。じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 メドラの巨体が器用に椅子に収まっていく。

 ……あの椅子、何トンまで耐えられるかな?

 

「あんた。名前は?」

「はい。わたしは、この陽だまり亭の店長をしております、ジネット・ティナールです。今後とも、ご贔屓にお願いしますね、メドラさん」

 

 あれ? ジネットの名前って『ジネット・ポイ~ン』じゃなかったっけ?

 

「アタシの名を知っているのかい?」

「いえ。先ほどヤシロさんがおっしゃっていましたので」

「あぁ、なるほどね。……ズズッ……ん、美味いお茶だ。温度と蒸らす時間が抜群だね」

「ありがとうございます。おかわり、お持ちしますね」

「頼めるかい」

「少々お待ちください」

 

 ……すげぇ。

 クマが死んだフリする魔神級のメドラ相手に、普通に接客できるとは……ジネット、やっぱりお前は神の類いなのか? おっぱい神ジネット・ポイ~ンなのか?

 

「とりあえず拝んでおこう」

「ふにょ!? な、なんですかヤシロさん?」

「……ぼいんが増えますように、ぼいんが増えますように、ぼいんが増えますように……」

「……そんなことをわたしに言われましても……」

 

 ご利益が無いとは言えない。

 ならば俺はその微かな可能性に賭けたい!

 

「ふん……こんないい店を潰そうとしたなんてね…………」

 

 店内をぐるりと見渡して、メドラが鼻を鳴らす。

 ん? 「潰そうとした」?

 

「店長さん、それからダーリン。ついでにそこの甘えん坊の虎っ娘!」

「……にゃふっ!?」

 

 いまだ俺の胸でコバンザメをしているマグダが身を震わせる。

 呼ばれるだけで拒否反応が出るのか……

 

「これで店員は全部かい?」

「いえ、もう一人。ロレッタさんという、とても可愛い従業員が……」

「おっはよーございまーすでーすよー!」

 

 いいタイミングで、いつもながらの頭の悪そうな挨拶を引っ提げて登場したロレッタ。

 だが、目の前に鎮座する魔獣を見て、その動きを止めた。

 そして、錆付いたからくり人形のようにギギギ……と体を反転させて店を出ようとする。

 

「おつかれさまでーす……」

「ちょいと待ちな、ロレッタ!」

「な、ななな、なんでこのゴリラ、あたしの名前知ってるです!?」

「誰がゴリラだい!?」

「そうだ! ゴリラに失礼だろ!」

「ちょっとダーリン! 酷いんじゃないかい!?」

 

 勝手にダーリン呼ばわりしてくるお前も相当酷いけどな!

 

「全員揃ったんなら話を聞きな! 集合だよ!」

 

 メドラの号令に、俺たちは素直に従った。

 だって、暴れられたら嫌じゃん? マグダがこんな状況じゃ、俺たちに勝ち目ないし……

 

「マグダ……『赤モヤ』でなんとか勝てないか?」

「……鼻息で吹き飛ばされる……」

 

 鼻息でかぁ……桁違いだなぁ…………

 

 俺たちがメドラの前に並ぶと、メドラはウーマロ製のテーブルの耐久力を試すかのように、テーブルをバシンと叩いた。……すげぇ! こらえやがったぞ、このテーブル! 凄まじい防御力だ! もしかして、伝説の防具なんじゃねぇの、実は!? 

 

「今日は謝りに来た!」

「なら、それっぽい態度で来いよ!」

 

 何を偉そうに座って、俺たちを全員立たせてんだよ!?

 

「ちょいと、ロレッタ」

「すみません、殺さないでほしいです!」

「……変わった返事だね? まぁ、いい。外にいた男どもを呼んできておくれ」

「…………誰もいなかったですよ?」

 

 小首を傾げて言うロレッタ。

 その言葉を聞いてメドラの額に血管が浮かび上がる。太っ!? 皮膚の下に「すりこ木」でも入ってんの、それ!?

 

「ちょっと、待ってておくれ……」

 

 ゆらりと立ち上がり、メドラがドアの外へ出て行く……そして。

 

「逃げんじゃないよ、あんたらっ! 見つけ出して骨を粉々にしてやろうかい!?」

 

 ……店先で物騒なこと叫んでんじゃねぇよ…………

 

「待たせたねぇ。ほら、入んな!」

「は、はい……」

 

 メドラに促されて、ガタイのいい男たちがぞろぞろと店内に入ってくる。

 全員、死人みたいな真っ青な顔をしているが、その顔はどれも見覚えのあるものだった。

 

「お前ら、あの時のゴロツキじゃねぇか」

 

 それは、カンタルチカで虫騒動を起こしたバカ筋肉の二人組と、檸檬と陽だまり亭で食中毒騒動を起こした爬虫類のオットマー、そして、陽だまり亭で居座り騒動を起こしたロン毛他強面集団だった。

 

「筋を通しな!」

「「「「「はいっ!」」」」」

 

 泣きそうな絶叫を上げて、ごつい男たちが一斉に土下座をする。

 陽だまり亭の床が、筋肉に埋め尽くされる…………えぇ……なにこれ……

 

「「「「「申し訳ありませんでした!」」」」」

 

 そう思うなら、もうちょっとやり方を考えろ。

 筋肉に埋め尽くされた食堂って……どんな営業妨害だよ?

 

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