異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

302話 カンパニュラの願い -2-

公開日時: 2021年10月4日(月) 20:01
文字数:3,707

「カンパニュラ。お前、末端冷え性だな」

 

 初めて聞く言葉なのか、カンパニュラが水まんじゅうみたいな目をまん丸くして小首を傾げる。

 

「まっちゃんヒウィーゴー?」

「全然違う!?」

「すみません。ちょっと足先が痛くて、どきどきして、気が動転してしまって……」

 

 気が動転して末端冷え性がまっちゃんヒウィーゴーに聞こえたって?

 なにそのファンタスティックな連鎖反応!? 因果関係がこんがらがり過ぎてない?

 

「それで、その陽気な方はどなたなのですか?」

「まっちゃんに関しては俺も情報持ってねぇよ」

 

「ヒウィーゴー!」が口癖のまっちゃんに心当たりのある方はこちらまで!

 いや、一報もらっても扱いに困るけども。

 

「末端冷え性だよ」

「初耳です。母様はご存じですか?」

「いや、初耳ね。何かしら、それは?」

 

 こっちじゃ冷え性っていないのか?

 いや、エステラが冷え性の女性は割といるって言ってたはずだ。

 ルピナスの周りが健康なヤツばっかりなのだろう。

 でも、エステラの耳に入るくらいには悩んでいるヤツは多い、ってところかな。

 

「そんなに寒くないのに、指先や腹だけが冷たくなる症状のことだ」

「それはまさしく私のことです」

 

 椅子の上で三角座りをして、カンパニュラが身を乗り出してくる。

 

「周りの子供たちが汗を流して遊んでいるのに、私だけが寒くて川に入れなかったのです。暑いと感じていても、川に入ると手足が冷たくなって、しまいには動けなくなってしまうのです」

 

 それは、結構重傷だな。

 

「まさか、病気なのかい? ウチの娘は、助かるんだろうね!?」

「まぁ、落ち着け」

 

 娘の身を案じるルピナスが詰め寄ってくる。

 娘の異変には、当然気が付いていたのだろう。それでも、対処の仕方は知らなかった。

 歯痒かったに違いない。

 

「安心しろ。病気じゃない」

 

 投薬で治すようなものではない。

 まぁ、だからこそ厄介だとも言えるけどな。

 

「毛細血管って分かるか?」

「申し訳ございません、勉強不足です」

「血管の細いもの、って感じかしらね?」

 

 カンパニュラは知らないようだが、ルピナスはなんとなく知識があるらしい。

 貴族の勉強の中には医学も含まれていたのかもしれない。

 とはいえ、医学を学んでいなくとも血管くらいは知ってるだろう。

 ロレッタやマグダも知っているし。

 

「血管は分かるな? ほら、コレだ」

 

 と、腕の血管を浮かび上がらせてみせる。

 心臓よりも低い位置に手を持っていき、肘の下を強く圧迫して力を込めればあっという間に腕の静脈、太い血管が浮かび上がる。

 

「すごい、父様の腕のようです」

「あはは。私、この手の甲の血管をぷしぷしするのが好きなのよねぇ」

 

 女性の中には、男の腕に浮かび上がる血管が好きだという層が一定数いる。

 ルピナスはその類いらしい。

 カンパニュラも興味深そうに俺の血管を突っついている。

 

 こうして目に触れる機会も多く、ここを損傷すると出血多量になる危険があるため、医学の知識がなくとも血管くらいは知っている。

 

 では、もう一歩踏み込んで毛細血管だ。

 

「こんな分かりやすい血管だけじゃなく、人間の体には無数の血管が通っているんだ。全身にな」

「全身……指先にもですか?」

「あぁ。耳たぶやまぶたにもな」

「そんなところにも……」

 

 で、末端冷え性というのは、そういった毛細血管の先にまで血液が回らなくなっている、血の巡りが悪い状態を言う。

 

「血液が巡らないから、指先が冷たくなるんだ」

「血液は、温かいのですね」

「そうだな。おそらくだが、命ってもんは温かいもんなんだ」

 

 心臓から巡る血液が温かいのは、その人が生きているからだ。

 人間の体温は、命の温かさだと言える。

 

「そうですね。命は、とても温かいものだと、私も思います」

 

 カンパニュラがルピナスに顔を向ければ、ルピナスは何も言わずに我が子を抱きしめる。

 二人は同じように温かさを感じていることだろう。

 

「では、指先までその温かさが巡っていないのは、悲しいことですね」

「そうだな。だから――」

「切り落としましょう」

「違う! もっと平穏な対策があるから!」

 

 びっくりした!?

 なにこの娘、発想の飛び方がエグい!?

 

 巡らぬなら、落としてしまえ、指先んちょ(字余り)

 

 ……怖ぇよ。ルピナスの遺伝子だと思うけど、怖い。

 

「血液が巡らないのは、血管が硬くなっているからなんだ。だから、じっくりとほぐしてやれば、徐々にだが改善していく」

「そうなのですか? ……よかった。母様と父様のぬくもりを全身で感じられるようになるのですね」

「そのうちな」

「教えてくださいますか? 改善の方法を」

「おう。じゃあ、ちょっと痛いけど、頑張って足湯をしてみろ」

 

 しゃべっている間に湯も冷めただろう。

 チクチクしたのは、氷のように冷たい足先と湯の温度差のせいだ。

 今ならさほど痛みは出ないだろう。

 

「……ぅ。なんだか、じんじんします」

「痛いか?」

「平気……です」

 

 ぐっと歯を食いしばって我慢するカンパニュラ。

 随分と真剣だと思ったら――

 

「私は、末端冷え性を克服して、父様と母様のお役に立てる娘になりたいのです」

 

 聞けば、川漁ギルドを継げるほどの体力も技術もなく、近年は冷たくて川に入れない始末で、子供ながらに絶望していたらしい。

 それから、川漁ギルド以外の道で両親のためになれる仕事はないかといろいろ模索していたらしい。

 

「しかし、そのどれもうまくは行かず……私は必要のない娘なのではないかと、少し悲しくなっていたのです」

 

 そんな言葉に、ルピナスは息をのむ。

 そんな素振り、見せてなかったんだろうな。

 カンパニュラは頭のいい娘だ。両親に心配をかけないことを最優先に、つらいことを自分の中にしまい込んでいたのだろう。

 

「末端冷え性を克服すれば、私にも出来るお仕事が見つかるでしょうか」

「あぁ。何にだってなれるさ」

 

 お前を全力でサポートすると豪語していた頼もしい母親がそこにいるからな。

 だが、その前に。

 

「お前は、今でも十分必要とされてるぞ」

「そうでしょうか?」

「断言してやろう」

「ですが、私は何も出来ません」

「それでいい。むしろ、出来ない方が可愛いとすら思っちまうのが親だ」

 

 迷惑をかけられて心底喜ぶ唯一の存在。それが親というものだ。

 

「生きていてくれるだけで嬉しい。お前がいるから、お前の両親は毎日頑張れるんだよ」

「その通りよ、カンパニュラ。あなたが、母さんと父さんに幸せをくれているのよ」

「……私は、いただいてばかりではなかったのですね」

「もちろんよ」

 

 ルピナスが泣きそうだ。

 頭を撫でられ、カンパニュラが照れくさそうに俯く。

 そして、ぽつりとつぶやく。

 

「では、父様と母様がもっと幸せになれるように、私は何をすればいいでしょうか?」

「幸せになれ。やりたいことをやれ。たまにわがままを言って、悩んだ時には相談してやれ」

「それでは、私ばかりがいい思いをしています」

「それでいい。それで、大人になった時にもう一度両親のために何が出来るかを考えてやれ。きっと、その時にはとびっきりの親孝行が思いつくはずだからよ」

 

 俺が出来なかったこと。

 俺が気付けなかったことを、この聡明な少女に託す。

 俺の代わりに、なんて重たいことは言わない。

 ただ、俺が出来なかったことを、うまいことやってのけちまうヤツがいたっていいじゃないか。と、そう思えたんだ。

 

「……なんだか、難しいです」

「今はまだ分からなくていいよ。とにかく、自分がやりたいと思えることを見つけるんだな」

 

 こいつは少しテレサに似ている。

 自分の境遇を嫌ってほど理解して、本当の望みを飲み込み、『誰かのために出来ること』ばかりを模索してしまう。

 

 ガキが生意気に大人ぶるんじゃねぇーっつの。

 

「まずは、末端冷え性を治して、もうちょっと体力を付けような」

「はい。ヤーくんがそう言うのでしたら」

 

 ぬるくなった湯の中で、足の指をぐーぱーと動かして、カンパニュラはにっこりと笑った顔を俺に向ける。

 

「私は、ヤーくんのことを信じます」

 

 まったく。

 九歳って年齢を忘れそうになるくらいにしっかりしたガキだ。

 

 大人びているのに危うい、そんな少女に苦笑が漏れる。

 ふと見ると、ルピナスが俺をじっと見つめていた。

 ……娘はやらん的な素っ頓狂なことをほざくなよ?

 

「ねぇ、ヤーくん?」

「お前もヤーくんって呼ぶのかよ」

 

 俺の返しに「ふふ」っと笑うだけのルピナス。

 次に口から出てきた言葉は、さすがにぶっ飛び過ぎていて俺も度肝を抜かれた。

 

 

 

「君、ウィシャートを潰して三十区の領主になるつもりはなぁい?」

 

 

 

 俺が領主。

 それも、オールブルームの玄関口の三十区。

『BU』を飛び越えて、三等級貴族がちょっかいをかけてきて縁を繋ごうとするような、なんとも貴族らしいポジションの、領主。

 

「御免だな」

 

 四十二区の領主だって荷が重いってのに、それ以外の区なんか検討する余地もねぇよ。

 

「そう、残念ね」

 

 ルピナスも、本気で言ったわけではなかったようで、軽い笑顔の中に言葉の真意を隠してその話題を終わらせる。

 

「君のような領主なら、三十区の民も幸せになれると思ったのだけれどね」

「月の半分はお尻丸出し条例を発布するような俺が?」

「あははっ! あ~、ダメね。二日で打ち首だわ」

 

 わぁ、三十五区より厳しいな。

 

「……残念ね」

 

 

 ルピナスが零した言葉には、少しの物悲しさが滲んでいた。

 

 

 

 

 

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