「で、どうだった?」
「素晴らしいですわね! 室内にお手洗いが設置できるなんて」
どうやら甚く気に入った様子だ。
最初にこれを見せていれば、もう少し楽に支部の話を進められたのか…………いや、四十二区への偏見がなくなった今だからこそ、これだけ素直に称賛するようになったのだろう。
一度認めればとことん素直になれる。
意地っ張りなお嬢様は本当にツンデレなんだな。
「これがあれば、夜中のトイレも怖くないだろ?」
「ワ、ワタクシは別に、そんなものを怖がったりはいたしませんわ!」
…………素直じゃないなぁ、やっぱ。
「とにかく、木こりギルドの建設場所はもう決まっているんだ。街門のそばに作るのが最も効率的だろう?」
「効率よりも、もっと優先されるべきことがありますわ」
「なんだよ?」
「ワタクシに相応しいかどうかです!」
うわぁ……この一片の迷いもない言い切った顔。
こいつ、マジでこれを言ってるんだからな……痛い娘だなぁ。
教育方針を間違えまくった父親に責任を押しつけようと視線を向けると……
「うむ。もっともだ」
……と、バカ丸出しで首を縦に振っていた。
組織のトップがイエスマンって、聞いたことねぇぞ、俺は。
「街門から遠くなると、加工前の木材を運ばなきゃいけなくなるだろう?」
しかも、加工した後、下水処理場へおがくずを運ぶ手間も発生する。
「どう考えても、街門のそばに建設するのがベストなんだよ」
「でしたら、街門の位置を変えればよろしいのですわ」
「なっ!?」
こいつ……なんてことを……
「そうですわ。街門はまだ作ってないのでしょう? でしたら、門の位置をちょっとずらせば済む話ではないですか。簡単な解決策ですわ」
「それはダメだ!」
「あら、どうしてですの?」
「えっと……モーマットの、農業ギルドの畑がある。だから、道は作れない」
「でしたら、その畑を木こりギルドで買い上げますわ」
この金持ち思想め!
「そうしたら、取れ高が減って物価が……」
「木こりギルド建設予定地を畑にすればよろしいんですわ」
「……距離が」
「誰か小作人を派遣すればよいのですわ」
「…………」
こいつ、なんでこう、嫌な方向には頭が回るんだ……
「とにかく、ダメなもんはダメだ! 街門の位置も、木こりギルドの位置も、今さら変更は出来ない! なぁ、エステラ!?」
「う~ん、どうかな? モーマットと相談して了承が得られれば、出来なくはないと思うけど」
裏切り者ぉぉお!?
ダメなんだよ!
街門の位置も、木こりギルドの位置も、変更は利かないんだ!
でなければ…………街道のルートが変わるじゃねぇか!
ニュータウンからまっすぐ南下して、一番近い外壁に街門を作ったとする。すると、ニュータウンから街門、そして大通りへのルートが街道として整備されるだろう。
そうなると…………街道が陽だまり亭の前を通らないではないか!
それではダメだ!
街道沿いにある店と、街道から一本入ったところにある店では集客率が雲泥の差なのだ。
俺は今、大通りと教会を結ぶ道を大きく拡張して、信者たちが教会へ出向きやすくなるようにしようと働きかけている。そしてその道は新しく作られる予定の街門へと続いているので、『ついでに』そこまでを大きな街道にしてしまおう。と、そう訴えかけているのだ。
だがもし、街門の位置を変えられてしまったら……
『街道が最優先、教会への巡礼道はまた次の機会にね』となるのが目に見えている!
そして、ことこの四十二区において、道路整備なんて大掛かりな工事はそう頻繁に行われないのだ。『また次の機会にね』の『次』が何年先になるか分かったもんじゃない!
俺にとっては、『ついでに』という枕詞が何より大切なのだ。
街道は、四十二区を横断するように作られなければいけない。
街門とニュータウンを結ぶ、四十二区を縦断するものではどこも利益を上げられないのだ。
一つの事業で周りの者がみんな潤う。それこそが理想の公共事業というものだ。
ある一つの目的のためだけに作られるものは得てしてその成果を発揮できないまま廃れていくのだ!
社員専用の保養所なんかがまさにそれだ。だいたい使われずに寂れている。
いろんな人が使ってこそ、公共事業はうまくいく!
つか、後回しになんかさせて堪るか!
俺がどんだけ頑張ったと思ってんだよ!?
俺は今回、街門を作って、陽だまり亭の前に街道を通すためだけに、ここまで頑張ってきたんだよ!
行商ギルドとやり合って、取り引き額を適正価格に戻してみたものの、俺たちだけが割を食う結果になり、起死回生をかけて考え抜いた結果たどり着いたのがこの街道計画だ!
絶対に、邪魔はさせない……
「…………よぉし、分かった」
とことんやってやろうじゃねぇか……
「俺が、スペシャルな贈り物をしてやろう……」
この、わがままお嬢様め…………
「お前が、木こりギルド建設予定地に対し『どうしてもここに住みたい!』と思うような、最高の演出をしてみせてやるよ!」
もう決めた。俺は一歩も譲らない。
街門は下水処理場のそばに作るし、そこに街門も設置する。
そして、街門から大通りに続く道を完全完璧に舗装して、最高の街道を作ってやるっ!
「それは、面白そうですわね」
「あぁ、絶対面白いことになる。『覚悟』しておけよ」
「えぇ、『楽しみに』しておきますわ」
バチバチと火花を散らし、俺はこのわがままお嬢様を最高に楽しませることになった。
………………火花、散ってるのか? なんか俺が一方的に燃えてるだけのような気がしてきた。
「とにかく、準備があるから今日はもう帰れ。引っ越しは、いろいろ手続きが済んでからだ」
「そうですわね。もうしばらくだけ、時間を差し上げますわ。その間に、精々ワタクシを楽しませる案をお考えになることね」
挑発的な瞳と、遠足前の子供のような笑顔をごちゃ混ぜにした顔でイメルダが言う。
面倒くさいヤツに絡まれてしまったな……
「それでは、ワタクシは帰りますわ。あっと、その前に……お食事をいただいてから、ですわね」
優雅な所作で日替わり定食を食べるイメルダ。その顔を見ながら俺は次の一手を考えていた。とても、同席して食事をする気にはなれなかった。
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