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「はぁ……ボク、もう食べられないよ」
お餅は、結構小さいと思っても、食べているとお腹にドカッとたまるものだ。
今日は仕事で来られなかったナタリアに、お土産で持って帰ってあげよう。
「よう、ぺったんこの神様」
「誰がぺったんこの神様だい!?」
あんこときな粉、二種類の味付けがされたお餅を持って、ヤシロがボクの隣にやって来た。
教会の庭を借りて行われている餅つき大会は、全員がそろそろ満腹になり始め、一段落といったところだろうか。
なんでも、ヤシロの故郷の風習で、この後『鏡餅』というのを作るらしい。そして、年明けまで飾っておくのだとか……なぜお餅を?
「二十八日は末広がりで縁起がいいとされててな。まぁ、俺も詳しくないんだが、折角だから便乗したんだ」
クリスマスや誕生日……そして今日……
ヤシロの故郷ではやたらと『日付』を気にするようだ。ボクたちにとっての日付は、作物の収穫や、工事の進捗、税金の徴収など、仕事の期間を見るためのものに過ぎない。
なんとなく、一年に一度しかない『その一日』を楽しもうとするヤシロの故郷が、少し羨ましく思えた。
「年が明けたら、今度は何をするんだい?」
「ん? 正月か?」
『しょうがつ』という言葉に馴染みはないけれど、きっとヤシロの故郷ならいろいろなことをするのだろう。少し、興味があった。
「いろいろやるぞ。羽根つきとか」
「はねつき? どんなのだい?」
「二人でやる遊びなんだがな……なんて言やぁいいかなぁ……木で出来た羽子板ってヤツを持ってな、交互に羽を打ち合うんだ」
「板を持って、羽を……交互に打ち合う?」
羽? …………鳥?
頭の中に、木の板を持って、逃げ惑うニワトリをその板で交互に打ちつける二人組の映像が浮かぶ。
「残酷だよ!?」
「残酷?」
ニワトリが可哀想だ……そんな危険な遊びは断固阻止しなければ。
「あとは凧揚げとかな」
「たこあげ……」
頭の中に、うねうねと動くタコを高温の油に叩き込む映像が浮かぶ。
「油跳ねちゃうよ!?」
「なんのことかは分からんが……とりあえず違うから」
なんだか生き物を苛めるようなものばかりだ。
もっと平和な遊びはないのかな?
「すごろくとかは、真剣にやると意外と面白いんだよな」
「すごろく?」
「紙にマス目が書いてあってな。サイコロを振って出た目の数だけ先に進めるゲームで、一番最初にゴールしたヤツが優勝なんだ」
「…………おもしろいの?」
「面白い! マス目に命令なんかを書くと、一層面白い!」
ヤシロが自信たっぷりに言う。
ヤシロがそこまで言うんならきっと面白いのだろう。……ちょっと、やってみたいかも。
「よぉし! それやろうぜ、あんちゃん!」
背後から、突然声をかけられ、ボクとヤシロは肩を震わせる。
振り返ると、砂糖工場のパーシーが立っていた。今日も目の周りの黒いメイクが決まっている。
「なんでお前がここにいる?」
「いやぁ、まぁ、ちょっといろいろあって……みたいな?」
パーシーがこういう態度を取るということは……おそらくもう間もなく……
「ごめんくださ~い! 卵をお届けにまいりましたぁ~」
……ね?
ネフェリーが教会へ卵を届けにやって来た。
「あれ、これ何? みんな、何してるの?」
ボクたちがやっていた餅つきに興味を示し、テンションを上げるネフェリー。
「も~ぅ! 何かするなら呼んでよねぇ!」
「ですよね、ネフェリーさん! みんな一緒がいいっすよね!」
「ぅわっ! ……ビックリしたぁ。パーシーいたの?」
「はい! あんちゃんとオレ、マブダチっすから!」
「……えぇ……いつからぁ……」
「そんな嫌そうな顔すんなよ!? 泣くぞ!?」
パーシーはどこかでネフェリーの情報を聞きつけてここに先回りしていたわけだ。……ストーカーだね、もはや。
「つかさ! さっき話してた『すごろく』っての? あれ、みんなでやらね? どうです、ネフェリーさんも一緒に!」
そうやって、ネフェリーと遊ぶ約束を取り付けるつもりか……恋にまっすぐだね、ストーカータヌキ。
「え~、何それ? またヤシロの考えた遊び?」
「俺が考えたんじゃない。俺の故郷に古くから伝わる伝統ある遊びだ」
「やってみたいなぁ。あ、でも……この時期は忙しいし……」
「三十一日の夜でどうすかね!? みんな、仕事納めして、その時間からヒマっしょ?」
「……おい、陽だまり亭で年を越す気か?」
「さすがあんちゃん! 話が分かるねぇ!」
「ふざけんなよ……年末年始くらいゆっくりさせてくれよ……」
「……(砂糖、大量に持っていくから!)」
「……(お前、そればっかりだな)」
「……(使うだろ、砂糖!? ケーキ、マジウメェし!)」
男同士でこそこそと内緒話をしている……けど、丸聞こえだ。
「ヤシロさん、どうされたんですか?」
「……男同士の危険なマグワイ」
「うわぁ……お兄ちゃん、そのタヌキより、ウーマロさんの方がまだ利用価値あるですよ」
「酷ぇな、普通の娘!?」
「オイラに対しても酷いッスよ!?」
パーシーが騒ぐから、みんなが集まってきてしまった。
「みんなでさ、陽だまり亭で『年越しすごろく大会』とかどうよ!? って話なんだけど」
「面白そうですね。ウチでよろしければ、みなさん是非お越しください」
「……おいおい、ジネット…………」
「楽しそうじゃないですか」
「…………まぁ、お前がそう言うなら……」
「よっしゃあ! 決まりだぜぇ! ね!? ネフェリーさんもいいですよね!?」
「そうねぇ……仕事納めの後なら……」
「やったぁー! ネフェリーさんとお泊まりだぁぁあ!」
感極まったパーシーが叫ぶが、……さすがにその発言は…………
「…………あ、今のなしで。忘れて」
「ヤシロ。寝室は男女で別のフロアね」
「どうせそうなるよ」
「あぁ! 違うんです、ネフェリーさん! これは、そうじゃなくて!」
ネフェリーの、パーシーに対する好感度が下がったようだ。
今さら取り繕うより、別の方法で挽回した方がいいと思うよ、男なら。
「う~ん……ボクは行けるかなぁ……」
両親は、まぁいいとして……ナタリアを説得しなきゃなぁ。意外と頭が固いところがあるからなぁ……年越しは家で……とか、言いそうだな。
「反対ですわ!」
ただ一人、きっぱりと異を唱えたのはイメルダだった。
「ワタクシ、年越しは実家に戻るようにときつく言われておりますの。ですので、陽だまり亭での年越しは延期を要求しますわ!」
「いや、陽だまり亭はどこの異空間に閉じ込められるんだよ?」
「年越しは延期できませんので……またの機会にお泊まりしに来てください」
「イヤですわイヤですわ! ズルいですわズルいですわ!」
いやいやモードに入ったイメルダ。
面倒くさいのでここは無視しよう。どうせ、抗ったって運命は変わらないのだから。
そして三日後……十二月三十一日の夜。
すごろく大会は開催された。
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