異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

38話 ヤシロ、動く -4-

公開日時: 2020年11月6日(金) 20:01
文字数:3,509

「ヤシロさんっ!」

「お兄ちゃん!」

 

 ゾルタルが立ち去った後、弾けるような勢いでジネットとロレッタが飛びついてきた。

 

「すごい…………すごいです、お兄ちゃん…………っ! ゾルタルを……追い返して…………すごいですっ!」

 

 嬉しそうに笑いながら、両目には涙を溜め、震える手を必死に押さえつけながらも込み上げてくる衝動に体を突き動かされて足をバタバタと踏み鳴らす。

 ロレッタの感情が爆発して訳が分からなくなっている。

 

「あた……あたし…………なんて言ったらいいのか…………でも……でも…………ありがとうございますですっ!」

 

 いつものように、十枚くらい積んだ瓦を一枚残らず粉砕しそうな勢いで頭を下げるロレッタ。

 そして、深く下げられた頭の方から「……くふっ」という息が詰まったような音が漏れ聞こえてきた。

 

「…………ふっ…………くっ…………ふぇぇぇええええっ!」

 

 ロレッタ、号泣である。

 

「こ、これで…………みんなで、ここに、これからも、一緒に、住め………………よかったです…………嬉しいですよぉ~!」

 

 地べたにぺたりと座り、誰に憚ることなく大声を上げて泣く。

 そんな姉の姿に弟や妹たちは群がり、抱きつく者、頭を撫でる者、一緒になって泣く者、そばで見守る者と、多種多様ではあるが……みんなが姉を心配し、励まそうとしていた。

 

 百人に及ぶハムスター人族の姉弟たちが一塊となり、お互いの身を寄せ合って泣いていた。

 

 俺はそれを邪魔しないようにそっと距離を取る。

 俺が移動すると、ジネットは同じ距離を保ちつつ黙ってついてきた。

 そして、ジッと俺の顔を見つめ続けている。

 

 ……見過ぎだ、見過ぎ。穴が開いたらどうする。

 

「……なんだよ?」

「ヤシロさん、すごいですっ!」

「はいはい。ありがとありがと」

 

 ジネットはいつも「すごい」と言ってくれる。

 何度も何度も言われて……にもかかわらず、毎回いちいち嬉しいのが悔しい。

 思わず邪険にしてしまっても、そりゃあ仕方ないだろう。

 素直に礼とか言えるか、照れくさい。

 

「けれど、不思議です……」

 

 そう漏らしたジネットの声はとても沈んで聞こえた。

 こいつの笑みが満面に見えなかったのはそれが原因だろう。

 

「わたし、本当にヤシロさんがカエルさんになってしまうと思いました。だって……あのエンブレムは…………だから、とても不安で……泣きそうで…………」

 

 まぁ、そのおかげでゾルタルは俺の罠に引っかかってくれたんだが…………こいつにはちょっと負担の大きいことをさせてしまったかもしれんな。

 

「あの、ヤシロさん! 教えてくれませんか? どうしてヤシロさんがカエルさんにならなかったのか」

 

 真剣な瞳が俺を見つめている。

 これは、下手な誤魔化しが通用しそうにない目だ。

 

 ま、もともと教えるつもりだったからいいけどな。

 

「どうしても何も、『精霊の審判』が発動してカエルにならない理由なんか一つしかないだろう?」

「それは、なんですか?」

「俺が、嘘を吐いていないからだよ」

「でも……っ!」

 

 言いかけたジネットを左手で制して、俺はもう一度、会話記録カンバセーション・レコードを申請する。

 今日ここで俺が言ったセリフをもう一度振り返る。

 

 

『そのエンブレムは本物か?』

『もちろん、本物だぜ』

『ぶははははっ! しくじったな、オオバヤシロ! お前はすごいよ。よくもまぁ、そんな平然とした顔で嘘を吐けるもんだ。「精霊の審判」が怖くねぇのかただのバカなのかは知らねぇが、普通の神経の持ち主にゃあ出来ない芸当だ』

『真実を話すのに、恐怖を抱く必要はないだろう?』

『あぁ、もういい。もういいんだよ、オオバヤシロ。もう勝負は決まったんだ。これ以上嘘を重ねるな』

『嘘なんか吐いてねぇよ。このエンブレムは、正真正銘、本物だ』

 

 

「ここです!」

 

 俺の呼び出した会話記録カンバセーション・レコードを俺と一緒に覗き込んでいたジネットがその一文を指し示す。

 

「ここで、ヤシロさんは『正真正銘、本物だ』とおっしゃっています。けれど、そのエンブレムは……その…………」

 

 と、辺りを窺う素振りを見せて、グッと身を乗り出して耳元でそっと囁く。

 

「……ヤシロさんが作った『偽物のエンブレム』なのでは……?」

 

 それだけ言うと、ジネットはまた俺から距離を取り、俺の顔をジッと覗き込んでくる。

 ……くっそ、いい匂いしたな。あと、耳元で囁かれるのって、なんかヤバい。

 

「違う。これは正真正銘、本物の領主のエンブレムだ」

「え……?」

「忘れたのか? 前にエステラから譲ってもらった失効印つきの許可証だよ」

 

 言って、俺は折り畳まれたその紙を広げてみせる。と、折り畳むことでうまく隠されてあった『失効』の二文字が顔を見せた。

 

「あ……っ!」

 

 途端、ジネットは目をまんまるに見開き、口に手を当て驚きの声を上げる。

 

 以前俺は、この許可証に捺されたエンブレムを元に、ジネットが言うところの『偽物のエンブレム』を作成した。

 そして、それを胸ポケットに忍ばせ、グーズーヤが食い逃げをした際に利用した。

 そのことが印象深くジネットの脳裏に焼きついていたのだろう。

 それがあったから、俺の胸ポケットから出されたエンブレムは、領主のものではない、俺が作った俺のエンブレムだと、ジネットはそう誤認したのだ。

 そして、そうジネットに『勘違い』させることが、あの場面における俺の本当の狙いでもあった。

 

 つまり俺が本当に欺きたかったのは、敵対するゾルタルではなく、味方であるジネット――そのジネットを騙すことで、ゾルタルを手のひらで転がしてやったのだ。

 騙しやすさでいえば、今しがた出会ったヤツより、付き合いがある相手の方が上だからな。こう動けばどう反応するか手に取るように分かるジネットなんて、身内に持ったら一番のカモだ。

 

 にしても、ゾルタルも詰めが甘い。

 自分と同じ手口を、なぜ相手がやっていないと確信できるのか。

 

 まぁ、確信する以前の話だろうがな。

 そこ――エンブレム入りのその羊皮紙が、『別の用件が書かれた』ものであることは、ゾルタルがこの場において最も隠したかった部分だ。

 だからその点はゾルタルの思考から真っ先に排除された。俺が言ったように「中身を見せろ」などと要求することなど出来るわけもなく、疑うことも、もしかしたら考慮すらされなかったのかもしれない。

 自分が抱える『後ろめたさ』に足を掬われた形だな。

 

「それから、もう一つ。ヤシロさんが領主様と会話をしたというくだりですが……」

「領主と会話したなんて言ってないぞ」

「え、でも…………」

 

 そう言って、ジネットは会話記録カンバセーション・レコードをスクロールさせていく。

 

「ありました、ここです!」

 

 その場所を読んでみると――

 

 

『俺は、「スラムをよろしく頼む」と託されている』

『……そ、そんなバカな……』

『何がバカだよ? そう何度も顔を合わせたわけではないが、結構気が合ってな。家族を紹介されたよ。その時に「スラムを頼む」と……あ、いや。「お願いします」と頭を下げられたんだっけな?』

 

 

「ほら。ヤシロさんはこのように領主様に家族を紹介され、この地区を頼むと言われたと……」

「だから、これのどこに『領主』なんて言葉が出てきてんだよ?」

「……え? じゃあ、これは……………………………………あ」

 

 じっくりと考えて、ジネットは答えにたどり着いたようだ。

 

「……これ、ロレッタさんのことですか?」

「そうだぞ。ロレッタに家族を紹介されて、『スラムをお願いします』って頼まれてたろ、お前たちの目の前で」

「…………確かに」

「ゾルタルのヤツ、今さっき目撃したことなのに、まんまと騙されて、バカだよなぁ」

 

 軽く笑い飛ばす俺を、ジネットは小動物が初めてマッコウクジラを目撃した時のような表情で見つめていた。

 

「お前は俺をマッコウクジラだと思っているのか?」

「えっ、なんの話ですか!? 『まっこう……』って、なんですか?」

 

 謎の言葉をかけられて、ジネットが思考停止から復活する。

 そして、胸を押さえて浅い吐息を漏らした。

 

「あの、これはいい意味でなんですけれど……」

 

 そう前置きして、こいつはこんなことを言いやがった。

 

「やっぱり、ヤシロさんに敵対する方は、とても気の毒ですね」

 

 …………こんにゃろ。

 

「褒め言葉として受け取っとくよ」

「はい。とても褒めてますので」

 

 邪気を一切含まない笑顔を向けられて、反撃の糸口すら掴めない。

 あぁ、はいはい。

 分かってる分かってる。

 

 その笑顔が終了の合図なんだろ?

 つまり、俺が何かに巻き込まれた際は、ジネットがこうやって笑う結末にたどり着かなきゃいけないわけだ。

 それがどんなに面倒くさいことでもな。

 

 

 ……もしかして、こいつが一番の敵なんじゃないだろうな?

 

 

 そんなことを思いながらも、……なんでかな…………悪い気がしていない自分にちょっと苦笑を漏らしたい気持ちになった、そんな曇天の午後だった。

 

 

 

 

 

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