生地を自室に置いてから運動場へ行くと、ノーマとデリアがいた。
ブルマに体操服で!
「ありがとう!」
「ロレッタがどうしても着ろってうるさかったんさよ!」
「あたいも、『カンパニュラさんとお揃いにしましょう』って、ナタリアに」
う~ん……デリアのモノマネが回を追うごとに酷くなっていく。
今の誰だ? 野太いオッサンみたいな声だったぞ? ナタリアにどんなイメージ持ってんだよ。
まぁ、それはそれとして。
ノーマのしなやかで艶めかしい太ももと、デリアの健康的で張りのある太ももが並んでいる様は実に美しい。
神々しいと言っても過言ではない。
「毎朝、その太ももと太ももの間を通って出勤したい!」
「あんたは職場と自室が同じ敷地内じゃないかさ」
「ヤシロ。たぶん通りにくいからやめといた方がいいぞ?」
通りにくくて結構!
なんなら小一時間くらい挟まっていたいくらいだ!
「ヤシロく~ん、私もいるよ~☆」
ノーマとデリアの太ももに、完全に意識を持っていかれていた俺は、俺を呼ぶ声にちょっと驚いた。
「マーシャ、もう帰ってたのか?」
「うん。ついさっきね~☆」
もっと時間がかかるかと思ったが……案外近くの街に降ろしてきたのだろうか。
……もしくは、海の真ん中にドボンと…………
「な、なぁ、マーシャ。バロッサだけどさ……」
「ん~? 誰のことかなぁ~?」
おぉう、マーシャが記憶からヤツのことを完全に消し去ろうとしている。
相当嫌ってるなぁ。
「ま、大丈夫なんじゃないかなぁ~。死ぬ気になれば生きていける街だから」
死ぬ気になれば生きられるってのも、言葉としてどうなんだろうって感じだが……そうか、ちゃんと送り届けてくれたのか。
「ありがとうな。お疲れ様」
「……ん。もう二度とやらないけどね」
ちょっとだけ、マーシャの表情に疲れが見える。
やっぱ精神的にキツかったか。
こりゃご褒美が必要だな。
「なぁ、マーシャ。今日はカレーフェアの予定なんだが、シーフードカレーなんて食ってみたくないか?」
「わぁ、それってば、すっごく美味しそう☆ ううん、絶対美味しいに決まってる☆ 今決まった☆ けって~い☆」
ぱちぱちと手を叩いて、マーシャがはしゃぐ。
しばらくはそうして無理やり笑って、胸の中の気持ち悪さを誤魔化していればいいさ。
笑う振りをしていれば、そのうち本当に笑えるようになるから。
「それじゃあ、とっておきのシーフードをプレゼントしちゃお~☆」
「いや、金を取ってくれていい。今回は全額ハビエルの奢りだから」
「じゃ~ぼったくっちゃお~☆」
「ちょっと待て、海漁の!」
突如ハビエルが現れて、水槽に「がっ!」と手をかける。
「きゃ~、ちか~ん!」
「「「なんだと!?」」」
「「「木こりギルドのギルド長といえど、許さんぞ!」」」
「誰が、人魚なんぞに痴漢するか! 大体、お前らごときが何人束になろうが負けねぇぞ!」
「「「イメルダ先生、お願いします!」」」
「よろしくてよ」
「それは卑怯だろう!? 自分で来い、自分で!」
用心棒よろしく、イメルダがバトルアックスを居合抜きのように構える。
……いや、斧で居合抜きとか、絶対無理だからな?
「イメルダもいたのか」
「お目付け役ですわ」
「大変だな、一人娘も」
「お父様だけでなく、ヤシロさんのお目付け役でもありますのよ?」
「俺のことは見なくていいよ」
「ご遠慮なさらずに。いつでも懺悔室へご招待できる準備は整っておりますのよ」
「何もしてないのに懺悔室なんか行ってたまるか」
「『太ももの間を通って出勤したい』でしたかしら?」
「……それは、ほら、ただの独り言だから」
迂闊なことも言えないこんな世の中って、ポイズンじゃね?
「ヤシロさん」
ジネットが俺を見つけてとことこと近付いてくる。
俺の隣に来ると背伸びをして、こそっと耳打ちしてくる。
「エプロンは、わたしに作らせてもらえませんか?」
本当は俺が制服を作るのを手伝いたいのだろうが、ジネットやマグダ、ロレッタの制服はすべて俺が手作りしている。
そこら辺を尊重して、カンパニュラの制服も俺が作る方がいいと判断したのだろう。
で、せめてエプロンだけでも、か。
「後々、マグダやロレッタにねだられる覚悟があるならな」
「望むところですよ」
くすくすと、嬉しそうに笑う。
「俺の部屋に生地を置いてある。必要な分を持って行ってくれ」
「はい。あの、夕飯の準備の時に――」
「あぁ。カレーなら俺も手伝える。なんとか時間を作ろう」
「はい」
ジネットは、陽だまり亭と教会の寄付の準備で忙しい。
その上ここ最近、夜は誰かと一緒に寝ることになることが多くなっている。
一人の時間を作るのが大変なのだ。
なので、俺があらかじめ具材の準備をしておけば、ジネットも裁縫の時間を取ることが出来るだろう。
「レジーナに言って、カレーの調合をしてもらっている。マーシャに海鮮を持ってきてもらって、ここで下拵えを済ませちまえば、陽だまり亭で調理する時間を大幅に削減できるだろう」
「では、わたしは午後の準備の時間に少し部屋へ籠らせていただきます」
「マグダとロレッタにも協力を仰ぐぞ」
「そうですね。陽だまり亭みんなでサプライズをしましょう」
「では伝えてきます」とその場を離れようとするジネットを捕まえる。
お前が伝えに行くと高確率でバレるから、お前は普通に屋台で料理を作ってろ。
「――ってわけだから、マーシャ、こっそりと食材を頼む」
「その企てに参加させてくれるならね☆」
「へいへい」
マーシャはエステラに言って面倒を見てもらえばいい。
で、そのエステラは――
「「「微笑みの領主様の御御足っ、眩し過ぎるっ! さすが、太ももの領主様!」」」
「誰が太ももの領主なのさ!?」
「まったくよぉ、お前は本当にイベントが好きだよなぁ。はしゃぎ過ぎだろう、エステラ」
「他区のイベントに嬉々として参加しに来ている君には言われたくないよ、リカルド!」
なんか、暑苦しいオッサンどもに絡まれていた。
あいつら、カワヤ工務店とそれ以外の工務店の大工か?
そういや、微笑みの領主様のファンだったっけな。
……と、なんでかいるリカルド。
うん、きっとヒマなんだろうな、領主って。
「いいかい、カンパニュラ。こーゆー領主にだけはなっちゃダメだよ?」
「ですが、私もきっと、領主になった後も四十二区でのイベントに参加させていただきたいと思うはずです」
「カンパニュラなら大歓迎さ」
「俺も歓迎しろよ! 幼馴染だろ!?」
「ボク、幼馴染の規定を『四歳以前からの知り合い』に限定しようかと考えているんだよね」
「お前が生まれた時に、お前の親父がウチの親父のところに挨拶に来てるから、俺も絶対その時会ってるはずだよ!」
「記憶にないからノーカンだね」
「そんなに嫌か!?」
「え、言わせる気?」
「否定しろよ!」
「本当に仲がよろしいですね、お二人は」
わぁ、カンパニュラがエステラの心を抉りにいってる。
がっくりと肩を落とすエステラを見て、リカルドがやかましく吠えて、カンパニュラがくすくす笑う。
よし、今のうちに。
「マグダ、ロレッタ。極秘任務だ」
「……伺おう」
「なんかわくわくする予感です」
「ついでにナタリア」
「エステラ様の分までお伺いします」
三人に俺の計画を話し、最も重要な任務を与えておく。
「ジネットがサプライズを張り切っているから、フォローを頼む。入念に!」
「……任せて」
「あたしも店長さんをフォローするです!」
「……と、張り切るロレッタさんがボロを出す未来しか見えませんので、そちらは私がフォローをいたします」
「酷いですよ、ナタリアさん!? あたし、しっかり者の長女ですからね!?」
お前は数々の前科があるんだよ。
このサプライズ事前ぽろり少女め。
何回サプライズを潰されかけたか。
「なんにせよ、服の完成まで時間がかかる。おそらく、このイベントの最終日が決行日になるだろう」
「……心に留めておく」
「それまで、しっかりと店長さんをフォローするです」
「エステラ様、ハブると泣くでしょうね……けけけ」
「黒いですよ、ナタリアさん!? エステラさんにはちゃんと言っといたげてです!」
かくして、計画は動き出し、だがすぐに準備が出来るわけでもなく、なんとなく「楽しみだな~」という浮ついた気持ちを抱えたまま、午前中は屋台で営業を行った。
そんな中、俺は折を見てこっそりと午後の仕込みを進める。
ナタリアとマグダがうまくフォローしてくれて、動きやすかった。
ロレッタは、とにかく賑やかに売り子をやっていろんなヤツの視線を逸らしてくれればそれでいい。
そして、太陽が真上を過ぎるころ、俺たちは陽だまり亭へと戻りカレーフェスティバルの準備に取り掛かった。
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