そんなわけで、俺たちは大量の弁当を手に、四十一区の門へと来ていた。
四十二区には外に出るための門は設けられておらず、一番近いのがこの四十一区の門なのだ。
門を設置すれば、入門税を徴収できるというメリットがあるが、それ以上に門の警備やメンテナンスに金と時間と労力がかかってしまうのだ。
そして、四十二区のように魅力のない場所の門は通行量がさほど増えず、収入が期待できない。
四十二区の外はすぐ森になっており、それも通行量を減らす要因になっている。徒歩で旅をする者は少なく、街を出入りする者は馬車を使うのがほとんどだ。で、あるならばきちんと整備された街道が必要になる。森の中を馬車で突っ切るなんてナンセンスだからな。
苦労して森を抜けてようやく入った先が四十二区。
俺ならブチ切れて門番を八つ裂きにしかねない。
そんなわけで、四十二区はオールブルーム外周部に位置しているにもかかわらず門を設けていない数少ない区なのだ。他にも門がない区はあるそうだが、そこにはそこの抱える問題なり理由があるのだろう。
で、四十一区の門だが……まぁ、四十一区もさほど大した街ではないってことだな。四十二区より幾分マシというレベルだ。
高さ20メートル超の大きな木製の門扉の周りを、頑強な石造りの門が囲っている。……まではいいのだが、いささか年季が入り過ぎている。その気になれば数十人で壊せてしまいそうだ。
この門で獣とか防げるのか? 野盗とか入り放題なんじゃねぇの?
門番をしているのは四十一区の自警団なのだろう。数十人いる兵士はみな同じ型の鎧を身に着けている。門の横には獅子のエンブレムが描かれた旗がはためいている。
「四十一区の門を通過する際に、四十二区の許可証が効果を発揮する意味が分からんのだが?」
「まぁ、そこは付き合いのようなものだね。『何かあったらいろいろ融通するから大目に見てやってよね』的な思惑がお互いにあるのさ」
「へぇ」
エステラが取ってきてくれた、俺の入門許可証。入門許可というよりかは、四十二区の仮住民票とでもいうべきか。俺の身分証明書のような役割をしてくれるのだ。
ちなみに、街から外に出る際はお金はかからないらしい。
街からモノを持ち出すのも無課税だ。
金がかかるのは入門の際で、物を持ち込むのにも税がかけられる。
今回のように弁当を持ち出して、食べきれずに持ち帰ると課税されるらしい。……なんだそりゃ。入れ物は課税対象ではないそうなので安心だが。
大抵持ち出す食料はパンや干し肉が一般的で、それらは売り物になる。それらに税をかけないと「これは残り物だ」と言い張って無課税でパンや干し肉を街へ持ち込むことが出来てしまう。そうなれば、街の中のパン屋や肉屋が損害を被る。そうさせないための処置だ。
……つか、食いさしの弁当なんか売れないだろうに。まぁ、それを言い始めると線引きがあいまいになって面倒くさいことになるのだろうが。
出門手続きは意外とあっさりしたもので、すぐに出ることが出来た。
入門の際はいろいろ面倒くさそうだけど、出るのは簡単だ。
「入門の際は、三人で1200Rbかかるからな」
門を出る時、自警団の兵士にそんなことを言われた。
マグダは狩猟ギルドの会員証を持っているため、数には入れられていない。
行商ギルドや狩猟ギルド、そして海漁ギルドなどは、仕事上外壁の外へ行くことが頻繁にあるため、ギルドごとに年単位で入門税を納めているとのことだ。
そのため、税がかかるような物さえ持っていなければ、一回単位での金は取られない。
しかし、それらギルドに加盟していないただの住人は、入門の度に金を徴収される。
「1200Rbなけりゃ出ない方がいいぜ。帰れなくなるからな」
「大丈夫だよ。きちんと用意してある」
エステラが少し不機嫌そうに返事をする。
この兵士のオッサンは親切なヤツなのかと思ったのだが……なんてことはない、「四十二区の人間が1200Rbなんて持ってるのか?」というイヤミだったようだ。
「さて。それじゃあ、早く行くとしようか。こんなところで油売ってても時間の無駄だからね」
苛立ちを隠しきれない口調で、エステラが俺たちを先導する。
ふむ……
二歩ほど歩いたところで俺はふと立ち止まり、門を振り返った。と、先ほどの兵士のオッサンが暇そうに大あくびをかましている姿が視界に入る。
「ヤシロさん、どうかしたんですか?」
俺が足を止めたことに気付いたのか、ジネットがこちらに駆け寄りながら問いかけてくる。
そんなジネットに続くように、相変わらず無表情なマグダと、いまだ怒気を孕んだ表情のエステラも俺のもとへと引き返してきた。
「俺なら、500Rbもありゃ通れると思ってな」
飄々とした口調でそう告げると、エステラの目が一瞬にして据わる。
「まさか、偽造硬貨でも作って足りない分を補うとか言うんじゃないだろうね」
おいおい、俺をあんまり高く買い過ぎんじゃねえよ。
なんの用意もなくこんなところで偽造硬貨なんか作れるか。
「違う」
「じゃあ、どうするんですか?」
「どうすると思う?」
無防備過ぎるほど純粋な瞳をさらすジネットに、俺はあえて質問を質問で返してみた。大方予想はついているが、こいつならどう答えるかと思ってな。
「う~ん……そうですねぇ……」
左右に「こて~ん、こて~ん」と首を振り考え込むジネットは、ひとしきり悩んだところで突如表情を輝かせる。そして、思い切りよくこう言い放った。
「分かりました! 自警団の方のお手伝いをして足りない分を稼ぐんですねっ!」
ドヤァ! ……と、いう顔だ。
自信満々なとこ悪いが、何一つ分かってねぇよ。
それじゃ500Rbで通ったことにならないし、だいたいそんなことに労力を割くくらいなら正規の金額を払った方が安くつくだろうが。
「なら、価値のあるものでも売りつけるのかい?」
ジネットの発言を表情だけで軽くあしらっていると、今度はエステラが己の回答をぶつけてくる。
「だから、それだと『500Rbありゃ』っていう条件を逸脱するだろ?」
足りない分を違う何かで補うんじゃ、結局身を切られているのと同じわけで意味がない。
……いや待てよ。我が身を切らず、さらにはその価値以上の金を搾取できる代物なら、タダどころか利益を得られるかもしれないのか。
「エステラ、いいことを言った。よし、ジネット。今お前が穿いているシースルーパンツを差し出せ」
「ふにょっ!?」
奇妙な声を発したジネットの顔が、瞬時に真っ赤に染まる。
「なななななっ、なんっ、なんで分かるんですか!? ヤシロさん、見たんですか!?」
「いや、勘で言っただけだが、お前、今あれを穿いてんのか」
以前、中庭に干してあった中で一際印象に残ったヤツだ。
思わず視線がジネットの腰へと向かう。
と、ジネットは腰付近を隠すように両手を当て、後ずさりで俺からズザザっと距離を取る。
「だって外壁の外に出ることなんてそうあることじゃないですから、俄然気合いが入って……って、何を言わせるんですか! 懺悔してください、懺悔してください!」
なるほど。ジネットは勝負パンツを穿く派なのか。
「だがな、ジネット。相手はあのオッサンだ。お前の脱ぎ捨てたあのシースルーパンツなら、三人分の入門税はおろか、その倍額だって…………っ」
説得にかかる俺の首に、突如冷たい感触が走った。
無意識に察知した己の危機に、俺は言葉を止め、視線だけをそちらに向ける。
と、首元すれすれに刃渡り20センチのナイフが突きつけられていた。そして、そのナイフの柄を握るエステラが狂気を含ませた表情で、ゆっくりと俺に問う。
「今すぐ懺悔するのと、今すぐ斬首されるの、どっちがいい? 三秒だけ猶予をあげるよ」
「申し訳ありませんでした!」
反射の如き素早さで、俺は謝罪を口にした。
怖い怖い怖い! お前は本気でやりかねないから恐ろし過ぎるわ!
「まったく。冗談もほどほどにしないといつか痛い目見るよ?」
そう言いながら懐にナイフをしまうお前にこそ言いたい。
冗談でも人にナイフを突きつけるんじゃない。本気なら尚更やめていただきたい。
こんなんじゃ、命がいくつあっても足りゃしねぇ……
と、不意に袖口がちょいちょいと引っ張られた。
見ると、俺の服の袖を遠慮気味に掴んだマグダが、真下から覗き込むように俺の顔をジッと見つめてきた。
「ん? なんだ?」
「……マグダのパンツ……いる?」
「ヤシロ!」
「ヤシロさん!」
エステラとジネットの双方から、非難のこもった声が上がる。
だから俺はまだなんも言ってねぇだろうが!
「悪いがマグダ。俺のいた国では、女児のものは所持するだけで捕まるんだ」
「……?」
首をこてっと傾ける仕草は無表情ながらも可愛らしくはある。が、これ以上説明しても無駄なことは明らかなので、マグダのことはひとまず放置だ。
ん……あぁ、待て待て。
一応マグダにも聞いてみるか。こいつがどんな知恵を絞り出すのか興味がある。
こういうぼーっとしたヤツの発想は時として鋭い切り口で難局を打開したりすることがあるのだ。
こいつの発想が使えるものなら、今後大いに活用させてもらおう。
「マグダ。お前ならどうする? 500Rbで門を通るには」
「…………」
マグダは腕を組みじっくり考えを巡らせる。
そして、おもむろに顔を上げ、抑揚のない声で回答を寄越してくる。
「…………頑張る」
「うん、分かった。俺が悪かった」
こいつに何かを期待した俺がバカだった。
今、近年稀に見る猛省をしているところだ。
まったく……どいつもこいつも、揃いも揃ってしょうがねぇな……
「今から実演してやるから、ちょっとそこで見とけ」
言って、俺は三人をその場に残し、先ほどの兵士のオッサンのもとへと足を進めた。
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