異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

56話 不器用な器用者 -2-

公開日時: 2020年11月24日(火) 20:01
文字数:2,219

「おい、ベッコ」

「むふぅゎああっ! 英雄が拙者の名をっ! 拙者の名をぉぉぉおおおっ!」

「やかましい! いちいち悶えるな!」


 両腕を拘束されながらも、自由気ままに動き回るベッコ。こいつ、きっとどんな状況に置かれても人生楽しく生きられるんだろうな。

 あの動きを見るに、体の柔軟性とか筋力とか高いだろうし……スペックの高い変態はほとほと始末に負えない。


「ベッコ。ここにある蝋像は、お前が作ったもので間違いないか?」

「む…………これは、行方不明になったと思っていた拙者の作品たち…………どうしてこんなところに?」

「広場にこんなものを置いておかれると迷惑だからな。俺が持ってこさせた」

「なんとっ!? 英雄自ら拙者の作品の収集を!?」

「収集じゃねぇよ!」

「サインならいくらでも書くでござるよっ!?」

「いらん!」


 こいつと話をしていると、普段の三倍くらいエネルギーを消費する。

 なんでこうも直情型なんだ? ちょっと血でも多いんじゃないか?


「どうしてこんなにたくさん、ヤシロの像を作り、そして広場に置いたりしたんだい?」


 エステラが静かな声で問うと、ベッコは少しテンションを落ち着け、そっとまぶたを閉じた。


「拙者……昔からモノを作るのが好きでござった。泥団子から始まり、お絵描き、粘土細工と、幼少の頃より多くのものを作ってきたでござる」


 まぶたを開けたベッコの瞳は、慈しむような優しさをもって立ち並ぶ蝋像たちを見渡している。


「いつかは、彫刻家として人々に認められたい……そう思うようになるのに、時間はかからなかったでござる」


 いつの世も、どこの世界にも夢を抱く若者はいて……


「けれど、拙者の生み出すものはご覧の通り……芸術家としては一切認めてもらえない出来栄えのものばかりでござる」


 ……そして例外なく、現実は厳しい。


「拙者は感性が乏しいのか想像力が欠如しているのか…………見たものをそのまま形にすることしか出来ない、芸術家としては三流以下の落ちぶれでござる」


 夢を見る者の多くは、あまりに厳しい現実に直面し、そして叩き潰される。


「拙者ももう十八……いい加減、夢を見る年齢はおしまいだと、そう思っていたでござる」


 この世界では十五歳で成人としてみなされる。

 その頃までには手に職をつけて、今後の生活基盤を築いておく必要がある。

 それが出来なければ、そいつは大人として落第の烙印を押されてしまうのだ。

 十八というのは、この世界では所帯を持つことを考え始める年齢だ。自分以外の者の人生を背負う覚悟を固めるような、そんな年齢なのだ。


 夢などと言っていられる年齢ではない。


「だが……」


 だが……


「その時、拙者は出会ったのでござる! 英雄に!」


 夢を諦めなければいけないというルールはどこにもない。

 ジジイになるまで、いや、ジジイになってもずっと、夢に生きることだって立派な人生だ。


 俺は好きだけどね、こういう、キラキラした目をしているヤツは。男女問わずな。


「拙者は、二ヶ月半前の大通りでのあの大立ち回りを見て、ヤシロ氏の言葉を聞いて、『もう一度頑張ろう!』『投げ出さずに最後まで足掻いてみよう』と思ったのでござる!」

「それで、俺そっくりの蝋像を作って広場に置いていたのか」

「いかにも! 見たものを、見たまま形にすることしか出来ぬ拙者ではあるが……それでも、この目にしかと焼きつけた光景なら寸分の狂いもなく形に出来るでござる! 拙者は、己の持てるすべてをあの像に注ぎ込んだのでござる!」

「見たものを、見たまま形に……か」

「左様……拙者、不器用でござる故」


 シニカルに微笑むベッコに、俺は笑みを向ける。

 ……若~干、額に血管の浮いた、禍々しい笑みを。


「俺は、あんなふざけたポーズを取っていたか?」


『燃焼』とか『雨の日の休日』とかの像を指さして問い詰めると、ベッコは屈託のない笑みを浮かべてこう言った。


「そこはそれ。拙者、脳内で見た光景同士を合成させることには長けてござる故、別人の取ったポーズにヤシロ氏の顔を合成したでござるよ」

「お前の知り合いに『俺色に染めてやるぜ』みたいな格好をするヤツがいるのか? 一回病院へ連れて行ってやることを勧めるぜ」

「ポーズもさることながら、大根や玉ねぎにヤシロ氏の顔を生やすことも可能でござるぞ!」

「余計なことしなくていいから!」


 まぁ、こいつのやってることのほとんどが余計なことだと言えばそれまでなのだが。


「余計でも……」


 唇を引き結び、ベッコが遠くを見据える。

 その瞳には強い意志がこもっていて……もはや迷いは見る影もなかった。


「たとえ無駄だと言われようとも、それでも拙者は構わないと思ったでござる! 自分の信じる道をひたすら前に進みたい、ヤシロ氏の言葉を聞いてそう思ったのでござる!」


 半ば吠えるように、ベッコは声を上げる。

 それは遠い未来にいる自分に届けるように。

 かつて立ち止まっていた過去の自分を叱咤するように。


「拙者は、拙者の心に強く焼きついたあの日の光景を形で表したい! そして、その感動を多くの人に共感してもらいたい! それが、今の拙者の素直な気持ちでござる! この今の気持ちを、拙者はなくしたくないと、本心からそう思うでござる!」


 そして、晴れ晴れとした顔でまっすぐに俺を見つめる。


「そんな気持ちから、ヤシロ氏の像を作り多くの人が行き交う中央広場に設置したのでござるよ」


 極端に突き抜けたヤツだ。

 非常に迷惑な突き抜け方だ。

 だが、一度突き抜けたヤツは、大きく化ける。それが芸術の分野であれば尚更な。


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