「ヤシロさ~ん」
「……マグダ、初上陸」
「ほわぁあ! 広いですねぇ~!」
手を振ってやって来るジネット。それにマグダ、ロレッタが続き、水槽付き荷車に乗ったマーシャとその荷車を押すデリアがやって来る。
その後ろから――
「ご無沙汰しています、シスターバーバラ」
ベルティーナがゆっくりと歩いてきた。
「シ、シスター…………」
干からびたババアが両手を肩幅に広げてぷるぷると震え出す。
……自爆する気か!?
「べ、ベルティーナさん……っ」
無茶な運動をすればすぐにも天に召されそうなババアが、高機動戦闘機のような俊敏さでベルティーナのもとへと駆けていく。
そして、ベルティーナの手を取ると感激に瞳を潤ませる。
「あぁ、またお会いできて、こんなに嬉しいことはありません……お元気そうで何よりです」
「バーバラも、お変わりなく」
いやいや。ババアは変わっただろ。
ガキの頃からそんなシワシワなわけないし。
「半年ぶりですね、ベルティーナさん」
「すっげぇ最近会ってんじゃねぇか!?」
そりゃ変わらねぇわ!
「年が明けてすぐ、教会の集まりがあったんですよ」
バーバラの髪を撫でながら、ベルティーナが俺たちにこの奇妙な状況を説明する。
バーバラはベルティーナの腰にしがみつき、ベルティーナはそんなバーバラの髪を優しく撫でている。
おぉう……絵面はアレだが、行動が母娘っぽい……絵面はアレだが!
「絵面的に、亡者に引きずり込まれかけている聖女っぽいです」
「ロレッタ。お前は俺よりも酷いことを考えているな」
俺だって精々、「えっ、バーバラって子泣き爺と砂かけ婆のハイブリッド?」くらいにしか思ってなかったのに。
「ベルティーナさんがおっしゃっていた、『懇意にしているシスター』というのは、シスターバーバラのことだったんですよね」
子泣き婆に取り憑かれているベルティーナに、エステラがそんな質問を投げる。
バーバラなら、無償でベルティーナに味噌くらい送りそうだ。
だが……
「バーバラとの縁は母娘のようなものですから、懇意という感じはしていないのですよ。家族ですからね」
「ベルティイィィイイナさぁぁあああん!」
子泣き婆、号泣。
んじゃあ、懇意にしてたってのは。
「よ、ようこそ、シスターベルティーナ。か、かかか、歓迎いたしますっ! あ、これ、美味しいお店のお味噌です!」
ウサ耳を「ぴーん!」と立てて、ソフィーがベルティーナにエサを与えている。
……お前か。
「あら、ソフィーさん。髪型を少し変えましたか?」
「は、はい! とても美人な方を拝見しまして、ま、真似を……変ですか?」
「いいえ。とても可愛いですよ。ぐっと大人っぽくなりました」
「はぁぁっ! 嬉しいです!」
「どうも。私がその噂の美人です」
「ちょっと、今いいところだから割り込んでこないでね、ナタリア」
エステラがナタリアを排除する……が、別にいいところでは、ないな。
「で、ジネット」
「はい」
「ガキどもは?」
「あぁ、それが……」
困り笑顔を浮かべて、ジネットが背後へと視線を向ける。
林の出口付近に、ガキどもが固まってこちらを見ていた。
「……知らない場所で、知らない人がたくさんいるので、ちょっと人見知りしているようでして」
「人見知りって……こっちの教会のガキどもは人見知りもしないで元気に……」
と、さっきまで騒がしくはしゃぎ回っていたガキどもを見ると……礼拝堂の入り口付近に固まってじっとこちらを窺っていた。
……俺、初めて見たよ。お前らが人見知りしてるとこ。
「どう、しましょうかね?」
「無理やり引っ張ってきても仕方ねぇしなぁ…………ハム摩呂~」
「想定外の、お呼び出しやー!」
共通の友達であるハム摩呂で釣ってみる。
「大集合の、号令やー!」
……だが、仲間はやって来なかった。
「…………引きこもりの、ぼっちコースやー……」
「大丈夫ですよ、ハム摩呂さん! みんなちょっと緊張しているだけですから! わたしたちは、ハム摩呂さん、大好きですから!」
「はむまろ?」
「そこで聞き返しますか!?」
落ち込んだハム摩呂をジネットが慰めている。
ハム摩呂でもダメかぁ……となると、アレか。
まぁ、少し早いが、ガキどもを気にしてジネットたちが準備に集中できないのは困るしな。
俺は腰の袋から竹とんぼを取り出す。
「はぅっ!?」
ジネットが敏感に反応して、ハム摩呂を抱えて遠ざかっていく。
「ん? それはなんだい?」
エステラが竹とんぼに興味を示す。
陽だまり亭でも黙々と作っていたから、マグダとロレッタは知っているのだが、エステラは初めてか。
「お~い、お前ら~! ちょっと面白いことやるから見とけよ~!」
と、どちらの教会のガキにも聞こえるように言って、屋台エリアから少し離れた開けた場所へ移動する。
ガキどもの視線が集まっているのを確認した後、――ビッ! と、勢いよく竹とんぼを空に放つ。
「「「「「ふぉぉぉおおおっ!」」」」」
大空を滑空し、大きく弧を描いて戻ってくる竹とんぼをキャッチすると、足下にはガキどもが群がっていた。
四十二区、二十四区入り乱れたガキどもオールスターズが。
「にーちゃん、すげー!」
「やちろー、すごーい!」
「やらせてー!」
「やりたいー!」
きらきらした瞳で群がるガキども……は、いいんだが、ウザいウザい。軽く殴ってくるヤツとかもいるしな、こういう時は絶対!
「ジネット~」
「はぁ~い!」
こういうのはジネットに丸投げが一番だ。
「じゃあ、新しく出来たお友達と仲良く遊びましょうね」
「「「「「はぁーい!」」」」」
「では、最初に『よろしく』をしましょう」
「「「よろしくねー!」」」
「「「うんー! よろしくー」」」
手に手を取り、笑顔を交わす。
もう仲良くなりやがった。なんだったんだよ、さっきの人見知りは。
片方の腕がないヤツや、顔に大やけどを負った少女にも、特別な感情は抱いていないようだ。
それが普通。そういうお友達。
出来ることと出来ないことがある、ってのは、どんなガキでも一緒だからな。
いや、大人でもそうだ。
ジネットは俺みたいに誰かを騙すなんて出来ない。反面、俺にはジネットのようにこんなやかましい生き物を統率するなんて到底できっこない。
こういう、ガキどを手懐けているところを見るとつくづく思う。さすがだな、ジネットは。たいしたもんだよ。
「さすがですね、ヤシロさん」
「はぁ?」
「みんな、もうお友達になりましたよ」
「いや、お前の功績だろう」
「ヤシロさんの竹とんぼのおかげですよ」
「いや、お前がガキどもをまとめ上げて……」
「「「おにーちゃん、教えてー!」」」
「「「やちろー、貸してー!」」」
「新しいオモチャの、とりこやー!」
ハム摩呂。よかったな、仲間に入れて。
トルベック工務店の一員として呼んだハムっ子たちも、完全に遊ぶ側に回っているようだ。
まぁ、いいか。
「ロレッタ! マグダ!」
「はいです! ばばーんと人数分、用意してあるです!」
「……うぇるかむ、ぼーいず&がーるず」
「「「「「ぅはははーい!」」」」」
俺が地道に用意した竹とんぼを、ロレッタとマグダがガキどもに手渡していく。
もらったそばから飛ばそうとする者、隣のヤツと見せ合いっこする者様々だが、一様に喜んでくれているようだ。
片腕のないヤツと目の見えないヤツには、俺が特別に別のオモチャを用意してやった。
「ほれ、お前らにはこっちだ」
それは、持ち手の先端に紐が、その紐の先に筒状の竹が取り付けられているオモチャで、持ち手を持って振ると、先端に取り付けた筒状のパーツが回転しセミのような音を鳴らす、『竹セミ』という物だ。『セミ笛』と言ったりもするか。
持ち手先端の紐を結ぶ部分に松ヤニを塗り、紐が擦れる音を、紐の先に付けた竹筒が糸電話の容量で音を大きくして、セミが鳴いているような音を鳴らすという、簡単な仕組みのオモチャだ。
これなら、片手でも鳴らせるし、目が見えなくても音を楽しめる。
竹とんぼに勝るとも劣らない人気の伝承玩具と言える。
竹とんぼが飛ばせない小さいガキでも、コレなら安心だしな。
「ありがとー!」
「ふしぎな音がするねー」
ジージーと乾いた声で鳴く竹セミに興味を引かれ、こちらにやって来るガキもいた。
「ヤシロさん! 竹でも、わたしこれなら上手に出来そうな気がします!」
意気込むジネット……って、いや、そりゃ出来るだろうよ。
そして、アッスントが食材を持ってやって来るまでの間、再会を喜んだり、新しいオモチャで遊んだり、「ふふん、ボクはこういうの得意なんだよね~」と豪語したエステラが竹とんぼを額にぶつけて「あたー!?」と泣いたりと、いろいろなことをしつつ時間を過ごした。
雰囲気作りは上々だ。
あとは……撒いたエサに獲物をかけるだけ。
さて、急ピッチで準備を始めますか。
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