「ほなら見ててな」
ジネットにエステラ、それにセロンとウェンディも合わさり、みんなが立ってレジーナを見つめている。
「なんだかわくわくしますね」
俺の横に立つジネットがそんなことを言ってくる。
いや、別にわくわくはしないが……まぁ、興味はあるかな。
レジーナは、一度全員へ視線を巡らせた後、袋からほんの少量の火の粉を取り出した。
砂糖をつまみ食いするみたいに、人差し指に火の粉をちょっとだけつけて、それを俺たちに見せる。
レジーナの、エノキダケのように白い人差し指が、先端だけ赤く染まっている。
「これを、こうして……圧力をかけつつ揉んでやると…………」
言いながら、ややもったいつけるような緩慢な動作で、レジーナは親指と人差し指を合わせる。火の粉を摘まむような形で、指を揉むように動かす……すると。
ボゥッ!
と、突然レジーナの指先から炎が上がった。
その勢いは、思わず体を仰け反らせ椅子から転げ落ちそうになるくらいに凄まじかった。
俺が転げ落ちなかったのは、同じく突然の炎に驚いたジネットとエステラが、左右から俺にしがみついてきたからだ。
右肘にぽぃ~んとした弾力を感じる。
左肘には………………あれ? あれ…………あれぇ~?
「差別だ……左肘差別だ……右肘との格差が酷い……っ!」
「う、うるさいなっ!? 右肘が厚遇されてるだけだろ!?」
「右肘? ……えっ、きゃっ!?」
エステラの発言で、ジネットが『当たっている』ことに気付き、慌てて飛び退いてしまった。
あぁ……左に続いて右肘もスッカスカに……
「左右共々スッカスカか……」
「……ボク、まだ飛び退いてないんだけど?」
そこにエステラがいようが、スッカスカである現実に変わりはない。
悲しいものよなぁ……
「自分ら……人が折角、おもろいもん見せたってるのに、まだおっぱいの話するか……どんだけ好きやねん?」
「おっぱい好きなのはヤシロだけだよ!」
「……『ようこそ! おっぱいの街、四十二区へ』」
「そんなキャッチコピーは採用しないからねっ!?」
俺のナイスなキャッチコピーをあっさり却下するエステラ。
観光客、増えると思うけどなぁ。
「しかし、危険な物体だな、その『火の粉』ってのは」
軽く圧を加えるだけで激しく燃え上がりやがった。
レジーナの手元には小さな布袋いっぱいの『火の粉』が……小さいと言っても、粉末だからあれでもかなりの量があるだろう。500グラムくらいか……
それが一気に燃え上がったりしたら……指先にちょっとつけただけであの火力…………街が消し飛ぶかもしれんな。
「大量破壊兵器でも作るつもりか?」
「あほか。作るかいな、そんな物騒なもん。そもそも、この火の粉は、見た目は派手やけど火力は全然ないんやで」
「そうなのかい?」
「せや。温度は精々数十度……寝起きの布団くらいのもんや」
「わぁ、気持ちよさそうな温かさですね」
危険がないと聞き、エステラはホッと胸を撫で下ろし、ジネットは楽しそうに笑みを見せる。
派手なだけの炎。たぶん「炎っぽい何か」ってとこなんだろうな。
「じゃあ、さっきの炎では何も燃やせないんだな?」
「いや、そうでもないで。燃えやすいもんやったら引火するし、分量を間違ぅたら火傷くらいはするさかいな」
結局危険なんじゃねぇか。
「何に使うんだよ、こんなもん」
「これをやな、薬にちょこっと混ぜておくと…………飲んだ瞬間口から炎が『ボォーッ!』って!」
「させてどうする!?」
「『えっ!? 辛かったん!?』って、周りの人がビックリするやろ?」
「だから、させてどうする!?」
アホだ。やっぱり、アホだった。
そんな小ネタのために、無理して遠出したのか、こいつは?
下手したら命を落とすかもしれないこの街に。
「さ、俺たちも用事があるから、そろそろ行こうか。あ、レジーナ。ご馳走さま」
「待ってや! アカンで!? 置いていかんといてや!? 後生やさかいに、連れて帰ってんか!?」
「いやぁ、悪いなぁ……俺たちの馬車、八人乗りなんだ……」
「乗れるやん!? メッチャ乗れるやん!? ウチ入れてもまだ席余るやん!?」
今日のレジーナは、なんだか元気だ。
それだけ必死ということなんだろうが。
「ヤシロさん」
そっと、ジネットが俺の顔を覗き込む。
そして――
「……ね?」
そんな短い音を、俺に寄越す。
……なんだよ。そんな一文字だけで俺をコントロールしようってのか?
そんなもんで俺を意のままに操ろうなんざ、甘い考えにもほどがあるだろう。
まったく……
「……今回だけだぞ」
「はい」
くそ……どうもペースが乱される。
いい加減、流されないように対策が必要だな。……弱点なんぞ、俺にあってはいかんのだ。
そうだ。
別にジネットに言われたからってわけじゃない。
ちゃんと俺の利益になるのであれば、俺は進んで人助けをしてやろうじゃないか。
そこに対価が支払われるなら。もしくは、それと同等の何かがあるならな。
「レジーナ。その粉を少し分けてくれるなら、四十二区まで運んでやろう」
「えぇ……けどまぁ、背に腹は代えられんか……かまへんよ。ちょっと分けたるわ。無くなったら、また頼んだらえぇんやし」
「よし。商談成立だ」
そして、俺はレジーナと握手を交わす。
火の粉か。
うまく使えば、結婚式用の何かの演出に使えるかもしれん。
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