異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

70話 お花と甘味 -1-

公開日時: 2020年12月6日(日) 20:01
文字数:1,969

「あの、ヤシロさん。少しいいですか?」

 

 昼のピークが過ぎ、徐々に増え始めた客も無事捌ききり、ようやく落ち着いた時間が訪れたとある日の午後。終わりの鐘まであと一時間という、ティータイム。この時間はいつも客足が途絶えるのだが……そんな時間に、ジネットが俺に声をかけてきた。

 

「実はお願いしたいことがありまして」

「なんだ?」

 

 俺はノーマに頼んで作ってもらった型を使って、フルーツを星形にくり抜いていた。

 ウサギさんリンゴは散々な結果に終わったが、星や花の形はこいつらにも好評なようなのでメニューに積極的に取り入れることにしたのだ。

 ちなみに今はみつ豆を作っている。

 上白糖は高級らしく、陽だまり亭には置いてない。が、黒糖ならばなんとか手に入る。そこで、みつ豆だ。

 この前、米農家のホメロスのところに行った際もち米を見つけたので、粉にして白玉なんかも作ってある。

 さらに寒天も作った。ロレッタの弟たちに改修してもらっている海漁ギルドの網に、他の海藻に混じって天草がかかっていのだ。

 これはもう、みつ豆を作れと言われているようなものだろう。天啓というやつだ。

 

「あ、可愛いですね。お星さまです」

「食うか?」

「では、一つ…………ほいひぃれす」

 

 四十二区には絶対的に甘味が足りない。

 故に、このティータイム真っ盛りに客がいないのだ。

 三時のおやつという習慣がないとは、嘆かわしい限りだ……

 

「あっ! そうでした」

 

 慌てて口の中の物を飲み込み、ジネットが息を整える。

 俺に向き直ると背筋を伸ばし、ふにゃりとしたいつもの笑みで話しかけてくる。

 

「少しお花摘みに行きたいので、お店を見ていてもらえますか?」

「お花…………あぁ、トイレか。そんなもんいちいち言わなくても行ってくれば……」

「あ、いえっ、ち、違いますよ!?」

 

 ん?

 お花摘みというのはトイレの隠語だろ?

 

「あのですね、実はこの後……」

 

 と、ジネットが言いかけた時、食堂のドアが開いた。

 ……が、誰も入ってこない。

 開いたドアから、爽やかな風だけが室内に流れ込んでくる。

 

 …………え、なに? なんか怖い……

 

「あ、もういらしたみたいですね」

「いらした?」

「朝、言い忘れてしまったのですが……ミリィさん。どうぞお入りください」

 

 ジネットがドアに向かって呼びかけると、ドアの脇から「ちょこっ」と、小さい頭が覗き込んできた。

 頭に小さな触角を生やした、可愛い女の子だ。

 

 挨拶でもしようかと体の向きを変えると、途端にその小さい頭は引っ込み、再び視界から消えた。…………なに、これ?

 

「あの、ミリィさんは極度の人見知りで……特に男性は苦手なようでして」

 

 ジネットが苦笑を漏らす。

 ウーマロの女の子バージョンみたいなもんか。

 なんでだろう。女の子だとこんなに愛嬌があって可愛らしい。……それに引き換えウーマロは……あいつはダメだ。マグダにデレデレして奇声を発するなど、あがり症の風上にも置けない。あいつはもうあがり症協会から破門だな。…………いいことじゃねぇか、それ!?

 

「ミリィさん。大丈夫ですよ。ヤシロさんはとても優しい方ですので、怖くないですよ」

「…………ぅ、ぅん」

 

 声、小っさ!?

 

 それから、まさに『おっかなびっくり』という言葉がぴったりな、おどおどとした動きでミリィというミニマムな女の子が食堂内へと入ってきた。

 そろりそろりと歩く姿は、まるでカラクリ人形のようだ。ギクシャクと、カタカタと、ぎこちのない挙動でこちらに近付いてくる。

 飾り気のない服装に、ふわっとしたネコっ毛のショートヘア。くりっとした瞳はやや垂れ気味で、なんとなく直立するレッサーパンダを思い出させる。

 

「レッサーパンダ人族か?」

「いえ。ミリィさんは、ナナホシテントウ人族ですよ」

「……細分化し過ぎじゃない?」

「どういうことですか?」

 

 いや、まぁ。そんだけ細かく分かれてんのがこの街での常識ならとやかくは言わないけどさ……もっと大きい括りでテントウムシ人族とか、なんなら虫人族とかでもいいだろうに。

 ナナホシテントウ人族がいるなら、ナミテントウ人族やヒメカメノコテントウ人族、ダンダラテントウ人族なんかもいるってことか?

 見分けつくのかよ、それ。

 

「わっ!」とでも驚かせれば「ぴょーんっ!」と逃げ出してしまいそうな程、がちがちに緊張した様子でミリィはジネットの隣までやって来る。そして、ジネットの腰にしがみつき、その背に身を隠すように寄り添った。

 ……メッチャ怖がられてるな、俺。

 

 しかし、本当に小さい。

 マグダよりも小さいな。120センチくらいか。

 しかし、見たところナナホシテントウっぽい箇所が見受けられない。唯一頭に触角が生えているくらいだ。

 

「羽とかないのか?」

「はぅ……………………な、……ない…………です」

 

 蚊の鳴くような声とはまさにこのことだと言わんばかりの小声だ。

 これはアレか? 歳を取ると聞こえなくなる類いの周波数か?

 

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