異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

256話 準備とお披露目と -3-

公開日時: 2021年4月22日(木) 20:01
文字数:3,439

 四十二区の新たな技術、鉄砲風呂と水道の説明を終え、浴槽の中で足を伸ばしたり二人で入ってみたりと散々新しい浴室を堪能した一行。

 これだけでも十分満足度は高いのだろうが……本番はまだこれからだ。

 

「では、みなさんこちらへ」

 

 先に脱衣所へ出て、俺たちを誘導するジネット。

 そして、一同の視線が集まったところで、珍しくこんなことを言った。

 

「こちらは、ちょっとすごいですよ。期待していてくださいね」

 

 あまり自慢をすることがないジネットだが、大浴場は別らしい。

 もしかしたら、自分の家の風呂だって認識してないんじゃないか?

 あいつの頭の中には『豪雪期にみなさんで入りましょうね』ってことしかないのかもしれない。……なんか、そんな気がしてきた。

 お前の家だからな、ここ?

 

 そして、脱衣所へ出て、いよいよ大浴場へのドアが開かれる。

 

「ほゎぁああああ!?」

「なにこれ!?」

「広っれぇ~!」

「これは、たまげたさね」

 

 パウラが吠え、ネフェリーが絶句して、デリアが驚嘆、ノーマが目をきらきらさせている。

 ノーマの頭の中では、すでに湯船に浸かって熱燗を引っかけているのかもしれない。頬が緩んでいる。

 

「床に湯を零すとスベるから気を付けろよ」

 

 床はヒノキの板張りだ。

 スベって転ぶのだけは注意が必要だ。あと、掃除をこまめにしないとヌメる。

 そこら辺は、ジネットに負担のないようにしてやらないとな。

 

 大浴場にはすでに湯が張られている。

 無色透明の、綺麗なお湯だ。

 

 さすがに銭湯ほどというわけにはいかないが、どこぞの寮の風呂くらいはあるだろう。

 四人で並んで足が伸ばせるくらいは広い。

 足を曲げて入れば八人は入れるだろう。……どんだけ入るつもりで設計したんだよ?

 一人用の方でも十分な広さだと思うぞ。

 

「こちらは、お客さんがお泊まりの時にのみ使う贅沢なお風呂なんです」

 

 普段は一人用を使用する。

 当たり前だ。

 毎日こんなデカい風呂に水を張って湯を沸かしていては時間がいくらあっても足りない。掃除も大変だしな。

 

「とは言っても、一人用のお風呂も十分贅沢なんですけどね」

 

 てへっと舌を覗かせるジネット。

 一人用の浴槽ですら、エステラの家の物より大きく、イメルダの家にあるのと同じくらいなのだ。エステラとイメルダ、つまり貴族の家にあるレベルだ。

 十分贅沢と言えるだろう。

 

「店長さん! 先ほど浴槽に入らなかった分、ワタクシ、こちらに入りますわ!」

「ちょぉ~っと、イメルダさん! お湯張ってるですから! 濡れるですよ!」

 

 突進するイメルダをロレッタが止める。

 

「服さえ脱げば問題ないと思うけど?」

「服を脱ぐのが問題なんだよ。理解したまえ」

 

 エステラが難しい話をしている。

 無視しておこう。

 

「ほほぉ~! これは圧巻でござるなぁ」

「きゃー! 女子が入っている浴室をベッコが覗いてる~!」

「ちょっ!? ヤシロ氏! 誤解を生みそうな発言は控えてほしいでござる!」

 

 事実じゃん。

 浴室に女子が入っているし、お前が覗いているし。

 

「これは……入ってみたい、さね」

「あたいも!」

 

 まぁ、そうなるだろうな。

 つか、それが目的でお前ら集まってきたんだろ?

 川遊びとお泊まりのミーティングは二の次で。

 

 ちゃ~んと準備してあるよ。

 お前らのお風呂セットもな。

 入っていけばいいさ。浴室完成記念だ。

 ジネットもそのつもりで、大浴場の方に湯を張っておいたんだろうしな。


 みんなの顔が期待に輝いている。

 大きな湯船に浸かって、足を伸ばして、みんなではしゃげばきっと楽しいだろう。


 だが、これだけで終わらないのが、陽だまり亭クオリティだ。

 

「こいつを見てくれ」

 

 俺は懐から取り出した一包の粉末を見せる。

 それは、薄い黄色をした粉で、浴槽がデカいために結構な量がある。

 

「あの、ヤシロさん。それは?」

 

 これに関しては、ジネットたちにも教えていない。

 あちらこちらで風呂場だ水路だの建設が進む中、こっそりレジーナの家に出向いて研究開発したものだ。

 

「これはな、入浴剤と言って、湯船に入れて楽しむものだ」

 

 当然、そのまま排出しても一切害がない天然由来の安全な成分で作られている。ダイレクトに下水に流しても問題はない。

 

 香りも、カリン、ラベンダー、カモミールといろいろ用意したのだが……最初はハズレのないこの香りがいいだろう。

 入浴剤を湯船に入れると、お湯がさっと黄色く色付き浴室内に爽やかな香りが広がった。

 

「ゆず……ですね」

「おう。ゆずの香りの入浴剤だ」

「はぁあ~、いい香りです!」

「……一気に飲み干せそう」

 

 やめとけ、マグダ。

 味は付いてないから。

 

「というわけで、ジネット」

「はい?」

 

 やっぱり、一番風呂の権利は家主にあるだろう。

 

「お前が一番に入れ」

「い、いえ! わたしはみなさんが入った後、最後で構いませんので」

「何言ってるですか、店長さん!」

「……一番風呂は店長がマグダと入るべき」

「あたしも入れてです、その輪の中に!」

「で、でも、一番風呂でしたらヤシロさんに……」

「俺はジネットが使った後の残り湯を堪能したい!」

「ヤシロは向こうの浴槽を使うそうだよ、ジネットちゃん」

 

 エステラが割り込んできて余計なことを!?

 敵か? 敵なのか!?

 

 そうこうしている間にも、その場にいる全員に「一番はジネットが」と説得され、盛大に狼狽えながらもジネットは一つの回答を提示する。

 

「で、では、みなさんでご一緒に」

 

 そんな、なんともジネットらしい答えに、一同はほっこりと顔を緩める。

 俺も、そんなジネットの考えには大いに賛同したいところだ。

 なので、盛大に背中を押してやるか。

 

「よぉし! じゃあ、みんなで一緒に入ろうぜ!」

「女子だけだよ!」

「バカ、エステラ! ジネットの願いを叶えるためだろ。みんなで協力しようぜ☆」

「その振り上げた拳を下ろしたまえ!」

 

 なんということでしょう。

 分かり切っていたこととはいえ、却下されてしまった。

 

「男子は厨房からこちらへの立ち入りは禁止だからね」

「大丈夫です、エステラさん! 脱衣所にも廊下へのドアにも、こちら側からのみ鍵がかけられるようになってるです!」

「……ヤシロ対策はばっちり。ウーマロはデキる子」

「はぁぁああん! マグダたんにお褒めの言葉を賜ったッスぅぅう!」

 

 くそぅ、ウーマロめ。

 女のために俺を裏切りやがって……

 

「……今度からはベッコと仲良くしよっと」

「むゎああ、違うんッスヤシロさん!? オイラはヤシロさんを犯罪者にしないために、心を鬼にして!」

「拙者、なんという漁夫の利でござろうか! 今日、来てよかったでござる!」

「ベッコ、調子に乗るなッス!」

「いいから、早く出て行ってくれるかい、男子? お湯が冷めるからさ」

 

 エステラとナタリアに背を押され、俺たちは廊下へと放り出された。

 そしてドアが閉じて、しっかりと施錠される。

 ガチャリと。

 

 あ~ぁ、天岩戸が固く閉ざされちまった。

 

 しゃーない。

 

「じゃあ、大衆浴場の計画でも進めるか?」

「そうッスね」

「その話、拙者初耳でござるぞ! 詳しく聞きたいでござる!」

「なにのんきなこと言ってんだよ。お前の仕事、吐くほどあるんだぞ?」

「だったら事前に告知が欲しかったでござるぞ!? 拙者これでもそこそこ仕事が――」

「じゃあいいや。別のヤツに頼む」

「調整するでござるよ! ヤシロ氏案件は最優先でござる!」

「あぁ、よかったッス。ヤシロさんがベッコと仲良くなんか、出来るはずがなかったッスよねぇ」

「そんなことないでござる! 拙者とヤシロ氏は仲良しでござる! そうでござるよね、ヤシロ氏!?」

「え? あ、ごめん。今おっぱいのこと考えてて聞いてなかった」

「ヤシロ氏ぃ~!」

 

 騒がしくもフロアへと戻り、俺たちは大衆浴場の計画を練った。

 エステラもGOサインを出していたし、豪雪期が終わったらすぐに取りかからなければいけない。

 時間がないからな。

 

 なにせ、年明けには港の工事が始まるのだから。

 

「時間はあるようでないから、やれる時にやれるとこまでやっとくぞ」

「はいッス! 納期厳守がトルベック工務店のモットーッスから」

「拙者も速さには少々自信がある故、なんなりとお申し付けくだされ」


 なんだかんだ言いながら、新しい物好きは俺もかもしれない。

 忙しいだなんだと言いながら、今、結構わくわくしてるからな。

 さぁ、どんな風呂屋を作ってやろうか。


 まるで悪巧みをするように、俺たち三人は頭を突き合わせてあーでもないこーでもないと話し合った。

 女子たちの長風呂を長いと感じないくらいに熱中して。

 

 

 あ、ついでに言うと、ハム摩呂はず~っと俺の背中に張りついていて、現在はすぅすぅと寝息を立てている。

 ……ホント、子泣き爺だな、まるっきり。

 

 

 

 

 

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