そうして、大会二日目が始まった。
今日も観客席は満員だ。立ち見まで出てやがる。
まぁ、ここで四十一区が勝てば試合終了だからな。
しかも、四回戦はグスターブが出るという情報が出回り、大方の予想ではこの四回戦が最後の戦いになるとされているわけだ。
そりゃ、見たいヤツも多いだろうな
「さぁ! 今日も張り切って応援するさね!」
「「「ぅおおおおおおっ!」」」
前日に引き続き、ノーマは超ミニ&胸の谷間「どーん!」なチア服を着て応援に力を入れている。
「今日はあたいも、全力で応援するぜ!」
「あたしも、頑張るですっ!」
前日敗北を喫した二人も、今日はお揃いのチア服を着て応援団に回ってくれている。
デリア……ボィーン!
じゃ、なくて……デリアが元気そうでよかった。
マーシャのところで一晩話をして、吹っ切ってきたのだろう。
持つべき者は友達だよな、やっぱ。……俺にはいないけどね、友達とか。ふん。
「ヤシロさん。大変ですわ!」
一試合目の準備が進む中、イメルダが血相を変えて駆け寄ってきた。
四十区の方で何かあったようだ。
「四十区の、四試合目の選手は………………お父様ですわ!」
「はぁっ!?」
お父様って……木こりギルドのギルド長、スチュアート・ハビエルか!?
「なんでも、ここで一位にならなければ四十区の敗退が確定するため、『ここはギルド長の出番でしょう!?』と、うまく乗せられたみたいですわ!」
うん……なんか乗せられてる図がすげぇ目に浮かぶ。
「「「ハービッエル! ハービッエル! ハービッエル! ザービッエル!」」」
「しょ、しょうがねぇなぁ……じゃあ、ワシが出る!」
「「「わぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~!」」」
みたいなことだろう、どうせ。
「で、どれくらい食うんだ?」
「普通ですわね」
「……何しに出てくるんだよ?」
試合を諦めたか……というか、最終的な責任を、四十区の大物に背負わせて有耶無耶にするつもりなんだろうな。
「……四十一区は、予定通りグスターブが出るもよう」
偵察に行っていたマグダからの情報で、今回の出場者は確定した。
俺、ハビエル、そしてグスターブだ。
さてはて……勝てるかな。
――カンカンカンカン!
スタンバイの鐘が打ち鳴らされる。
じゃ、行くとするか!
「ヤシロさん!」
舞台へ向かおうとした俺に、ジネットが駆け寄ってきた。
なんだかとても不安そうな顔だ。
「あ、あの……本当に、あのメニューで……よろしいんでしょうか?」
「あぁ」
今回のメニューは俺が考え、エステラを説得してねじ込ませてもらった。
「これでなきゃ勝機は無い」と言ってな。
ついでに、エステラにはもう一仕事頼んである。
朝一でリカルドとデミリーに話を付けてもらい、ちょっとしたデモンストレーションを行う許可を取りつけてもらった。
なぁに。デモンストレーションといっても、観客の前で食材をカットするだけの、簡単なものだ。マグロの解体ショーとか、盛り上がるだろ? あんなノリだ。ショーだよ、ショー。
……きっと盛り上がるぜ…………ふふふ。
「ジネット。お前はひたすら料理を作り続けてくれ。そして……」
俺はジネットの両肩に手を置き、くるっとジネットを反転させる。
そして、その背中に告げる。
「なるべく、俺のことは見ないでくれ」
「……はい。分かりました」
神妙な声で言い、ジネットは振り返ることなく、特設キッチンへと戻っていった。
舞台に上がると、ハビエルが片手を上げて声をかけてきた。
「よぉ! よろしくな」
「出しゃばりめ」
「がはは! お互いさまだろうが!」
やけに上機嫌のハビエルだが……膝がガクガク震えている。
そういやこいつ、物凄く緊張に弱いんだっけな?
開会式前にもプルプルしてたっけ?
「ギルド構成員の前だからって、あんまカッコつけない方がいいぞ。あとで恥をかくことになる」
「は、はん! バカなことを、言うんじゃねぇよ! ぜ、全然、こんなの、全然、よ、余裕だわい!」
そのセリフがもうすでにテンパってるっつの。
そして、もう一人……舞台上には俺を睨みつける男がいた。
「よう、今朝ぶりだな。ちゃんと百回唱えてきたのか、グスターブ」
「もちろんだ!」
やっぱり、声は甲高い。ふざけてるのか。
「しかし、私は運がいい。まさか直接勝負することが出来るとは…………」
鋭い牙が並ぶピラニアの口が、ニヤリと歪な形に変わる。
「この大観衆の前で大恥をかかせてあげますよ! 私が、精霊神様の像の前でかかされた羞恥を……十倍にして返して差し上げます!」
う~む。こいつはギャグが通じないタイプなのかな……
「今ここでお尻を出したら、それくらいは恥ずかしいと思うんだが…………出そうか?」
「おやめなさい! あなたにも未来はあるでしょうに!」
いや、尻を出したくらいで壊れる未来って……いや、尻を出しても平気な未来の方が問題か?
なんにしても、こいつ、実はいいヤツなんだな。
「よし分かった! お前が勝ったら俺の尻を見せてやろう!」
「見たくありませんよ!」
「ハビエルのもつける!」
「なお要りません!」
「……見せる気はなくてもよ……そうきっぱり拒否られると、なんでか、ちょっと傷付くな、オイ」
なんの意味もないところでハビエルが無駄にダメージを喰らったようだ。
グスターブ、酷いヤツだ。
「その代わり、俺が勝ったら、エステラの尻を見せてもらう!」
「見せないよっ!?」
突然、エステラが舞台上に現れた。
その後ろにはリカルドとデミリーがいる。ちなみに、エステラは領主代行モードだ。
「デモンストレーションを行う代わりに、ボクたち領主と領主代行が近くで監視させてもらう。不正などはあり得ないだろうけど、念のためにね。了承してくれるね?」
「おう、構わねぇぞ」
俺が了承すると、領主たちの後ろからナタリアがナイフを片手に登場する。
ナタリアがカットしてくれるのか。
「不肖、このナタリアが、デモンストレーションを行わせていただきます」
ナタリアの言葉に合わせて、ナタリアの目の前にテーブルが運ばれてくる。
そこには何も載っていない皿が置かれていた。
「では……」
と、ナタリアがナイフを構え…………懐から、真っ赤なリンゴを取り出す。
以前ミリィと採りに行った、あのリンゴだ。
「はっ!」
リンゴを空中に放り投げ、二回三回とナイフを振るうナタリア。
皿の上に落下したリンゴは、綺麗に八等分にカットされ、花が開くように皿の上に転がった。
すごい技術だ。
だが、本番はこれからだ。
八等分されたリンゴを一つ手に取り、ナタリアが器用に切り込みを入れていくと……
可愛らしいウサギさんリンゴが出来上がった。
「わぁ!」
「かわいい!」
客席から、そんな声が上がる。
「ほぅ、これは。なかなか……」
「ふん。まぁ、いんじゃねぇの?」
デミリーとリカルドの反応も上々だ。
こういう技術があるという発表会としては、まぁ成功だろう。
なんともほんわかした雰囲気に包まれる中、ナタリアが四つのリンゴをウサギの形にカットして皿に並べる。
そして、その皿を……選手のテーブルへと運んだ。
――ざわっ……
会場がどよめいた。
誰もが言葉を失い、「まさか……違うよね?」なんて拭いきれない不安を隠すことなく会場へ視線を注いでいる。
リカルドとデミリーも、先ほどの柔らかい表情はどこへやら……顔の筋肉を強張らせていた。
エステラに至ってはググッと顔を逸らしこちらを見ないようにしている。
「さぁ、第四回戦を始めようか」
俺が言うと、声になっていない悲痛な叫びが会場を駆け巡った。
まだ現実を直視できていないヤツがいるようなので、はっきりと言ってやろう。
「第四回戦は、このウサギさんリンゴ(四ヶ入り)がメニューだ!」
「いやー!」
「やめてー!」
「ウサギさんがかわいそー!」
「嘘でしょ!? 嘘だと言って!」
阿鼻叫喚。
俺の言葉を聞いた観客たちが一斉に叫び声を上げた。
だが、知ったこっちゃない。
試合で使うメニューは、前の試合の最下位が決めていいことになっているのだ。
四十区だって、誰も食えないであろう辛いチキンを選んで、自区に有利になるよう小細工をしたじゃねぇか。
このメニューに、何か文句でもあるのか?
ちらりと視線を向けると、ハビエルは真っ青な顔をしており、グスターブは……
「おぉ……なんということでしょう……精霊神様…………」
祈りを捧げてやがった。
「おいおい。大袈裟だな、お前ら……これは、ただの『リンゴ』だぜ?」
俺の言葉には、誰も反論できないようだった。
「さぁ! さっさと始めようぜ!」
俺はその場にいる連中すべてを無視して自分の席へと着く。
食いたくないなら食わなきゃいい!
俺は、食うけどね!
「そ、そうです……これはリンゴです…………」
「だ、だよな……リンゴ……これはただのリンゴだ……」
ブツブツ言いながらも、グスターブとハビエルも席に着く。
「ボクは、もう失礼するよ……」
エステラが踵を返し足早に通用口へと入っていく。
あいつは、情が移ると別れが悲しくなるとか言ってたしな。見たくないのだろう。
「俺はここで見させてもらうぞ、オオバヤシロ!」
「では、私もそうしようかなぁ」
リカルドとデミリーは舞台上に残り観戦するようだ。
ったく、この領主どもは……誰もVIPルームを使いやがらねぇ。
選手の前に皿が置かれて――試合が始まる。
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