異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加69話 ハロウィンをやろう・立案 -1-

公開日時: 2021年4月3日(土) 20:01
文字数:2,118

「というわけで、ハロウィンをやるぞ」

「ハロウィン?」

 

 おへそ付近を隠すようにしてフロアの端っこに避難しているジネットとモリーは放置して、エステラと話を進める。

 

「どっかで聞いたことが……あ、『宴』の前後で言ってた、新しいイベント案の一つだね」

「お前、記憶力いいな」

「あぁいう会議は、あとで整理するために『会話記録カンバセーション・レコード』を読み返したりするからね」

「そんなことしてんのかよ?」

「当たり前じゃないか。覚書ではすべてを記録しておくことなんて出来ないんだから」

 

 一言一句違わず記録しておいてくれる会話記録カンバセーション・レコードは、そういう時には便利だな。

 ただ、余計なものまで全部記録されてるから取捨選択が面倒くさいけど。

 

「あのぉ……」

 

 腹回りを隠しながら、おずおずとジネットが俺のそばまで寄ってくる。

 

「ハロウィンって、おへそを出すようなイベントなんですか? わたしの記憶では、すごく可愛くて楽しげなイベントなのかなって思っていたんですが?」

 

 そういえば、ハロウィンの話をした時、ジネットは物凄く興味を持っていたっけな。

 

「基本は、ガキどもが魔物や悪魔、魔獣の仮装をして『お菓子くれないとイタズラするぞ』って大人を脅かしてお菓子をもらって回るようなイベントなんだが」

「うふふ。じゃあ、子供たちはとっても怖い仮装をしなければいけませんね」

 

 怖いと言いながら、きっと頭の中には物凄くかわいらしいイメージが浮かんでいるのだろう。ジネットの表情筋がいつものふわふわ笑顔の形になっている。

 

「俺の故郷じゃ、ガキだけじゃなくていい歳した大人が派手な仮装をして街中でハッスルしてたよ」

 

 むしろ、ガキどもが行うハロウィンの方がマイナーな感じだった。

 目立つのは、渋谷などの繁華街で大騒ぎしている大人の方だ。

 

「そっちは、セクシーさや技巧的な仮装が目を引くんだ」

「技巧的とは?」

 

 エステラが少し興味を惹かれたように聞いてくる。

 

「腕がもげ落ちたゾンビとか、本物と見紛う甲冑姿のデュラハンとか、もうほとんど裸じゃねぇかみたいな美少女キャラとか」

「最後のはいらないね」

 

 こっちでも流行ればいいなぁ~と思って、こっそりアニメ系コスプレを紛れ込ませてみたのだが、エステラセンサーに引っかかって弾かれてしまった。……ちっ。

 トラ柄ビキニの鬼っ娘とか、アリだと思うんだけどなぁ~。

 

「なぁジネット。『アリだっちゃ』って言ってみてくれる?」

「へ? なんでですか?」

「あ~、いいよジネットちゃん。どーせくだらないことだから、無視して」

 

 ジネットには似合うと思うんだけどなぁ~!

 あぁ、大丈夫だエステラ。お前にはお勧めの壁妖怪がいるから。心配するな。

 

「で、今絶対失礼なことを考えているヤシロに聞きたいんだけど」

 

 鋭いエステラが鋭い視線を向けてくる。鋭いんだから、もう……

 こいつのアンドロイドが出来たら、絶対目からビーム出すだろうな。

 

「仮装した子供たちがお菓子をもらうだけなのかい?」

「だけと言われればそうなんだが……」

 

 口頭ではいまいちハロウィンらしさが伝わっていないようで、エステラの表情はあまり晴れ晴れしくない。

 こいつががっちり食いつかなきゃ、街をあげてのイベントには出来ないんだよな。

 しょうがない、まじめにプレゼンするか。

 

「ジネット、紙とペンと絵の具を持ってきてくれ」

「はい。少し待っていてください」

 

 ジネットが厨房へ駆けていく。

 たぶん祖父さんの物置まで取りに行ったのだろうから結構時間がかかるだろう。ジネット、足遅いから。

 

「一時間くらいで戻ってくるだろう」

「さすがにそこまではかからないはずだよ」

 

 ジネットが戻るまで話は中断だと思ったのか、エステラがぐぐっと背中の筋を伸ばし、店内をくるりと見渡す。

 

「今日は人少ないね」

「昼時にあんドーナツとかカレードーナツが結構出たみたいでな」

「あぁ、なるほど。みんな外で食べてるんだね」

 

 ドーナツは、わざわざ店で食べる必要がない。

 陽だまり亭の雰囲気が好きだといって食べていくヤツもいたみたいだが、多くの者は家や仕事場に持っていってそこで食べるのだろう。

 街道に面したとはいえ、大通りより向こうで仕事をしているヤツらにとっては、陽だまり亭は結構遠い場所にある店だ。

 そんな長距離を足しげく通ってくるのはエステラくらいのもんだ。

 

「お前はウーマロか」

「どういうこと?」

 

 今でこそニュータウンに住み着いてご近所になったウーマロだが、かつては四十区から毎日通っていたのだ。

 俺としては、領主の館から陽だまり亭までの距離ですら往復するのはちょっと面倒だなと思ってしまう。地味に遠いのだ。

 

 その地味に面倒くさい距離をものともしないあたり。

 

「ほとんどウーマロだな」

「あれこれ思考した後の結果だけを声に出すのやめてくれるかい?」

 

「意味が分からないよ」とエステラは頬杖をつく。

 肌理の細かい白い頬が柔らかそうに押し上げられる。

 

「そこは『むにょん』とするのになぁ」

「やかましいよ」

 

 結論だけを声に出してもしっかりとなんの話か理解できてんじゃねぇか。

 

「陽だまり亭がこんなに静かなのって、なんか久しぶりな気がするね」

「店員がうるさいからな、ロレッタとか、ハムスター人族の長女とか、普通っ娘とか」

「全部ロレッタじゃないか」

 

 あいつは一人で十人分うるさいんだよ。

 

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