異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

373話 動き出す新たな計画 -4-

公開日時: 2022年7月19日(火) 20:01
文字数:4,205

「ヤシロ」

 

 エステラが俺の名を呼ぶ。

 

「……死者が出る」

「人聞き悪い選手権の優勝でも目指してんのか、お前は」

 

 死者が出ないように、俺が知恵を貸してやろうつってんだろうが。

 

「そもそも、三十一区の財政を賄えるようなお金が用意できるのかい? ボクでも無理だよ」

「三十五区でも無理だ。他の区を支えるなど、不可能な話だ」

「なにも丸ごと支える必要はないだろう」

 

 事業というものは、回り始めたら利益が増えていくものだ。

 必要なのは開店資金くらいなもんさ。

 

「それに、一ヶ所で賄おうとするから歪みが出るんだ。出資者を増やせば、一人当たりの負担はどんどん減らせるじゃねぇか」

「それはそうだけど……四十二区の港みたいに、多くの協賛者を募るつもりなのかい?」

「し、しかし、オオバさん。微笑みの領主様が懸念されているように、我が三十一区にはそれだけ多くの方に出資していただけるような魅力は何も……お恥ずかしながら、特産品も何もない街でして……」

「だから、その魅力を生み出すんだよ」

 

 ないなら作ればいいじゃないの精神だ。

 

「なぁ、レジーナ。あの土、やたらと硬かったけど、強度って変化するのか? たとえば、雨が降ると液状化するとか」

「むしろ逆やね。あの土は水分を含むとがっちがちにかとぉなるねん。植物に必要な水を撒けば土が固まって芽ぇや根ぇが出られへんようになるっちゅう仕組みや。おまけに、周りの養分は根こそぎ吸収するさかい、フロッセや魔草ですら育たへん」

 

 水を撒けば周りの土や植物から根こそぎ養分を吸い尽くすフロッセですら発芽できない死の土か。

 しかし、逆に考えれば、水を撒くだけで強度が増して、雑草も生えない地面になるってわけだ。

 コンクリやアスファルトのないこの街には貴重な資源かもしれないな。

 

 まぁ、危険度を考えたらセメントを作り出す方がよっぽど理に適ってるけどな。

 

 そんなことを考えていると、館の使用人が静かに入室してきた。

 オルフェンの背後に近付き、耳打ちをする。

 

「分かった。皆様、四十区と四十一区の領主様がお見えになったようです。お招きしてもよろしいでしょうか?」

「デミリーだけ呼んでリカルドは追い返すか」

「賛成」

「あの、ヤシロさんもエステラさんも、冗談が過ぎますよ。とても仲の良いお友達ではないですか」

 

 ジネットが俺とエステラの心を折りに来る。

 そんな風に見えてるの? えぇ、ショック……

 

 そうこうするうちに、リカルドとデミリーが俺たちのいる応接室へとやって来る。

 

「来てやったぞ、エステラ。お、陽だまり亭の店長に薬剤師、それにトルベックもいるのか」

「ふふ。レディ・カンパニュラはもうすっかり領主の仲間入りだね」

「いいえ、ミスター・デミリー。寛容な先輩方に勉強させていただいているだけです」

 

 入ってくるなり、当然の顔をして俺たちのそばへやって来るリカルドとデミリー。

 今日は珍しく、二人とも執事を引き連れている。

 いっつも身軽に一人で四十二区にやって来るのにな。さすがに、三十一区に行くのに一人でってわけにはいかなかったのだろう。

 

 領主が増えて、三十一区の四貴族が緊張したように顔を強張らせる。

 

「ついでに、アヒムも呼んできてくれ」

「否! 空気が汚れるのでやめておいた方がいいなのです」

「『否!』じゃなくて、呼んでこいっつってんだよ」

「しかし……」

「パメラ。オオバさん直々の指示だよ」

「……りょ」

「では、我々はこの辺で――」

 

 パメラが動くと同時に、四貴族が立ち上がる。

 そんなに会いたくないか。

 

「いいから座ってろ」

「殴るかもしれませんよ」

「怪我人が出た時点で俺は帰る。ジネットにそんな痛々しい場面を見せたくないからな」

「では、罵倒が聞こえた時点でボクは帰るよ。ジネットちゃんに、そんな荒んだ空気を吸わせたくないから」

 

 俺とエステラの言葉に、四貴族たちは顔を見合わせる。

 

「でしたら、なおのこと、我々は帰った方が……」

「じゃあ、お前ら抜きで三十一区の再生方法を決めちまうぞ。あとからタダ乗りなんか出来ると思うなよ?」

「……ぅぐ」

 

 嫌なことからは逃げて、美味しいところだけもらおうなんざ、虫が良過ぎる。

 

「はっきりと言ってやる。アヒムがいなければ、三十一区は破綻する」

「しかし、兄上はこれまで――」

「お前のやり方は信頼できねぇって言ってんだよ」

「な……っ!?」

「大赤字の大損失が確定している場所に、投資をするヤツなんかいるわけがないだろう」

 

 人の好さでは利益は生まれない。

 フロントマンとしては、オルフェンは適任なのだろう。

 領民の前には、みんなに好かれているオルフェンが出て行けばいい。

 

「だが、三十一区を支える貴族は、きちんと裏の事情も把握しておく必要がある。好き嫌いで態度を変えるようなヤツなら、俺はわざわざ知恵を貸さない。もったいないからな」

「辛辣に聞こえるやもしれんが、カタクチイワシの言っていることは正しい。この地図一枚とってみても、兄と弟では技能の差が歴然だ」

 

 ルシアが持ち上げた二枚の地図。

 それを見て、デミリーとリカルドが顔をしかめる。

 なんとなく、状況を察したようだ。

 

「現領主よ。そなた、イチローの畑の面積を正確に把握しておるか?」

「それは……」

「おそらく、そなたの兄は把握しておるぞ。……そういうところだ」

 

 ルシアの指摘に、オルフェンは反論できず口を引き結んだ。

 

「確かに、アヒムはイヤなヤツだったんだろう。四十二区での騒動を考えれば、それは容易に想像がつく。……だが、ヤツがそうなった理由は、ヤツだけにあったのか?」

「オオバさん、それは一体、どういう意味でしょうか?」

 

 オルフェンが真剣な顔で俺を見る。

 そこに気付くのは、本当に難しいんだ。よく聞いておけ。

 

「アヒムは、四家の貴族につらく当たっていたんだよな」

「はい。それはもう、目の敵のように」

「当然、四貴族はアヒムに協力などしない」

「はい。兄とは、完全に決別しておりました」

「ウィシャートに睨まれ、首根っこを押さえられ、領内では強力な後ろ盾となるべき貴族たちと決裂――それがアヒムを追い詰めたとは考えなかったのか?」

「しかし、先に事を荒立てたのは兄上の方で……!」

「きっかけは些細なことかもしれん」

 

 たとえば、心無い噂を耳にしたとか、こちらが必死に駆けずり回っている時にのんきに交遊している姿を見かけたとか、泣きたい気持ちの時に馬鹿笑いしていたとか。

 

「小さな苛立ちから攻防が始まり、時間と共に取り返しのつかない溝が生まれたのかもしれない。……エステラとリカルドのように」

 

 初めて会ったリカルドは、エステラを敵視して、見下し、侮蔑して、器の小さい馬鹿野郎に見えた。

 だが、リカルドの立場から見れば、多くの譲歩を受けながらも筋を通さないエステラに対し憤りを感じていたのだと後に判明した。

 

「エステラは知らなかった。いや、知ってはいたが気付けていなかった。恩恵を当たり前だと誤解し、それをゼロにして『自分はやるべきことはやっている』と思っていた」

「まったく。今思えば恥ずかしい限りだよ。リカルドが、ただの嫌がらせのために無理難題を吹っ掛けてきていると、本気で思い込んでいたんだから」

「……エステラ」

 

 エステラの言葉に、リカルドが目を丸くし、デミリーが静かに微笑んで見守っている。

 

「当時、エステラは精神的にも経済的に限界で、自分の苦労ばかりが目に付いていた。『こんなに苦しい中、これほど礼を尽くしているのに』ってな」

「けど、こっちが苦しいのと、リカルドから恩恵を受けていたのは別問題なんだ。そこを混同して、ボクばっかりが苦労している……なんて、不満に思っていたんだよ」

「いや、まぁ……あの時は俺も限界で、お前の微妙な立ち位置に気付いてやれていなかった。領主代行という身でありながら、倒れた父親の代わりを必死にやっていることは分かっていたのに……ただ、あいさつに来ない、顔を見せに来ない、そんなことに腹を立てて……俺の方こそ、大人げなかったと思っている」

「うん。確かに大人げなかったよね!」

「おい! そこは否定しろよ! 謙遜を覚えろ、貴様は!」

 

 和解以来、こういう話は初めてするようで、エステラもリカルドも照れが顔面に溢れていた。

 

「お前らも、アヒムの悪いところしか見えていないんじゃないか?」

 

 少なからず、アヒムは三十一区を存続させてきた。

 ウィシャートからの無理難題に苦しんでいる時に、「畑がダメになったから」と努力を放棄して他人に助力を乞うしかしていないのだとしたら、アヒムが四貴族を「無能」だと非難する気持ちも分からなくはない。

 やり方は最悪だけれど。そこはアヒムが悪い。反論の余地もなく、100%アヒムのひん曲がった性根が悪かった。

 

 だが、そうだとしてもだ。

 

「オルフェンの能力では、俺の出す提案を実行に移すことは不可能だ。俺としても、信用に値しないヤツに大事業を任せてはおけない」

 

 むしろ、一分の隙も無い完璧な縮図を描けるほど几帳面過ぎるアヒムの能力こそ、俺は利用したい。

 

「本当に三十一区のことを思うなら、嫌いなヤツの能力を利用してでも街の活性化に協力しろ。嫌いなヤツとは協力できない、街より自分が大事だというヤツは今すぐここから出ていけ。選択はお前らに委ねる」

 

 言い放ってしばらく間を置く。

 貴族たちは顔を見合わせ、幾度か頷きを交わした後、腹を決めたように腰を下ろした。

 

「よろしい」

 

 とりあえず、第一次審査は合格だな。

 ここで一人でも帰っていたら、マジで三十一区を見捨てるところだった。

 

「それじゃあ、話を始めるぞ」

 

 先ほどよりも真剣みを増した表情で、オルフェンと四貴族が俺の顔を覗き込む。

 

「三十一区の財政を賄うために、これから集まってくる領主たちに金を借りるんだ。そして、その見返りに――お前たちは土地を差し出せ」

「まさか、領地を売れとおっしゃるのですか!?」

「いや、貸し出すだけだ」

 

 それで、ピンと来たのか、リカルドは「なるほどな」とニッと笑った。

 

「フードコートを作るのか?」

「そんな小さいもんじゃねぇよ」

 

 大食い大会の会場を作るための費用を他区から借りた四十一区は、一時的に自区の土地を他区へ貸与した。

 四十区と四十二区は、会場の近くに店を構え、自区の宣伝と出店した店の利益を得ていた。

 

 今回は、それをもっと大規模で行う。

 

 

「三十一区に、外周区と『BU』、すべての美味いものを集めた食のテーマパークを作る!名付けて、『ナンジャコリャタウン』!」

 

 

 ……ん、さすがに著作権的にNGか、な?

 

 

 

 

 

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