「……リンの動きが鈍くなってきたわね」
フォーが腕を組んで呟く。
「スラちゃんのお陰かしらね?」
ななみが尋ねる。
「ペースを乱されたのはそうでしょうね……」
「やったわね」
「ええ、これでいくらかボールを保持しやすくなったわ。そうなると次の問題が……」
「次の問題?」
「あいつよ……」
フォーがピッチに向けて顎をしゃくる。
「ああ……」
ななみが頷く。
「おらあっ! ふん、その程度の攻撃、何度だってわたしが跳ね返してやるよ!」
船橋の攻撃の前にヒルダが立ちはだかる。
「あいつをなんとかしないとね……」
フォーが顎をさすりながら呟く。ななみが問う。
「ルトちゃんに何か役割を与えていなかったっけ?」
「ええ、まあ……」
「そんなに上手くいくかしらね……」
「やってみる価値はあるわ……ルト!」
「え⁉」
ライン際を歩いていたルトが、いきなりフォーから声をかけられたので驚く。
「え⁉じゃないわよ、そろそろ仕掛けなさい!」
「わ、分かったっす!」
ルトが頷く。
「……今度はなんだ?」
リンが首を傾げる。
「おい、デカ女!」
ルトがヒルダに向かって声をかける。
「あん?」
ヒルダがルトに視線を向ける。
「お前さんの穴だらけの守備なんて、オレが破ってやるっす!」
「なんだと?」
「ヘイ! ボール!」
左サイドの良い位置にポジションを取るルトにボールが渡る。ななみが声を上げる。
「いい所でもらった!」
「へへっ!」
「……」
「あ、あら?」
ルトに対し、ヒルダは中央からほぼ動かず、様子見の姿勢を取る。
「ふん……」
「そんな……」
「てい!」
「うおっ⁉」
リンの鋭いタックルによって、ボールがサイドラインを割る。ヒルダが笑う。
「はははっ! わたしがそんな安っぽい挑発に乗るかい!」
「む……」
「ヒルダをサイドに釣り出して、奴が苦手なスピード勝負を仕掛けようということか……狙いは悪くないが、挑発はあからさま過ぎだな……」
「くっ……」
リンの言葉にルトが顔をしかめる。
「どうした? 打つ手なしか?」
「まだっすよ……」
ルトがベンチの方に目をやる。フォーが指示を出す。リンが首を傾げる。
「?」
その直後、船橋のフォーメーションに変更が施される。ルトがトッケとポジションを代わり、サイドから中央に移ってきたのである。ルトが笑う。
「ふふん!」
「なんだあ……?」
「ヘイ! ボールカモン!」
ルトに向かってボールが送られる。
「そうはいくか!」
「どわっ!」
ヒルダがルトを吹き飛ばして、ボールを跳ね返す。
「へっ、アンタにボールは触らせないよ!」
「ちっ……まだだ!」
その後もルトへ向けてボールが何度か供給されるが、ヒルダがその都度跳ね返す。
「……どう思う?」
リンがローに話しかける。
「君から話しかけてきてくれて嬉しいよ」
「ふざけるな」
「ごめんごめん……ヒルダを徐々にサイドへ誘導しようとしているのかな?」
「! 空いた中央のスペースを使うつもりか?」
「恐らくね……ケアを頼むよ」
「分かった」
「……ヘイ! ボール!」
「いい加減しつこいね!」
「待て、ヒルダ! 深追いし過ぎだ!」
「!」
リンの言葉にヒルダはハッとなる。ルトへのボールを警戒するあまり、徐々にサイドへと釣り出されてしまっていたからである。逆サイドのゴブから精度の欠いたボールがルトへと送られる。ルトが苦笑する。
「随分とアバウトなボールっすね!」
「くっ! 触らせん!」
ヒルダがジャンプして、ボールをヘディングする。彼女の大きな体をもってしても、やや高いボールだったため、頭に触れはしたが、中途半端なクリアになる。
「ぬおっ⁉ でも狙い通りっす!」
「くっ! 中央が!」
「大丈夫だ! 空いたスペースは私が埋めた! 落ち着いて戻れ!」
「す、すまない、リン!」
(あのケットシーにそこまで精度の高いボールは蹴れん! ……何⁉)
リンが驚く。左サイドでこぼれ球を拾ったのはトッケではなく、スラだったからである。
「スラ! 放り込みなさい!」
フォーが声を上げる。リンが内心舌打ちする。
(キック精度のあるスライムがあの位置に! 誘き出されたのはヒルダではなく私か⁉)
「スラちゃん!」
ななみの声援を受けて、スラがボールを蹴る。
「⁉」
越谷のメンバーが驚く。スラが蹴ったボールはいわゆるハイボールではなく、低く速い、アーリークロスだったからである。しかも想定よりも手前の所にボールが放り込まれた。越谷のメンバーの反応が一瞬遅れたところにルトが飛び込む。
「もらったっす!」
「そうはさせん!」
ルトの斜め後ろからヒルダが懸命に足を伸ばす。ルトが笑う。
「な~んちゃって♪」
「なっ⁉」
ルトがボールをスルーした。ヒルダは足を元に戻せず、ボールはヒルダの脚を経由して、越谷のゴールネットに吸い込まれていく。オウンゴール。現在、スコアは6対7である。
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