バイクバトン

MAGI
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二頁

公開日時: 2021年8月11日(水) 06:29
文字数:710

 彼、賀川武博は朝、駐輪場のバイクを磨いていた。

 今日は海の沿道を走るつもりだった。

 本来ならいつもは彼女を乗せて沿道を走るのだが、その恋人は先週別れていた。

 仕事を惜しみなくこなし、給料をバイクの維持費と貯金に大半を回し、わずかな小遣いと生活費で切り盛りしていた。

 そこまでやっていて、武博は恋人も理解を示してくれていると思っていた。

 だが、先週に言われたこと。


「バイクに夢中で私を見てくれていない」


 そんなつもりはなかった。

 平日でも誕生日とか記念日とかは仕事を休んでかかせず祝った。

 土日は仕事が絶対休みだから絶対一緒に居てた。にも関わらずこれだ。

 武博は無性に腹が立った。

 どうしてここまで尽くしてそんなに言われなければいけないんだ。


 だが、あれから一週間となってしまった以上、武博には別れた儚い、ヒリヒリとした小さな傷が心に残ってしまっていた。

 そして久しぶりに乗るバイク。

 通勤には車を使っているためバイクは平日に乗ることは殆どない。

 磨き終えた武博は掃除道具を戻しに部屋へ行こうと立ち上がった。が、


「後ろに乗せろ」


 低い声とともに、不意に背中に棒を突きつけられた。

 異様に冷たい。

 何だろうこの感触は。

 生まれてきてこの方全くこのような感覚に触れたことはない。


「・・・今、何つきつけてんの?」


 武博は恐る恐る、上ずった声で挑戦的に問う。


「銃だ。わかったなら早く乗せろ」


 男はアッサリと、更に淡々と答えた。

 銃・・・。

 彼の日常には全く以って関わることのなかった存在だ。

 子供の頃ですら、流行っていた空気銃での打ち合いですら、テレビゲームでの銃を実体験出来るようなゲームですらもやったことがない。

 しかし武博の背中に伝わる冷たい円の筒が現実を知らしめていた。

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