魔球転生 ~おい、信長、野球やるってよ~

庄司卓
庄司卓

#01-04 歴代最強力士!

公開日時: 2020年9月1日(火) 21:15
文字数:3,141

水戸ロイヤルズの二番バッターが打席に入る。さすがのコンミンと言えども、その体格には驚きを隠せない。無論、対戦するのは今日が初めてはない。しかし何度見ても、彼らが同じ人間とは思えない。


デカい!! 実にデカい!! まさに肉の塊! 中国人が如何に数多くとも、これだけの体格をもった人間を何十人と集めるのは難しいだろう。


相撲取り! あるいは相撲人すもうびと!! そう、水戸ロイヤルズの二番バッター、志電太郎は相撲取り。現役の大相撲力士なのである!!

四股名を志電太郎。特注のヘルメットの下には、大銀杏が隠されてる。階級は小結。三役である。


「二番サード、志電。背番号43」


場内アナウンスが響く。志電は軽く会釈して無言でバッターボックスに入った。それだけでも相当のプレッシャーである。なにしろ身長190センチ、体重170キロ。プロ野球選手も大柄な人間が多いが、それでも志電には敵わない。しかしこれでも幕内平均よりは少し上程度なのだ。


恐るべし、大相撲!


コンミンが身震いするのは、志電の体格から来るプレッシャーからだけではない。コンミンはキャッチャーとして志電を苦手にしているのだ。

これまでの対戦でも強かにやられている。プロ野球と大相撲の二刀流という、言わばイレギュラーな要素が、アジアの頭脳、中華スーパーコンピュータと呼ばれた、コンミンのリードセンスを狂わせているのだ。

そして信長やコンミン同様、志電もかつてのある力士の転生だ。

日本人ならその名も知ってるのだろうが、中国人であるコンミンにはピンとこない。そして信長も当初は知らなかった。なぜならば志電の前世は彼らよりもずっと近代の人間だからである。


「ふふふ、相撲か。儂も相撲は好きだ」


信長は不敵な笑みで、マウンド上から志電に話しかける。史実の織田信長が大層な相撲好きで、何度も上覧相撲を催している。そして現代の信長吉法も同様に相撲ファンでもある。


「時に志電関、歴代最強の力士は誰だと思う?」


志電はもともと無口だ。大相撲のインタビューでも「そうっすね」「頑張ります」「ごっつぁんです」くらいしか喋らない。同様に無口で知られるF1ドライバーからの連想で『角界のキミ・ライコネン』などという異名をファンから奉られている。

当然、信長の問いにも答えない。答えるはずがない。それが挑発だと分かっているのだ。

信長やコンミンたちが、球団オーナーから与えられている特殊な力。相手を一瞥しただけで、その前世の名前が分かる能力。志電の前世もそれでお見通し。そして志電たち水戸ロイヤルズの選手も自分たちのオーナーから同様の力を与えられている。


その自覚はどの程度かは分からぬものの、本人も自分の前世が何ものだか知っている。


雷電為右衛門! 大相撲には興味が無かったコンミンも必要に迫られてその名を調べた。


歴代最強!


当たり前だが、その名を冠されるのは一人だけ。長い大相撲の歴史の中でも、歴代最強として頻繁に名前が挙がるのが雷電その人なのである。熱心な相撲ファンはもちろん、多少大相撲の歴史をかじった程度の日本人でも、歴代最強力士は誰かと問われれば、反射的に雷電の名前を挙げるといっても過言では無い。


畑違いの世界とはいえ、その歴代最強力士の生まれ変わりと対戦しているのだ。相撲好きの日本人としては思うところがあるだろう。

しかしいつまでも信長に志電と相撲談義をやらせておくわけにもいかない。コンミンの背後では主審が一つ咳払いをした。なかなか投球動作に入らない信長に苛立っていると見える。


「さぁいきましょう、信長サン」


そう言うとコンミンはサインの交換に入り、信長もそれに応じてミットを覗き込んだ。

しかしコンミンは迷っていた。今は相撲の事を考えても意味は無い。ここは土俵では無く、野球のグラウンドなのだ。志電が三役力士であっても、歴代最強力士の転生であっても関係ない。こちらは粛々として野球としてプレイすればいいのだ。

それは分かっている。その一方で、野球選手としても志電はなかなかの手練れなのだ。


プロ野球選手としてはルーキー。大相撲とプロ野球の二刀流といっても、相撲協会からプロ野球入りの許可が下りたのは昨シーズン。高校から野球をやっていたとはいえ、卒業後は大相撲入り。練習は続けていたものの六年近いブランクがある。そして野球よりも本場所優先。相撲協会が特に認めない限り、本場所がある時は大相撲に出場する。


そんな条件にも関わらず、今シーズンここまで打率.283、本塁打12本。立派な新人王候補である。

コンミンもそんな志電には痛い目に遭っていたが、優勝のかかった試合である。当然、対策は練ってきた。


この腹……。これを見れば内角を攻めたくなる。しかしそれが間違いだったのだ。


志電の巨体を見ながら、コンミンは思考を巡らせる。

体格の良い太った打者には内角を攻めろというのは一つのセオリーだ。うまく攻めれば打者は窮屈そうに身をかがめて凡打する。捕手ならば志電の巨体を前にすれば、そんな光景がすぐに目に浮かぶ。そしてその誘惑に耐えきれない。


だが、それが間違いだったのだ。


先日、お忍びで志電も出場していた名古屋場所を観戦に行ったコンミンはそう考えていた。コンミンはそこで生の大相撲を見て、そしてその迫力に圧倒されたのだ。

幕内力士平均身長185センチ! 平均体重165キロ! その巨体がぶつかり合う世界!! 対戦中の力士の間に、何かの間違いで自分が挟まったどうなるだろうと考えると、コンミンは身震いせざる得ない。


死! 即ち圧死!!


力士たちはその圧倒的な物理的エネルギーの渦中で、まずは相手のまわしを掴み引きつける。そう、自らの身体に寄せるのだ。その相手の体重も平均165キロ。平均よりも小柄な力士もいれば、より大柄な力士もいる。当然、相手も必死に抵抗する。それをむんずと掴んで引き寄せる!!


その握力、腕力を考えるとただ恐ろしい。


内角に弱いと考えるのが、そもそもの間違い。大柄な力士とは、太った野球選手とイコールでは無い。


コンミンはそう悟ったのだ。つまり志電の今シーズンの成績は、ヤマト野球連盟に所属するチームの、捕手たちの勘違いによってサポートされたようなものだ。

ではどうする? 白紙に戻してコンミンは考える。


まず外角低めにボールになるスライダーだ。コンミンのそのサインに信長も肯いた。一球様子を見る。覇王球やうつけ球、三段落ちドロップは志電にも有効だが、信長にも負担がかかる。大事な一戦だ。エースの信長には一イニング、一アウトでも長く投げて貰いたい。

トップバッター坂田マーローは機先を制する為、『魔球』三球で仕留めたが、そればかりというわけにもいくまい。しかし二番バッターの志電には、まだ『魔球』のイメージが残っているはず。それならそのイメージを利用してやろう。


それがコンミンのリードだった。信長もその意図は充分に理解していた。覇王球、うつけ球と同じようなモーションから一球目を投じた。ややスピードを殺した外角へのボール。覇王球かうつけ球を待っていたのだろう。志電は完全にタイミングを崩されていた。さらにボールは鋭くスライドする。それでも志電は出しかけたバットを当てようとするので、身体のバランスも完全に崩れていた。


打ち取った!


コンミンは完全なる勝利を確信した。しかし次の瞬間、コンミンは力士の恐るべき身体能力を目の当たりにしたのであった。志電は片足立ちのまま、片腕で支えるだけになっていたバットを、ぐいと伸ばしたのである。そしてボールに当てる。


さすがは力士!


しかし当てたところで内野ゴロがせいぜい!! 打ち取った事には変わりない!! そう思うコンミンの目の前で、志電は今にも倒れ込みそうな体勢のまま、片手でバットを振り抜いたのである。

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