リーグ優勝のかかったペナントレース最終戦の相手は水戸ロイヤルズ。昨シーズンからオーナーが代わり、体制が一新された事実上の新規参入球団だ。Uリーグに所属しており、この試合はインターリーグいわゆる交流戦。ヤマト野球連盟になってからは、交流戦は一時期に集中して開催するのでは無く、シーズンに均等に分散して行われる方式になった。雨天順延などが重なり、今シーズンは最終戦が交流戦といういささか変則的な日程になってしまったのである。リーグ優勝を争う北九州ハーキュリーズは、札幌フロンティアとの対戦中。安土ウロボロスが優勝するには、この試合に勝てば良い。二位の北九州ハーキュリーズが優勝するには、安土ウロボロスがこの試合に敗れ、尚かつ札幌フロンティアとの試合に勝たなければならない。
つまり条件的には安土ウロボロスが有利! それ以上に安土ウロボロスが有利とされているのは、対戦相手の水戸ロイヤルズがUリーグに所属しており、しかもすでにリーグ優勝を決めているからである。
即ち消化試合!
ポストシーズン、日本シリーズを控えており、それほど無理に勝ちに来ないだろうと誰もが予測していた。ファンが今日、安土ウロボロスの優勝が決まると思い込んでいるのも無理からぬところだろう。
しかし水戸ロイヤルズの方も、そう簡単に引き下がるわけにはいかない事情があった。
交流戦はシーズンで三戦しかないが、水戸ロイヤルズは今までの二戦、苦も無く安土ウロボロスに捻られているのである。しかもその二戦、いずれも信長は出場していなかった。日本シリーズでの対戦を考えると、水戸ロイヤルズとしては、どうしても安土ウロボロスへの苦手意識を払拭しておきたい。それでなくても安土ウロボロスは八連覇を成し遂げているように、日本シリーズでは強い。特にこの安土スタジアムでは、日本シリーズで八年間一敗もしていないのだ。
強い! 圧倒的に強い!!
このまま日本シリーズで対戦すれば水戸ロイヤルズは鎧袖一触、無残で惨めな負け様を晒すのは必至!!
何としても攻略の糸口を掴んでおかなければならない!! あわよくば一矢を報いて、水戸ロイヤルズ侮り難し! そう思わせることが出来ればベストであろう。
その水戸ロイヤルズの一番バッターは坂田マーロー。背番号は1、ポジションはショート。
褐色の肌を持つ日本人である。母はアフリカ系アメリカ人。日本人の父とは共に趣味とするボルダリングを通じて知り合った。その父方の祖父はケニア人。球界再編前の日本プロ野球に憧れて来日したのである。当時のアフリカでは当然、野球よりもサッカーが人気。しかし坂田マーローの祖父は小柄であった為、ボディコンタクトの多いサッカーでは芽が出ないと、たまたまテレビで見た日本野球への挑戦を決心したのだ。本場アメリカではなく、日本を目指したのも、自分と同じ小柄な日本人が野球で素晴らしいプレイを披露していたからだという。
坂田マーローの祖父は、NPB在京球団から育成契約を勝ち取り、数年後には支配下選手となり、成績は平凡ながらも数年間準レギュラーとして活躍。現役時代に日本に帰化。その後も日本で生活を続けている。
祖父から野球への情熱を受け継いだ坂田マーローは、水戸ロイヤルズのリードオフマンとして活躍していたのである。
右投げの信長に対して、スイッチヒッターの坂田マーローは左打席に入っていた。
躍動感溢れるフォームから、信長が放った第一球!
速球! ストレート!! 球場設置のスピードガンは即座に151キロを表示する! しかしプロ野球選手にとっては打てぬ速度のボールでは無い。早い事は早いが、この程度のボールが打てなければ、プロ野球の打者は名乗れぬ!
坂田マーローもストライクゾーンに入ってくる、信長の初球にバットを振った。しかしバットに当たるかと思った刹那、ボールは揺らめくように変化。急激に落ちたように見え、振ったバットは空を切った。
空振り!!
「ストライック!」
球審がそう宣言してノーボールワンストライクとなった。
信長が投じた一球目は、いわゆる『高速無回転ボール』。独特の投げ方をしているが一種のパームボールである。しかしこのような高速パームボールを投げる投手は珍しい。
まさに魔球である。スポーツマスコミは、この信長独特の変化球をこう呼んでいた。
覇王球!!
若手の頃から信長は、この無回転ボールを得意としてる。通常のオーバースローから投じられる速球、ストレートはバックスピンで生じるマグナス力が上向きに掛かる。これが強く掛かると『伸びのある直球』『ホップするストレート』になるわけだが、普通に投げてもこの上向きのマグナス力は掛かる。逆に言うと回転しないボールにはマグナス力はまったく掛からず、普通に重力と空気抵抗に従い落下する。
これがパームボールやフォークボールのような『回転しない落ちるボール』である。
奇妙な言い方だが、直球とは「上向きの力がかかり通常より落ちないボール」であり、無回転ボールは「物理法則の求める通常の軌跡を描くボール」であり、別に下向きに力がかかっている訳では無いのだ。そこへさらに微妙な空気の抵抗が予測不可能な変化をもたらす。気圧、湿度なども影響を与え、投げた本人ですら、どこへ行くのか分からない。まさに『行き先はボールに聞いてくれ』という変化球だ。
それが時速151キロで飛んでくるのである。
打てない!! プロ野球の、レギュラークラスのバッターでも、そう簡単に打てる代物ではない!!
様々な検証が行われているが、一説に寄ればピッチャーズマウンドからホームベース間18.44メートルを、プロ野球の投手が投げる球速で飛んでくる直径22.9~23.5センチのボールを、もっとも太い部分で直径6.6センチのバットで打ち返すのは、人間の反射神経、筋力ではもともと不可能だという指摘もある。
実際、ちょっとくらい運動神経の良い成人くらいでは、いきなりプロ野球の投手が本気で投げるボールを打ち返すのはまず不可能だろう!
それを可能としているのは、プロの打者の経験と勘!! どんなスポーツでもその九割は頭を使う事であると言った人も居る。プロの打者は経験と勘から、投球が来る場所を予測して、言わば見切り発車でバットを振るのである。
そこで初めて当たる! 逆に言えば投手ですら予測不可能な変化をする変化球には、経験も勘も役に立たない!! 出会い頭の一撃を期待するしか無いのだ。
まさに魔球!! まさに覇王球!! 球界の覇者足る魔球!!
マウンドで仁王立ちになり、捕手からの返球を受ける信長こそまさに魔王!! 球界の魔王だ!!
捕手のサインを一瞥して、ほとんど間を置かず信長は二球目のモーションに入る。その姿は一球目と寸分違わない。打席の坂田マーローは一球目のイメージでバットのテイクバックに入る。如何に予測不可能の魔球と言えども、速度が分かればタイミングを合わせる事は不可能では無い!! タイミングさえ合えば、微妙な位置の修正は可能だ。なぜならばらそれがプロだから。プロフェッショナルだからだ!!
ジャストミートする事は難しいかも知れないが、バットにボールを当てる事は可能だ。そしてフェアグラウンドに転がれば、坂田マーローの脚力ならば内野安打も望める。伊達にリーグ優勝したチームで一番を任されているわけではないのだ!
しかし!!
「ううっ!?」
スイングに入った坂田マーローは、低く呻いて体勢を崩した! そしてそのままプロの打者とは思えぬほど無様に膝をついてしまった。
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