魔球転生 ~おい、信長、野球やるってよ~

庄司卓
庄司卓

#03-02 「イヨイヨとか言うな!!」

公開日時: 2020年9月6日(日) 00:27
文字数:3,507

「す、すいません! ご無礼いたしました!!」


平身低頭、少女に非礼をわびた。その光景に光国は唖然としている。高齢の紳士にならばさておき、なんでいきなり練習場に入って来た子供に謝らねばならぬのだ。

顔にそう書いてあるのが分かる。


「オーナーだ、オーナー!! この子……、いやこの……。ええと、お嬢さまもオーナーだ!!」

「はぁ?」

光国は首を傾げるだけ。


「お前、昨日のスポーツニュース見てなかったのか!! お前がドラフト指名されたニュースを!!」

「いやぁ、なんかこっ恥ずかしかったんで、すぐに消しちまった」

そう言って光国は笑った。そんな光国に、関田は嘆息してから、改めて少女を紹介した。

「こちらのお嬢さんこそ、水戸ロイヤルズのオーナー、伊代台与さんだ!!」

「は……?」


その言葉に光国はきょとんとする。しばし考え込んだ後、ぽんと手を打ち台与の方へ向かって言った。


「ああ、イヨイヨ!!」

「イヨイヨとか言うな!!」

間髪を入れずに台与の方も言い返した。伊代台与で『イヨイヨ』と呼べることから、スポーツマスコミはもちろん、他の媒体でもアイドル扱いしてそう呼ぶ事が多い。しかし本人がそう呼ばれる事を嫌っているのもまた周知の事実だ。




伊代台与は十歳の時、先代だった祖父の遺言で大企業ISHIROホールディングスの最高経営責任者に就任した。両親はすでに死別しており、祖父が同族経営に拘った結果だ。当初は誰もがお飾りのCEOだと思っていた。しかし彼女は細かい部分には部下に任せるものの、重要な決定には必ず自分の意思を通し、そしてそれがことごとくはまっていったのだ。

財界では神がかり的な手腕を発揮する、この少女をアイドル扱いして、いつしか『イヨイヨ』なるニックネームまで奉られるようになったのである。


その一方プライベートは余り明らかになっておらず、業務以外の取材にも応じる事は少ない。もっともそれも小学生、中学生という事を考えば当たり前なのであるが。

その台与が率いる伊代ホールディングスが、プロ野球に参入すると言うニュースが駆け巡ったのが三年前。時間的には台与がCEOになってから間もない頃だ。


ヤマト野球連盟になってから、プロ野球人気は隆盛を極めているとはいえ、これは意外な事だった。プロ野球界は20年ほど前に再編されたが、それでも経営に携わっている企業は、旧NPB時代から継続、あるいは空白期間はあるものの、再度参入したところがほとんど。ノウハウなしに一から立ち上げるとなると、かなりの苦戦が強いられる。現実でも東北楽天ゴールデンイーグルスは創立初年度勝率.281と、思わず『打率かよ!』と突っ込みをいれたくなる惨憺たる成績。九年目にしてようやくリーグ優勝、日本一を勝ち取ったくらいだ。


しかし当時十歳だった伊代台与は『三年以内の日本一』『安土ウロボロスの連覇阻止』を目標に掲げたのであった。

当然、世間は笑った。野球のやの字も知らぬ子供の戯言と笑ったのも無理はない。事実、創設直後の分配ドラフトでは、今ひとつ戦略の見えぬ指名で失笑を買った。


だがそんな笑いもシーズンに入るや鳴りを潜めた。伊代台与がオーナーを務める水戸ロイヤルズは快進撃を続け、19チームで構成されるUリーグでシーズン最終成績五位という結果に終わったのだ。ポストシーズン進出は逃したものの、これは立派すぎる成績であった。

そんな伊代台与が率いる水戸ロイヤルズが二年目のドラフトで一巡目、二巡目指名したのが光国、関田の元中納言高校バッテリー。スポーツマスコミも、単なる素人の気の迷いか、それとも深謀遠慮あっての事なのか。ドラフト会議翌日という事もあり、いまだ諮りかねているのが実情である。




「ええと、伊代オーナー……」

遠慮がちに話しかける関田に台与は答えた。

「台与で構わん。そっちの方が馴れている」

「イヨイヨは駄目なのに……」


光国が言い終える前に台与は反撃した。


「だから! イヨイヨは止めろって言ってるだろう!!」

「いいじゃん、可愛くて。アイドルぽくて」

「だからアイドルではない! 経営者だ! 球団オーナーだ!!」

台与はそう叱責してから、意味ありげにつぶやいた。

「まったく……。相当の歌舞伎者とは聞いていたが、こういうタイプだとはな」

ツインテールにまとめた髪を掻く様は、どことなく大人っぽく、到底13歳とは思えない。

それにしても……、光国が歌舞伎者? そんな言い回しで光国を評価した人間を、関田は知らない。今の仕草といい、関田は台与に何か底知れぬものを感じていた。


「いや、俺は歌舞伎役者じゃねえぞ。野球選手だ」

もっとも光国は、そんな雰囲気など微塵も感じ取れぬようだ。

「歌舞伎者だ! 昔、お前のような浮ついたものを指して言った言葉だ。それはまぁいいとして……。今日の目的だが、まず君ら二人に指名挨拶に来た」


「指名挨拶?」

その言葉に関田は怪訝な顔をした。

「いや、指名挨拶なら明日スカウト部長がいらっしゃると伺ってますが」

「それはマスコミ向けの、いわばパフォーマンスだ。連中には少々、知られたくない事が有ってな。秘書の師升もろますと伺った次第だ」

傍らに立つ紳士が、その師升という秘書らしい。ぺこりと頭を下げた。


やはり俺たちを指名したのには何かわけがあったのか!


思わず身震いした関田だが、その理由となるととんと見当が付かない。二人がドラフトで指名された直後から、ネットでも色々と口さがない噂が立てられているが、結局の所、よく分からないという結論で落ち着いてしまうのだ。

敢えて言うなら『将来的には地元茨城の選手を中心したチーム編成にしたい』『今年、光国と関田が指名されたのは、他にめぼしい地元候補がいなかったから』くらいが、何とかプロ野球ファン全員が納得できる説明だった。


「もしかすると、君たちはまだプロでやっていける自信が無いかも知れないが、安心したまえ。こちらも伊達や酔狂で君たちを指名したわけではない。君たち二人の将来性については、来年我がチームのヘッドコーチに就任する天海明智氏のお墨付きだ」


落ち着いた様子で台与はそう説明した。その口調だけからも、ただの中学生ではない事が分かる。彼女の方こそ、伊達や酔狂で大企業のリーダーを務めてるわけでもなさそうだ。それよりも関田は台与の口から出てきた人名に興味を引かれた。


「天海明智さん!? 水戸ロイヤルズの監督に就任するって噂は本当なんですか?」

しかし光国は首を傾げるだけだ。

「誰だ、それ?」

「知らないのか? お前、それでもプロ野球選手志望か!? 天海明智さんは、元名古屋ワイバーンズの選手だ。ほら、信長選手と揉めてワイバーンズを引退させられた名捕手だぞ」




かれこれ十年以上前になる。安土ウロボロスの前々身に当たる名古屋ワイバーンズは、当時、成績が揮わずファンからは暗黒時代呼ばわりされていた。その中で孤軍奮闘していたのが、投打の二刀流でチームを支える信長吉法。そしてベテラン正捕手の天海であった。


自分が打ち、投げても一向に成績が上がらぬ事に苛立ちを隠せなくなった信長はチームと対立。天海は最初、両者の仲介をしていたのだが、それが信長にとっては、自分とチームメイトへの裏切り行為と映ったらしい。成績不振とチーム運営の不始末を、全て天海に押しつけて、球団側に解雇を要求したのである。球団側としても信長は投打の主力で人気選手。一方、天海はこの時点ですでにベテラン。選手としての寿命もあと数年。

球団としても信長の要求を呑まざる得なかった。信長、明智という名前からの連想で、マスコミはこの騒動を『本能寺の変』『信長、四百年越しのリベンジ』とはやし立てたので、当時、野球に関心の無かった幼少期の関田も覚えていたのである。


この決定は当のファンからも非難され、結局これを機に経営が刷新され、親会社も変わる事になったわけだが、その結果が皮肉な事に常勝軍団安土ウロボロスの誕生である。


天海は選手としては晩年であったが優れた捕手。コーチ、あるいは監督候補として招こうと動いた球団もあったが、信長はその度に妨害に走った。天海は任意引退選手。球団の許可が無いと引退後も他球団の契約は出来ない。信長はワイバーンズ、そして親会社が変わった後のウロボロス経営陣にも影響力を行使して、天海の他球団への移籍を妨害してきたのだ。


もっともさすがに十数年も過ぎれば、信長の怒りも収まったのか、数年前に任意引退が自由契約扱いになり、天海元捕手も地方で少年野球チームの指導者を始めたというニュースが流れた。そろそろプロ野球にも復帰かという噂もあり、その有力候補が打倒ウロボロスを旗印に掲げる水戸ロイヤルズだったというわけである。


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