魔球転生 ~おい、信長、野球やるってよ~

庄司卓
庄司卓

#03-03 「邪馬台国である」

公開日時: 2020年9月7日(月) 00:46
文字数:3,113

「ああ、そういえば……。そんな人もいたかな?」

光国はピンとこないらしいが、関田は天海の名前に感激したようだ。直立不動の姿勢で、台与に向かって言った。


「天海さんは捕手としても、指導者としても尊敬しております。キャッチャーに関する著書を何冊か読ませていただきましたが、いずれも教えられる事ばかりでした。そんな人から評価されるとは、身に余る光栄で……」

「そう、鯱張らんで良い。関田くん。それに君は一つ間違えているぞ」

「間違い?」

怪訝な顔の関田に台与は言った。

「天海さんが就任するのは、ヘッドコーチだ。監督ではない」

「じゃあ監督は、足利さんが続投するんですか?」


水戸ロイヤルズ現監督の足利は高齢の為、一年契約という条件で引き受けたという。ペナントレース終了時にすでに引退を表明していたはずだ。


「いや、足利さんではない。監督は……、私がやる」

意味ありげにニヤリと笑い、そういう台与に、関田はもちろん光国も唖然とした。

「ええ!? 台与さんが、監督をですか? いや、その……。シニアディレクターやゼネラルマネージャーじゃなくて、ベンチで指揮を執る監督になるんですか!?」

「おいおい、中学生が監督なんて出来るのかよ」

「ヤマト野球連盟の規約では不可能ではない。別に年齢制限、性別制限、経歴経験などの制限があるわけではない。監督会議への出席や取材の対応などは求められるがな」

まず光国の疑問に答えてから、台与は関田に向き直って続けた。

「GMは別に置く。天海さんにはヘッドコーチとして、私を支えて貰うという事で、すでに了承を貰っている」

「はぁ……」

納得はしていないが、天海がサポートするというので、関田は少し安心したようだ。一応、首肯して見せた。そしてまた台与は意味ありげに付け加えた。

「それに私でないと、君たちは束ねられんからな」

その言葉に光国と関田は顔を見合わせる。


「百聞は一見にしかず。まずは『見て』もらおう」

そう言うなり、台与はまず光国、続いて関田の額へ、自分の人差し指を突きつけた。

「おいおい、他人を理由無く指さすなって、親御さんから注意された事無いの……。うぅ!?」

台与の態度に文句を言おうとした光国だが、生憎とその試みは達成できなかった。次の瞬間、異変が光国と関田を襲ったからだ。

「な、なんだ。これは!?」

冷静な関田も思わず我を忘れ声を挙げた。無理もない。つい今しがたまで彼らは、西山ビーンズの投球練習場にいたはずなのだ。それが今……。


空中にいる!


眼下には一面に緑の山々が連なっているではないか。その山々を空から見下ろしているのだ。


「あ、分かった。これはあれだ、VRって奴だろう? それともAVだっけ?」

腰を抜かしながらも光国はそう言った。

「それを言うならARだ! オーグメンテッドリアリティ!!」

おろおろしながらも関田は突っ込みをいれるのを忘れない。そしてかがみ込んで、投球練習場の地面だった辺りに手を伸ばす。土の感触はある。しかし指の間に挟んだはずの土はまったく見えない。


どういう事だ。これは? 光国の言う通り、VRかARの一種で、何かの投影画像を見せられているとしても、指の間から零れ落ちる土の粒、一つ一つに画像を映し出す事は不可能だろう。第一、今の関田にはその土の粒さえ、影すら見えないのだ。

そもそもこれは実際に見えている光景なのか? 催眠術のようなもので見えていると錯覚させられているだけではないのか?


「おおおお、落ちる!! 落ちる!」


光国は尻餅をついてそう叫んでいた。台与と師升は馴れているのか、二人の側にすっくと立っている。どうやら位置関係は変わっていないようだ。するとこれはやはり幻覚のようなものなのか? その時、関田はあるものに気付いて光国に声を掛けた。


「おい、光国! お前の右手の下に何が見える?」

「右手の下……? うわあああ!!」

「大丈夫だ。落ちる心配は無い」

台与がツインテールを掻き上げながらそう言う。しかし落ちる心配は無いと言っても、実際に身体は目に見える地面についていない。眼下に見える緑の山は、ざっと二百メートルほどは下だろう。少なくともそう体感出来る。出来てしまうのだ。

「ええと、アレか? 川だ。細い川が流れて途中でくの字に曲がっている」

どうやら俺と光国に見えてるものは同じようだ。関田は一つ肯き重ねて尋ねた。

「じゃあお前が小学生の頃に買っていた犬の犬種と名前は?」

「はぁ? それ今、必要な情報なのかよ!」

「ああ、必要だ!」

関田の問いの意味が分かったのか、台与はそのやり取りを、悠然と微笑みながら見つめていた。

「ええい、分かったよ! 犬の名前はプーホルス! 犬種はコギーのミックス!!」

「最後にもう一つ! お前の昨日の夕食は何だ?」

「餃子にナメコの味噌汁!」

やけくそになって光国は答えたが、台与はさもおかしそうに笑いながら拍手をしてみせた。


「ははは、なかなかじゃあないか。関くん。突然、こんな非日常な状況におかれても、目の前の光景が現実のものかどうか確かめようとする心意気。ますます気に入ったぞ」

「どういたしまして。それと僕の名前は関田です。関ではありません。たまに間違えられますが……」

関田のその抗議には耳を貸さず、台与は不思議そうな顔の光国に解説してみせる。

「要するに関くんは自分と光国くんに見えてるものが同じかどうか確かめようとした。同じと分かったので、次に光国くんが本人かどうか。幻覚でないかどうかを確認するため、本人と関くんしか知らない情報を求めた」

「じゃあ昨日の晩飯は?」

光国が尋ねた。

「君自身しか知りようのない情報だ。恐らく関くんは、この後、君の家に電話を掛けて、昨日の夕餉について聞くつもりだろう。それが合っていれば、光国くんは幻覚ではなく、君が見たものも確かに見えてる事になる」

「……ご明察」


そう答えたものの、関田はいささか不機嫌な顔だ。何度も台与から『関』と呼ばれているのが気に入らないらしい。それはそうだ。訂正したにも関わらず、台与は故意に『関』と呼んでいる。自分の名前を故意に違えて呼ばれ続ければ面白かろうわけもない。

しかし台与はそんな関田に意味ありげな含み笑いで応えるだけだった。

「それではいま君たちに見えてる光景が何かを説明しよう」

名前の事は放って台与は説明を始めた。


「単刀直入に言おう。いま君たちの眼下に見える光景は、1800年ほど前の日本だ。いや、当時はまだ日本という国名は名乗っていなかったがな」

「1800年!?」

その言葉に光国と関田は顔を見合わせた。

「1800年というと、ええと江戸時代の終わり頃か?」

「馬鹿か、光国! それは1800年でも西暦1800年代だろう。その頃にはとうに日本という国号はあった。台与さんが言ってるのは1800年前の話だ。その頃は……」


ようやくそこで関田はその事に気付いたようだ。

「邪馬台国……?」

それに応えて台与は地平線の一角を指さす。

「ほれ、あそこだ。邪馬台国である」


「うわああああ!!」

再び光国が悲鳴を上げる。周囲の光景が飛行機に乗っているかのように高速で動き出したからだ。

「いちいちうるさいぞ。光国くん。君も光国ならもうちょっとしゃんとしたまえ!」

「いや、だって。こんな速度で動いたらケツが冷えそうで……。和はよく平気だな」

「別に平気じゃねえよ。余りの事に対処できないだけだ」

そう答えた関田もしゃがみ込んだままだった。やがて光国、関田、そして台与と師升の四人は大規模な集落の真上に着いた。


「これが邪馬台国」

「今の感覚からするとちとみすぼらしいが、これでも当時はこの国で最大の都市であったんだ」

関田にそう説明する台与の口調は、どこか誇らしげで、そして何か悲しげであった。

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