今、このグラウンドには相撲経験者がもう一人いる!! ちびっこ相撲や遊び半分の相撲大会経験者では無い、きちんとした相撲経験者がもう一人!!
それは安土ウロボロスで現在サードを守っているモンゴル人選手テングリ・ハーンだ。
「しまった、私としたことが!!」
コンミンは思わず歯がみする。相撲好きの信長の事だ。志電とテングリの『取組』を見たいが為、わざと打たせるくらいの事はやりかねない。
テングリはもともとモンゴルからの留学生。志電と同様、高校時代に相撲をやっており、互いにしのぎを削ったライバル同士。しかし一つ年上の志電は、テングリに相撲で勝ったことは一度もないのだ。その上テングリは志電が卒業後、あっさりと相撲を辞め、こちらの方が儲かると野球に転向。志電とは違い、甲子園出場は敵わなかったものの、そのパワー溢れる打棒は注目を集め、野球経験実質一年にも関わらず、ドラフトで安土ウロボロスから指名されたのである。テングリも大相撲入りすると思い込んでいた志電にとって、これはいささか衝撃的な出来事であった。高校時代には勝つことが出来なかったが、大相撲でリベンジと密かにいきまいていたであろう。志電が大相撲とプロ野球の二刀流に拘ったのも、そんな事情もある。
相撲ファンならばこそ、文字通りのまったく違う土俵であるが、このライバル二人の激突を見てみたい!! 優勝がかかった試合であるが、信長ならやりかねない。
いや、やる!! 間違いなく!! なぜならそれが信長だからだ!!
ええい、この程度の事を見抜けずに諸葛亮の転生とは聞いて呆れる!!
コンミンは心中で自分を叱責していた。
そうしている間にもセンターのヤン・スロースは、ライト時貞の後方まで回り込み捕球。早速、送球に入る。ヤン・スロースの強肩から放たれた送球に、中継に入っていた二塁手土方は思わず身を伏せる。この送球なら三塁まで直接届く。自分が中継に入るより、そちらの方が早いと踏んだのだ。
志電はすでに二塁を回り三塁と向かっている。その巨体も相まって、それは恐るべき迫力!! 二塁ベースカバーに入っていた沖田など、思わず身をすくめて避けてしまったほどだ。
それはまさに疾走する重戦車!! 戦車というと鈍重な印象があるが、現用の10式戦車や米国のM1エイブラムズなどは時速70キロほども出るという。大型、重厚イコール鈍重では無いのだ。志電にもそれが言えた。その巨体に似合わず足は速い。そうでもなければ二番、あるいは一番という打順を打つはずも無い。
その志電の目に捕球動作に入ったテングリが映る。相撲を辞めてから身体は随分と絞った。野球選手にしては大柄だが、相撲取り、力士の体型では無い。
「うぉおおおお!!」
志電は送球が到着するを察して三塁へとヘッドスライディングする。その巨体にアンツーカーが巻き上がった。
ちなみにヤマト野球連盟では、本塁以外にコリジョンルールを採用していない。つまり一塁、二塁、三塁での野手が走者の進塁をブロックする事は反則では無いのだ。当然、テングリも三塁をがっちりと固めて送球を待つ。
センター、ヤン・スロースからの送球は、三塁テングリのグローブにすっぽり収まりタッチに行く。合計250キロを越える二人の巨体が三塁塁上で激突した。
次の瞬間、テングリはもんどり打ってひっくり返る。それを見た三塁塁審は両手を広げかけた。しかしテングリが挙げたグローブを見て、それを止めて右手を高く挙げて宣言する。
「アウト!! アウトっ!!」
テングリのグローブはボールが収まっていた。志電と激突しても、テングリはボールを離すこと無くしっかりと握りしめタッチしていたのだ。
志電は無言で立ち上がり、そのまま三塁側ベンチへ退こうとした。その背にテングリは声を掛ける。
「最強力士でも大王には勝てませんぜ。先輩。それにこれ、野球だし」
審判にボールを渡しながらテングリはそう言った。志電はそんなテングリへ肩ごしに一瞥をくれたものの、そのまま何も言わずにベンチへと下がった。
「信長サン、困りますヨ」
コンミンはプレイの合間に信長へと歩み寄る。
「ははは、いいではないか。丁度良い余興だ。客も志電とテングリの取組が見られて満足。野球と相撲、同時に見られて今日の客は大層果報者だ」
やはり信長は故意に志電を打たせたらしい。ホームランにはならぬよう外角低めぎりぎりにはコントロールしていたが、長打になるよう少し力を抜いたのだろう。
「ファンに我が安土ウロボロスがリーグ優勝を決めるところも見せてやらねばなりません」
「分かった、分かった。いずれにせよ2アウトだ。さっさと終わらせるとしよう」
信長がそう言った時、ちょうど場内アナウンスが三番バッターを告げたところだった。すると先程、沖田が『ファインプレー』をした時に負けない程に女性客の歓声が上がった。
「二枚目をまたせると女性ファンから睨まれるぞ」
苦笑混じり皮肉混じりにそう言う信長に、コンミンはマスクを被り直しながらキャッチャーボックスへと戻る。その頃には水戸ロイヤルズの三番バッターは左打席に入ろうとしていた。外国人選手、アメリカ人の元メジャーリーガー。しかしこの静かな雰囲気は何だろうか。
「三番指名打者ランスロット。背番号13」
場内アナウンスがそう紹介した。
彼と対戦する度に、コンミンはその静かな佇まいに敬意を覚えざるを得なかった。
フルネームはナイト・ランスロット。
ヘルメットの下から覗く長髪と整った顔立ちで数多くの女性ファンを魅了している。本人の風情とは対照的に、ビジター側はもちろんホームチームの一塁側観客席から女性ファンの声援が上がっていた。沖田のプレーにしてもそうだが、彼女たちは野球を見に来ているでは無く、男性アイドルのライブと同じような感覚で球場へ足を運んでいるのだろう。
この静かな雰囲気からは、彼がメジャーリーグでしでかした顛末など到底連想できない。コンミンも最初は何かの言いがかりだろうと思っていたのだが、彼の前世を知るとさもありなんと考え始める。
名前からも分かるように、彼の前世とは円卓の騎士の一人、湖の騎士ランスロットだったのだ。
スイッチヒッターのランスロットは、右投手の信長に対して左打席に入ろうとしていたが、何かしっくりといかないようで、何度か首を傾げ一塁方向をちらちらと見やる。主審が手を挙げてプレーを再開しようとした時、ランスロットは手を挙げてそれを制し、右打席に移った。
観客席がどよめいた。それもそのはず。右投手に対しては左打者が圧倒的に有利。かつてスイッチヒッターだった柴田勲が二シーズンほど右打者に専念したことがあったが、これはもともと柴田が右利きで右打席の方が長打力があった事と、当時所属していた讀賣ジャイアンツが王、長嶋の後を打つ、長打力のある五番バッターを欲していたというチーム事情から来るものである。普通、右投手に対してスイッチヒッターは左打席に入る。それが定石なのである。それなのになぜランスロットが右打席に入ったのか。直前に一塁方向を一瞥したのを考え合わせると、彼がメジャーリーグ時代に起こした事件を知っている人間は、誰もがそれが原因ではないかと考えた。
信長も同様である。彼も一塁手へ目をやり、声を掛けた。
「嫌われたものじゃのう、アーサー。お前の顔が見たくないようだ」
揶揄するようにそう言われた、髭を蓄えた屈強な一塁手アーサー・キングは、そっぽを向いたままで憮然として答えた。
「知ったことか」
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