魔球転生 ~おい、信長、野球やるってよ~

庄司卓
庄司卓

#03 回想:一年前

#03-01 「子供ではない、オーナーだ!」

公開日時: 2020年9月5日(土) 00:01
文字数:3,031

さて、賢明な読者諸氏ならばとうに疑問に思われているかも知れない。


織田信長や徳川光圀が現代世界に転生したのは、まぁいいとしよう。


よくある事だ! 美少女になっていない分、一部の好事家の皆さんには不評かも知れないが、織田信長など転生してなんぼである。


しかし! なぜ野球!? なぜに野球で戦わなければならないのだ!? そこは、ほれ。なんとか能力!! みたいな、超自然的なパワー的なものでバトルするんじゃない的な……!? などと疑問を抱かれるであろう。


無論!!


理由はある!! あるのだ! 意外な事に!!

それにはまず一年ほど時間を遡らなければならない!!


そう、回想である!




その日、光国彰考と関田和は西山ビーンズの投球練習場にいた。西山ビーンズとは地元茨城の独立リーグチーム。高校生でプロ志望届けを出したものの、ドラフト指名されなかった二人は、西山ビーンズに入団。再びプロ野球チームからドラフト指名されるのを待っていた。


そして昨日、それは思いがけない形で叶ったのだ。地元の水戸ロイヤルズから光国は一巡目、関田は二巡目で指名されたのである。光国は一年生エースだったものの、甲子園は一回戦で敗退。その後、二年間はろくに試合にも出ていない。関田に至っては公式戦の出場記録はほぼ無しである。

今シーズンからの新規参入チームそして地元チームとは言え、まるで実績のないバッテリーの一巡目、二巡目指名は異例中の異例と言えた。当然、二人の元には取材が殺到。しかし西山ビーンズのチームオーナーが気を利かせて、密かに投球練習場を併設した選手寮に二人を匿ったのだ。西山ビーンズの親会社は納豆などを製造するウェストマウンテン食品。選手寮はそのウェストマウンテン食品の敷地内になり、取材陣もおいそれと侵入できない。その甲斐あって、二人もドラフト会議翌日にも関わらず、心置きなく練習できていたのである。


決めていた休憩時間も終わり、練習場の時計に目をやり関田はつぶやいた。

「そろそろ日本シリーズの始まる時間か」

「関係ねえよ。どうせまたウロボロスが勝つんだろう?」

光国はそう言った。


この年の日本シリーズの組み合わせは安土ウロボロス対新宿ギャラクシー。

安土ウロボロスが参入する前は、ヤマト野球連盟の覇者と言われ3年連続日本一に輝いていた新宿ギャラクシーだが、今や昔日の面影はない。交流戦でも安土ウロボロスに三戦全敗。英国のブックメーカーでは新宿ギャラクシー優勝のオッズは700倍になってると噂されているが、それはあくまで野球に詳しくない国の話。日本の野球ファンの間では、仮にオッズをつければ1000倍、いや一万倍以上になると言われている。


圧倒的!


それくらいに安土ウロボロスの強さは異次元レベルなのである。そこまで強ければ、逆に人気が落ちそうなものであるが、エースで主力打者である信長など選手人気も相まって、全国的いや全世界的な人気チームなのである。

その人気足るや、サッカーのレアルマドリッドやFCバルセロナ、F1フェラーリチームを足しても敵わないとさえ、言われているのだ!


「関係ないわけないだろう」

そんな事を言いながら関田は座り直した。

「来年はお前もウロボロスと試合するかも知れないんだぜ」

「一軍に上がれればな」

そう言いながら光国は、肩慣らしに軽く一球放りながら付け加えた。

「それと俺だけじゃない。お前もだろう? 関田」

「俺は……。まあ、そうだな」

球を返しながら、関田は曖昧に言葉を濁した。


実の所、関田はプロ入りを迷っていた。光国に付き合う形でプロ志望届けは出したが、正直プロ野球でやっていける自信が無かった。

光国は独立リーグ一年目からローテーション入りして、打線も守備もしっかりしているとは言い難い西山ビーンズで五勝しており、またプロ二軍との交流戦でもいいピッチングをしている。ドラフト一巡目は過大評価と考える人も居るが、地元チームからの指名という事も考え合わせれば、あり得ない話ではない。


しかし自分ときたらどうだ。関田は考える。西山ビーンズでもレギュラーの座は掴んでいない。投球の回転に拘る光国のボールは、他のキャッチャーには受けにくい。そしてリードもしにくいため、事実上、光国専属のキャッチャーとなっているが、他の投手が登板する時はほぼ出番がない。キャッチャーという専門性の高いポジション故に、チームにおいて貰えているのではないかと、関田は常々考えていた。


リードやキャッチングについては多少の自信はついてきたものの特に打つ方は散々だ。独立リーグでも打率は二割そこそこ。プロ野球から戦力外通告を受けた投手にさえ、きりきり舞いさせられていた始末である。

独立リーグにも自分より優れた捕手はたくさん居た。それなのに何故自分がドラフト二巡目指名なのか。関田は悩んでいたのだ。


「おい、和!」

そんな関田に光国はマウンド上から声を掛けた。

「まだプロ入りもしてないうちからぼんやりしてんじゃねえぞ。来年の日本シリーズでは、安土ウロボロスを俺たちの力でねじ伏せてやろうぜ!!」

先程とは打って変わったその言葉に関田は苦笑する。光国の、この底なしの楽天主義には、関田は常々救われている。もしも光国とバッテリーを組んでいなければ、関田はとうに野球を辞めていただろう。そんな意味では光国ともう少し野球をやってもいいかなと関田は思っていた。

「日本シリーズとはいかないまでも交流戦で対戦があるだろう?」

揚げ足を取る関田に光国も苦笑を返した。

「まったくロマンがわからない野郎だぜ」

そして次の投球モーションに入ろうとした時だ。


「おい、ちょっと待て」

それに気付いて関田は光国を止めた。

「誰か、来るぞ」

関田の視線を光国も追う。その先は投球練習場の出入り口。関田の言う通り、そこから誰かが入ってこようとしていたのだ。

こざっぱりした身なりの、長身で高齢の紳士だ。関田はどこか見覚えがあるような気がしたが、すぐに思い出せない。

「おいおい、取材は入れないってオーナーが言っていたじゃんか」

光国は唇を尖らせた。しかしどうみてもその紳士はスポーツマスコミ関係者には見えない。関田はいぶかりながらも立ち上がり、出入り口の方へ急いだ。


「あのすいません。取材は広報を通してくださいませんか? そうでなければ、部外者は今の時間、立ち入り禁止です」

紳士は足を止め、関田と後から追いかけて来る光国を興味深そうに見つめた。

「いえ、取材ではありません。また部外者でもありません」

そう言った。

「じゃあ……」

言いかけた関田の前に紳士の後から小柄な人影が飛び出してきた。

中学生? 着ているのは白地に紺の制服。県下の有名女子校の制服のはずだ。妹がこの制服を可愛いと言っていたが、自分の成績では到底通えないと言っていたのを関田は思い出した。

それにしても小柄な女の子だ。髪の毛は長めのツインテールにまとめている。その女の子が、やたら横柄な口調でそう言いながら飛び出してきた。


「そう、取材ではないぞ。挨拶だ、挨拶!!」


……あれ、この子? 関田が答えにたどり着く前に、後から光国が口を挟んだ。


「なんだよ、このガキ。帰った、帰った!! ここは子供が入ってきていい場所じゃねえぞ!!」

「子供ではない、オーナーだ!」

「うちのオーナーは西山さんだ。禿でデブのおっさん!!」

そう言いかけてから、フォローのつもりか、光国は付け足した。

「まぁ、いい人だけどな!」

余りフォローになっていない。しかし今のやり取りで関田は確信していた。

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