極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第十六話「悪の組織へようこそ!」

公開日時: 2020年9月2日(水) 06:03
文字数:4,481

 アークドミニオン秘密基地をひとことで表すならば、巨大な迷路である。

 人員の増加に伴い地下に増改築を繰り返した結果、今やアリの巣のように複雑な構造で縦横無尽に入り組んでいる。

 組織に入って間もない者が遭難することも、珍しいことではない。


 期待の新怪人デスグリーンこと栗山林太郎もその例には漏れなかった。


「くそっ、どこなんだよここは!」


 脱出計画を進めるため基地内の探索に出てみたはいいものの、行けども行けども出口は見当たらない。

 いつもはサメっちと行動を共にしているため、そうそう迷うようなことはない。

 しかし実際アークドミニオン秘密基地の構造は、新宿駅と梅田駅と横浜駅を全部足して3乗したぐらい複雑にして広大なのである。


「こりゃ本格的にマズいことになったぞ……」


 林太郎はかれこれ12時間近くも、見知らぬ場所をさまよい続けていた。


 大量のキノコが自生しているジャングル。

 眼下にひろがる灼熱のマグマ。

 底が見えないほど深い奈落。

 1メートル先も見えない猛吹雪。


 地下とは思えないほど、とにかく危険な道のりであった。

 今は無限に続く似たような廊下をひたすら歩いているが、これまでのことを考えれば比較的安全であるといえる。

 しかし人っ子ひとり見当たらず、林太郎は次第に心細くなっていった。


「いつまで続くんだこの廊下……」

「そこにおるのは林太郎か」


 不意に、廊下の先の暗闇から声をかけられた。


「……あなたは!」

「我輩である! フハハハハ、ようやっと見つけたぞ林太郎よ」


 アークドミニオン総帥・ドラギウス三世が、闇をまとってそこに立っていた。

 林太郎は脱出計画のことも忘れて、安堵のため息をついた。


「もうダメかと思いましたよ。俺をわざわざ探しに来たんですか?」

「うむ。ソードミナスの歓迎会だというのに、林太郎がおらんので気になってな。サメっちも心配しておったぞ」


 怪人に心配される筋合いはない、と言いたいところだが悪の総帥にその本心を悟られまいと林太郎は下手くそな笑顔で取りつくろった。

 ドラギウスの鋭い目で見つめられると、下手な嘘は通用しないという気分にさせられるのだ。


「それは……ご心配をおかけしました」

「クックック、無事でなによりである。腹も減っておろう、さあ我輩と共に参るがよい」


 そう言うとドラギウスは薄暗い廊下を音もなく歩き出した。

 林太郎も後に続く。


「どうであるか林太郎。そろそろアークドミニオンには慣れたか?」

「え、ああはい。あんまり慣れないですね」


 ヒーローの身で悪の秘密結社の最高権力者と、世間話をしながら肩を並べて歩くというのは貴重な体験だろう。

 林太郎の隣にいる男は、見た目こそダンディな老紳士だが富士山を爆発させるほどの大怪人である。

 そう考えるといくら7つの組織を壊滅させたヒーローとて、いやだからこそ、否応なしに緊張もするというものだ。


「林太郎は相変わらず硬いのである」

「仕方ないでしょう。正直、名前を呼ぶことすら畏れ多いですよ」

「ならば今後わしのことを“竜ちゃん”と呼ぶというのはどうであるか」


 サメっちがドラギウスに対して異様にフランクだったのは、本人の意向であることが判明した。

 ただヒーローである林太郎は、いくら本人がそう提案したところで悪の総帥を“竜ちゃん”と呼ぶには抵抗がある。


「それは無理ってもんでしょう」

「フハハハハ、そうであろうな! だが林太郎よ、少しは解れたのではないか?」


 言われてみれば、林太郎は少しばかり肩が軽くなったような気がした。

 呆れていると言った方が正しいかもしれないが。

 それにしてもよく笑う老人である。


「ククク……それでよい。それでこそ我が後継者に相応しいのである!」

「……後継者?」

「フハハハハ! 真に受けるでない、ただの戯言である! ハァーハッハッハ!」




 …………。




 大広間に戻ると、林太郎は自分の歓迎会でないにもかかわらず盛大にもてなされた。

 ようやく気づいたが、怪人たちは何かしら理由を付けてドンチャン騒ぎを楽しみたいだけらしい。


「あああああ、林太郎! どこに行ってたんだ、私をひとりにしないでくれよ!」


 長身の美女・ソードミナスは林太郎を見つけるや否やその背にひしっとしがみついた。

 小心者で人見知りが激しい上に、強面の怪人たちに囲まれてさぞ心細かったことだろう。


 たくさん刃物をバラまいたようで、瞳に涙を溜めてボロボロの服をまとっているさまはたいへん目に毒だった。


「ナイフでご飯を食べるなんて、なんだかキャンプみたいでございますね」

「くそっ、なんでオイラはこんなでかい青龍刀なんだ……!」

「そんなもんまだいいだろうが! オレサマなんか三間槍だぞ!」


 ひとり一本行きわたっているらしく、今日はみんなそれを使って料理を口に運んでいた。

 特に気の毒なのが三幹部の百獣将軍べアリオンである。

 6メートルぐらいある槍で四苦八苦しながらローストビーフを頬張っていた。


「いやいや食べにくいでしょ。お箸とか使おうよ」

「おう、じゃあ今日は何も食わねえつもりかデスグリーン? そりゃあ身体によくねえぞ」

「アニキ、今日はソードミナスと握手して出てきた刃物で食べるルールッス」


 そういうサメっちはサービスエリアとかで売っているめちゃくちゃ小さい竜の巻きついた剣のキーホルダーで器用にハンバーグを食べていた。


 デミグラスソースの香りが林太郎の胃を刺激し、腹の虫がグゥと鳴いた。

 そういえば12時間も基地内をさまよっていたせいで空腹も限界である。


「ククク……異様な光景であろう? だがこれでも皆、ソードミナスを歓迎しておるのだ」


 戸惑う林太郎に対し、ドラギウスがフォローに入る。

 剣山怪人ソードミナス、その身体的特性は多種多様な怪人の中にあっても特異中の特異だ。


 ふとした拍子に凶器が飛び出すその体質は、他者を傷つける危険と常に隣り合わせにある。

 はっきり言ってここアークドミニオンにおける集団生活には、まるっきり向いていない。


 だがしかし、我らが総帥ドラギウス三世はただ一言『ささいなことだ』と笑い飛ばした。


「我ら怪人相手ならばこの難儀な体質もそう問題にはならぬ。人を傷つける力もいずれは制御できるようになろう。このアークドミニオンこそが怪人たちの“家”であると言葉ではなく体験として覚えたほうがよかろうと思ってな……フハハハハ!」


 そう言うとドラギウスは、悪い笑顔で白い歯を覗かせた。


「おーいソードミナス、槍じゃ食いづれえよ! オレサマにリベンジさせろよ!」

「あーっ! ズルいッス! じゃあサメっちももう一回やるッスぅ!」

「わかった、わかったからみんな一列に並んでくれぇ! そんないっぺんには無理だから!」


 これが怪人たちなりの歓迎というやつなのだろう。

 ソードミナスがアークドミニオンに来たばかりの頃に比べると、ずいぶんと受け入れられているように思える。


 そしてこの総帥が何故これほど怪人たちに慕われるのか、その理由が林太郎にも少しだけわかったような気がした。


 怪人社会はもっと弱肉強食な狼の群れのようなものだと思っていた林太郎にとっては、ちょっとしたカルチャーショックであった。


(これは、怪人に対する考えを少し改めた方がいいのか……? いや、今はこいつらを利用することだけ考えろ……)


 林太郎自身がヒーロー本部に復帰すれば、今後の“戦い”に活かす機会もあるかもしれない。

 それに怪人たちと友誼をはかることは、けして正義にもとるものではない、情報は資産だ。


 自分の居場所はここではないと、林太郎は何度も心の中で己に言い聞かせた。

 呼吸を整えると、つとめて冷静なそぶりで怪人たちに話を合わせる。



「それで、この有様ですか。俺もやらなきゃダメですかね」

「もちろんである。ただあまりソードミナスを驚かせすぎるでないぞ林太郎。わしは“アレ”を出したせいで今夜は食いっぱぐれである」


 ドラギウスが親指で示した先には、重さ100キロ近くはあろうかという巨大な鉄の塊が壁に立てかけられていた。

 ソードミナスがすいませんすいませんと頭を下げるたびに、ステーキナイフが転がり落ちる。

 もうこれを使って食べればよいのではなかろうか。


「いや、そうは言ったって……」


 林太郎が先ほどからずっと裾を掴んでしゃがみ込んでいるソードミナスのほうを見ると、ばっちりと目が合う。


「うぅ……やるなら早くしてくれ……できればその、優しく……」

「さっさとしねえと無くなるぞー」

「料理、冷めちゃうッスよ」


 なんとも不憫な気がしないではないが、空腹に急かされ林太郎は腹を括った。


(何度も顔を合わせてるサメっちであのサイズだ。俺も同じぐらいだろ多分……問題は手を繋いだ状態で避けられるかどうかだな)


 一抹の不安を抱えながらも林太郎はソードミナスの手を取る。

 林太郎がいうところの“凶悪な怪人”の手のひらは、思っていたよりもずっとすべすべしていた。


「あれ、出ないぞ」

「……すまない。緊張すると勝手にポロポロ出るんだが、その逆だとどうも」

「……逆?」


 手をぎゅっと握りしめ、ソードミナスは少し顔を赤らめた。


「林太郎の手は温かいな。なんだか安心するよ」


 長身の乙女はそう言ってにっこりと笑ってみせる。

 臆病者の怪人がはじめて見せた笑顔に、林太郎はほんの一瞬心を奪われそうになった。

 こう見るとソードミナス、|剣持《けんもち》|湊《みなと》は何の変哲もない美女である。


「……もしかして俺、今日は素手でご飯食べなきゃいけないの?」

「ははは、それはなんだか林太郎に申し訳ないな」


(こいつは怪人、こいつは怪人、こいつは怪人……!)


 そう思いながらも、林太郎はあまり悪い気はしないのであった。




 ――しかし!

 その様子を見ていた怪人たちが次々にはやし立てた。


「さすがデスグリーンさん! 完全に殺気を消すことができるんだ!」

「すごいやデスグリーンさん! 俺たちなんかとは格が違うぜ!」

「感涙ですぞデスグリーンさん! 凶悪で冷酷無比なお方ほどその素性を巧妙に隠すといいますからね!」

「デスグリーン? それが林太郎の怪人名か。かっこいいじゃないか」


 林太郎は猛烈に嫌な予感がした。


「カッコイイなんてもんじゃねーぜ! デスグリーンさんはあのビクトレンジャーをたったひとりで3人も、それはそれは惨たらしく無慈悲に始末したんだ!」

「ザゾーマ様は『その邪悪にして深淵なる頭脳。情け容赦なき血塗られた殺戮者よ。アークドミニオンの栄光は貴方と共にある』と仰っております、はい」

「アニキは怪人の中の怪人ッス! ビクトグリーンを頭からむしゃむしゃ食べちゃったッス! あとビクトブルーを爆弾で100メートルぐらいふっ飛ばして笑ってたッス! それからビクトピンクの顔をドロドロに溶かしたッス!」


 林太郎は繋いだ手のひらが、小刻みに震えていることに気づいた。

 ソードミナスは涙を浮かべながら、真っ青な顔に氷のような笑顔を張り付けていた。


「まるで我輩の若いころのようである。林太郎ほど極悪な怪人もおるまい。まさに地獄からの使者、冷酷無比にして極悪非道の大怪人よ。ククク……フハハハハ! ハーッハッハッハッハ!」


 重さ100キロ近い巨大な鉄の塊が2本になった。

 林太郎は晩飯を食いそびれることになった。



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