“強敵ビクトピンク精神崩壊おめでとう大祝賀会”は盛大に行われた。
林太郎は怪人かくし芸大会で得意のマジックを披露し、ビンゴ大会でスチームアイロンをもらった。
「いやー、もう大変だったッス。三幹部の皆さんがアニキをどの軍団に所属させるかで大喧嘩しちゃって、会場大パニックッス」
「へー、そりゃすごいねー」
それはもうすごいなんてものではなかった。
「デスグリーンはオレサマたちの百獣軍団に入って筋肉を鍛えるべきだ!」
「かの演者を羽化へと導くは我が天蓋の道標たる奇蟲軍団を置いて他になく。黒き鱗粉は濁々たる死の囁きをもって永劫の繁栄を我らの頭上にもたらさん」
「いやじゃーっ! なにがなんでもワシの絡繰軍団に入れてサイボーグ化するんじゃーっ!」
クマとライオンを足したような毛むくじゃらの大男、百獣将軍べアリオン。
パピヨンマスクと派手な衣装を身にまとった痩身の男、奇蟲将軍ザゾーマ。
歯車だらけの車椅子に座った白衣の金髪幼女、絡繰将軍タガラック。
デスグリーンの処遇を巡り、三者は一歩も退かぬ構えであった。
「怪人はパワーだ! デスグリーンみたいにタフな野郎はそうそういねえ! オレサマたちと一緒に最強百獣プロレスを旗揚げして全国まわるんだよ!」
「美こそ怪人の神髄にして、深淵に鈍く光る黒檀の指輪なれば。彼の絢爛たる奇術の粋をご覧じ候へ。蟲籠のサーカスは世界を巡り、無垢なる白き魂に黒き美の炎を宿してまわることこそ彼の者が背負いし宿命」
「これじゃから最近の若い怪人どもは……。よいか、怪人は性能が全てじゃ。あやつの邪悪なる頭脳にはそれに見合った肉体が必要なのじゃ。まず右手はドリルじゃな。左手はパイルバンカーにして、足の裏にはジェットを付けよう。あいや待った、膝にミサイルも捨てがたいのう……」
三幹部は三者三様に、期待のホープことデスグリーンに対して重めの夢を抱いていた。
極悪怪人デスグリーンの留まるところを知らない名声と反比例して、林太郎の気分はアークドミニオン秘密基地より深い地の底に沈んでいた。
唯一の頼みの綱であった仲間たち、ビクトレンジャーから弁解の余地もないほど明確に敵認定されたのだ。
「ちくしょう……俺がいったい何をしたっていうんだァ……!」
色々と誤解はあったが、苦楽を共にした仲間たちならばきっと話せばわかってくれる。
林太郎にはそういう確信――否、甘い期待があった。
かつて戦場を共に駆け抜けた、仲間たちとの記憶が鮮明に蘇る――。
繁忙期に早朝自主トレーニングを強要するレッド……。
毎回合コンに誘ってきてはひとりでお持ち帰りしていたブルー……。
面倒な事務仕事を片っ端から押し付けてくるイエロー……。
思い返すとあまり口を聞いた記憶のないピンク……。
彼らとの絆は、ティッシュペーパーなみに薄っぺらかった。
「だいたいなんで、俺が死んだことに何の疑問も持たないんだアイツらァ!」
歴代ヒーローをして、ぶっちぎりで低いカルマ値を誇る栗山林太郎である。
ある意味信頼されていたのだろう、あの男はいつか必ず殺されると。
孤独なヒーローは暗いセンチメンタルを抱えたまま、闇の中に進むべき道を探し続けるしかないのだ。
(くそぅ、身の潔白を証明するには信頼できる仲間が必要だ。たとえば大貫司令官……は論外だな。守國長官ならあるいは……考えろ考えろ考えろ……)
卑怯な手段ならば湯水のごとく湧き出る林太郎の頭脳も、孤立無援の自己弁護については門外漢であった。
顔をしかめる林太郎に、サメパーカーの少女が心配そうに話しかける。
「アニキなんだか疲れてるッス。悩み事ッスか? サメっちでよければ聞くッスよ。サメっちこれでも聞き上手ッス。あっ、今のはジョーズとかけたわけじゃないッスよ」
「ありがとうサメっち。気にしないでくれ、大人の男は定期的にたそがれるものなんだよ」
「おお、ハードボイルドッス!」
林太郎の目下一番の悩みの種は、この一見無邪気なサメっちである。
幼いナリだが、その正体は泣く子も黙る凶悪な怪人なのだ。
(やはりまずはコイツ……サメっちを始末しないとな……)
トイレやシャワーにまでついてくるこのコバンザメをどうにかしないことには、林太郎に真の自由は訪れない。
だが敵陣のど真ん中で、彼女の機嫌を損ねるのは得策ではないだろう。
林太郎はなるべく本心を悟られないよう、ぎこちない笑顔を作ってサメっちに語りかけた。
「ごめんよサメっち。今日はせっかくのデートだったのに」
「いいッスよ、ちょっとやそっとのハプニングは慣れっこッス! それに嬉しいこともあったッスよ」
「ピンクの顔面がバイオハザードしたことかな?」
サメっちはキングサイズのベッドで、枕を抱えながら首を横に振った。
「アニキ、身を挺してサメっちを庇ってくれたッス」
言われてみればピンクの矢から逃げる際、サメっちを抱えて転がったりしていたかもしれない。
「サメっちの目に狂いはなかったッス! やっぱりサメっちはアニキとずっと一緒にいるッス!」
サメっちはそう言うと、林太郎の腰周りにギュッと抱きついた。
なんとしても呪縛から逃れたい林太郎からしてみれば、まるでカンダタに群がる亡者のようだ。
林太郎はサメっちを優しく引き剥がすと、少しでも好感度を下げねばと言葉を紡いだ。
「そんなのは偶然だよ。俺はそんなに優しい男じゃない」
「ひゅーっ! やっぱりアニキはカッコいいッス! ハードボイルドッス!」
何故か逆に、好感度が跳ね上がっているような気がする。
そう言って林太郎を見つめる目は、キラキラと純粋な憧れに満ちていた。
サメっちには言いたいことが山ほどあるはずなのに、林太郎はこの目で見つめられると何も言えなくなる。
(やっぱり水族館に置いてくるべきだったか……!)
見捨てることだってできた、いやむしろ林太郎はそうするべきだった。
少なくともレッドやイエローは見逃すことなくサメっちを“処理”していただろう。
だが林太郎はあの時、サメっちの手を取って逃げ出したのだ。
とっさのことだったので、何故そうしたのかはわからない。
林太郎の大きな手には、小さな手のひらの感触だけが残っていた。
(ほだされるな林太郎、この娘は怪人だぞ。いずれは倒さなきゃいけない敵なんだ……)
その夜、林太郎は己の中の真っ白な正義が、黒く塗りつぶされていく夢を見た。
自分はこのまま、怪人へと“成り下がって”しまうのだろうか。
そんな不安と焦燥が、林太郎の心を少しずつ浸食しはじめていた。
否、こんなときだからこそ、気を強く持たなければならない。
怪人を倒し世に平和をもたらすことこそ、林太郎の使命である。
しかし林太郎には、サメっちを手にかけるビクトグリーンの姿が、どうしても想像できないのであった。
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