極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第二百十一話「さようなら二十六歳の僕」

公開日時: 2021年2月11日(木) 07:14
文字数:4,866

 見上げるほどに高い天井と、地下とは思えないほど広大な敷地。

 アークドミニオンのザコ戦闘員訓練施設、教導軍団が誇る演習場はものものしい雰囲気に包まれていた。



「冤罪だァーーーッ! 話せばわかる、弁護士を呼んでくれーーーッ!」



 グラウンドの中央に設けられた処刑台の上では、パンツ一丁の男が両手両足を大文字に開いた格好ではりつけにされていた。


 男の名は栗山林太郎、またの名を極悪怪人デスグリーン。

 罪状は“わいせつ物所持”であった。



「ええい、この期に及んで見苦しいぞ!」



 無実を主張する林太郎の内腿うちももに、鋭いムチが飛ぶ。

 皮膚の薄い部分を的確に責められ、さしもの林太郎もたまらず悲鳴をあげた。


「ぴぎぃーッ! これはなにかの間違いなんですぅ、誤解なんですぅ!」

「黙れ。一点二点ならばいざ知らず、ゆうに三万点にも及ぶわいせつ物を隠し持っていた罪にもはや状況酌量の余地はない。それも、あ、あ、あのような……!」


 林太郎の部屋から押収されたわいせつ物の山は、総重量1.5トンに達した。

 なおそれら表紙のことごとくに、『軍人』やら『ムチ』やら『秘密のブートキャンプ』といったワードが躍っていたのは言うまでもない。


 ウサニー大佐ちゃん率いる教導軍団のしごきは苛烈を極める。

 ザコ戦闘員たちの嗜好が歪みたおすのも無理からぬ話であった。



 しかしいまその嗜好のかたよりは、あろうことか彼らの上司たる林太郎の背中にごうとしてのしかかっていた。



「子供の健全育成に努めるべき立場にありながら、極めて不健全な書籍ならびに映像群を隠し持っていた貴様の罪は重い。よってただいまより処刑を執り行う」

「違うんですぅ! 俺はいたって健全なオトコノコなんですぅ!」

「ではそのオトコノコとやらに別れを告げるがいい」


 刑の執行官、ウサニー大佐ちゃんはそう言うと大きな『裁ちバサミ』を取り出した。

 よく手入れの行き届いた、刃渡り1メートルはあろうかというシロモノだ。


「しょ、処刑って。そんなもの持ち出してなにを……?」

「いまから貴様を去勢する」

「いィやァーーーだァァーーーーーッ!!!!!」


 ヒーロー本部の厳しい拷問にも耐え抜いた林太郎であったが、これは拷問などという生易しいものではない。

 ウサニー大佐ちゃんの目的は情報の収集や説得ではなく、明確な“罰”である。


 林太郎の身に、26年間連れ沿った相棒との惜別のときが迫っていた。





 ウサニー大佐ちゃんによる苛烈な粛清からは、いち軍団長とて免れることはできない。

 そんな戦々恐々とした空気が、ギャラリーとして集まった怪人たちの間にも蔓延まんえんしていた。


 遠巻きに見つめるギャラリーの中にはサメっちやザコ戦闘員たち、そして騒ぎを聞きつけた湊の姿もあった。


 ザコ戦闘員たちから事情を聞いた湊は、真っ青な顔で磔にされた林太郎に目をやる。


「なんてこった……。それじゃあまるっきり濡れ衣じゃないか!」

「かといっていま俺たちが出ていったら、黙秘を貫くデスグリーンさんの尊い犠牲を無駄にしてしまいますオラウィ」

「そうですウィ。俺たちにできるのは涙をこらえて見送ることだけですウィ」


 総勢四十名からなる極悪軍団ザコ戦闘員たちは、まるで戦場に散った兵士の魂を鎮めるかのように、磔にされた林太郎へ敬礼を贈る。

 中には未だ口を割らない林太郎の心意気に、こらえきれず嗚咽を漏らす者もいた。



 だが実際のところ林太郎は真犯人を突き出さないのではなく、突き出せないのであった。


 林太郎がバンチョルフから引き受けて隠したわいせつ物は一点のみである。

 それがいつのまにかサメっちの手によって三万点に膨れ上がっていたことなど、林太郎は知る由もない。


「あわわわわ、サメっちのせいでアニキが処刑されちゃうッス!」

「事情はわかったけど、あまり悠長にはしていられそうにないな。なんとかウサニー大佐ちゃんを説得しないと」


 ウサニー大佐ちゃんは、先ほどから巨大な裁ちバサミをこれ見よがしにしょりしょり研いでいる。

 林太郎のリトル林太郎がサヨナラするまで、もはや残された時間はそう多くない。


 湊は修羅と化したウサニー大佐ちゃんに怯えながらも、なんとか勇気を振り絞って立ち向かおうと己の頬っぺたをぺちんと叩いた。


「よ、よぉし! 私が行く! 行ってウサニー大佐ちゃんに事情を……!」

「ミナト、ミナト」

「ん? どうしたんだサメっち? なにか気になることでもあるのか?」

「“キョセー”ってなんッスか?」


 次の瞬間、覚悟を決めた湊の顔からなけなしの勇気がひょろろと抜け落ちていった。


「アニキの一大事なのに誰に聞いても教えてくれないッスよ!」

「それはその。えっとその……なんというかその」


 耳まで赤く染まった顔の上で、湊の涼しげな目は百メートル自由形なみに泳ぎに泳いでいた。

 年端もいかぬ少女にいったいどう説明したものかと考えれば考えるほど、湊の血圧は上昇の一途を辿り、脈拍は乱れ、呼吸は湿気を帯びていく。



「去勢、というのはだな……その、ちん……もにょにょ……」

「ちん……なんッスか!? そこ大事なところッス! はっきり教えてほしいッス!」

「いやその大事なところは大事なところなんだけど……ええっと……はぅぅん……」


 あわれ!

 リトル林太郎にとって唯一の希望であった湊は使いものにならなくなってしまった!



 湊がゆだっている間にも、ウサニー大佐ちゃんによる処刑はつつがなく進行していく。

 巨大なハサミの切っ先は、いままさに林太郎のトランクスに触れようかとしていた。



「貴官には世話になった。こういう結果になってしまって、私も心苦しい。だが規則は規則、法は法だ。大義のために死んでくれ」

「待ってくれウサニーちゃん……俺はまだ息子と酒も呑み交わしちゃあいないんだ」

「大佐をつけろこのマヌケッ!!!」


 しなるムチが、今度は林太郎の脇腹をひっぱたいた。

 皮膚の薄いところを的確に狙うウサニー大佐ちゃんのウィップコントロールに、さしもの林太郎も悶絶する。


「っァーーーーーィ!! ァァッーーーーー!!」

「すまないデスグリーン少佐。これも貴官のためだ。これを機に、女と見れば誰彼構わず手を出す己の蛮行を見つめ直し、品行方正で清廉潔白な紳士になってくれることを祈る」



 ジョキンジョキンと巨大なハサミをかかげ、話を聞かない刑吏けいりが迫る。

 頼りの仲間たちは敬礼しながら涙を流し、湊とサメっちはさっきからしゃがみこんでもにょもにょしている。


 もはや林太郎に救いの手を差し伸べる者は誰ひとりおらず、刑を妨げるものは薄いパンツ一枚のみとなった。


 ウサニー大佐ちゃんの目がギラリと光り、鋭い刃が林太郎の股間めがけて振り下ろされた――。




 ――次の瞬間。




「暗黒破壊光線!!!」




 周囲を取り巻くギャラリーの遥か後方から放たれた、闇色のレーザーがウサニー大佐ちゃんの全身を飲み込んだ。


「なにッ!? ぐわぁあああああッ!!!?」


 ウサニー大佐ちゃんはとっさに防御態勢をとるも、腕で防いだところでどうにかなるシロモノではない。

 暗黒レーザーをまともに受けたウサニー大佐ちゃんは、凄まじい衝撃にさらされ演習場の端まで吹っ飛んでいった。



「どうにか間に合ったみたいですね。その格好、なかなかお似合いですよセンパイ」



 もうもうと立ち込める土煙の中、黒く澄んだ声が林太郎の耳に届く。

 世界一頼りになる後輩の声を、林太郎が聞き間違えるはずもない。


「まっ、まっ、まゆずみぃぃぃぃぃぃ!!!」


 白銀の髪を束ねた少女が、磔にされた林太郎に悠々と歩み寄る。


 その細い身体を包むのはいつも通りの黒いジャケット、ではなく。

 黛桐華は真っ黒な軍服を思わせる衣装に身を包み、肩にはペリースまでかけていた。


「センパイ、お待たせしました」

「……なにその格好?」

「まゆずみ大佐ちゃんです」


 パクっている!

 オマージュやインスパイアなどではなく、正々堂々と悪びれもせずパクっているではないか!


 桐華は手にしたムチをぴしぴし鳴らしながら、黄昏るように目を伏せた。


「私はいままで、センパイの嗜好・・を無視してありのままの自分を押し付けていました。なんて傲慢だったのかと、過去の己を恥じ入るばかりです」

「なにをいってるの黛さん? その格好となにか関係があるのかな?」

「センパイの部屋から押収されたわいせつ物の山を目にしてふと気づいたのです。コレだと。私はセンパイが求めるものを提供できていなかったのだと」


 どうやら桐華は、例の書籍やDVDは林太郎の蒐集しゅうしゅう物であると思い込んでいるようであった。

 まさか林太郎自身が桐華に罪をなすりつけるため、天井裏の桐華の部屋に放り込んだとは夢にも思っていないのだろう。


「“己の得意を通さず、相対した者に応じて如何様いかようにも変化すべし”ですよねセンパイ! 不肖、黛桐華。誠心誠意プレイに努めさせていただきます!」



 この場でただひとり、桐華だけはいまの状況を処刑だとは思っていない。

 いまの桐華は赤信号の幹線道路にアクセル全開で突っ込む大型トラックが如きであった。



「プレイじゃないんだよォ! いいからはやく降ろしてくれェ!」

「ブタが鳴くときは『ブー』でしょう!!」



 ヒュパッと空を斬り裂く音とともに、桐華が手にしたムチが林太郎の一番大事なところに振り下ろされた。


 それはもはや、強打などという生ぬるいものではない。

 死をもたらさんとする強烈な一撃はリトル林太郎の正中線、いわば急所の急所をピンポイントで穿ち抜いた。


「ッッッァヲォォォォォォォォーーーーーーーンッ!!!」

「大人のオスブタがこんな情けない声で鳴くんですね」


 あまりの衝撃に、ギャラリーたちからも悲鳴があがる。


 桐華はどうやら形から入るタイプだったらしく、たわむれや手心というものを知らないらしい。


 一説によれば究極のサディストとは、究極のマゾヒストであるという。

 己が求める痛みに際限がないマゾヒストほど、相手に与える痛みに加減が効かないのである。



「……はっす……! ……はっす……!」

「ご満足いただけましたか?」



 林太郎は顔にじっとりと脂汗を浮かべながら、三途の川に片足を突っ込んだところでなんとか一命を取り留めた。

 鋭い目を輝かせながら手応えを実感する桐華は、ひょっとして自分には才能があるかもしれないとほくそ笑む。


「それじゃあもう一発いきますよ。いい声でいてくださいねセンパイ!」

「フルパワードロップ蹴兎シュート!!!」



 嬉々としてムチを構えた桐華の側頭部に、強烈な飛び蹴りが炸裂する。

 直撃の直前に難なくガードした桐華であったが、それでも十数メートル弾き飛ばされるほどであった。


 ウサニー大佐ちゃんは、キックの反動を利用し空中でムーンサルトを決めながら着地する。

 先ほど不意打ちで弾き飛ばされたダメージが相当なものだったらしく、自慢の軍服はところどころ焦げていた。


「キリカ曹長……刑の執行を妨害するとはどういう了見だ……」

「センパイが軍服に強い性的興奮を覚える雄豚さんであることは調べがついています。だったらムチを振るう女王様はひとりで十分だと思いませんか?」

「上等だ。公務執行妨害で貴官はお尻百叩きの刑に処す」

「生憎ですが私はセンパイ以外に興味はないので。ここは間を取ってセンパイのお尻を百叩きに処すというのはどうでしょう?」


 秘密結社アークドミニオンが誇る二大武闘派乙女は、処刑台の上で白目を剥いてぐったりする林太郎を挟み激しい火花を散らした。

 まさに一触即発、鬼神と化した兎と暗黒の女帝はお互いに一歩も退かぬとばかりに爪を研ぎ牙を剥く。



「食らえ必殺、フルパワードロップ蹴兎シュート!!」

「塵も残さず消えなさい、暗黒破壊光線!!」



 強烈な閃光が迸ったその瞬間。

 中央で消し炭にならんとしていた林太郎を覆うように、大きな影がふたりの女傑の間に立ちふさがった。



「……!?」

「――ッ!」



 その男はふたりの魂がこもった一撃を巨体でもって易々と受け止めると、ずらりと並んで獣の牙を見せながらニッと笑ってみせた。



「ガハハハハ! こんな軽い攻撃じゃあアクビが出ちまうぜえ! もっと肉を食いやがれ肉をよお!」



 鋼の如く鍛え上げられた筋肉と、腰に巻いた王者のベルト。


 それは地方の巡視に出向いていたはずの、百獣将軍ベアリオンであった。





チョコくれ

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