極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第七十一話「翼は南の島へ飛ぶ」

公開日時: 2020年9月9日(水) 12:03
文字数:3,379

 夜半から降り始めた雪は街並みを薄っすらと染め上げ、朝日に照らされた東京は白く輝いていた。

 そんな中、阿佐ヶ谷のヒーロー仮設本部はまたしても蜂の巣をつついたような大騒ぎであった。


「局地的人的災害警報発令! 現在奥多摩にて林業戦隊キコルンジャーが交戦中!」

「マスコミに箝口令かんこうれいを敷くんだ! 絶対に情報を漏らすな!」

「そんなの無理に決まってるだろ! 高尾山が吹っ飛んだんだぞ!?」


 最強ヒーロー・黛桐華の怪人覚醒という情報は、いち早くヒーロー本部に届けられた。

 既に動けるヒーローたちが対処にあたっているが、功を奏しているとは言えない状況である。


 モニターには、立ち入り禁止の規制線が張られた高尾山の様子が映し出されている。

 高尾山はまるで子供が砂山を崩したかのようにゴッソリと削り取られ、山そのものの輪郭が変わってしまっていた。


 場所が場所だけに死傷者の情報は入っていないものの、黛桐華の怪人覚醒に伴う被害は甚大である。

 だがそれ以上に“あの黛桐華”が怪人と化したという事実が、ヒーロー職員たちの面持ちを暗くさせていた。


 黛桐華の後見役となっていた研究開発室の丹波室長にいたっては、ストレスでついに泡を吹いて倒れたという。


「朝霞司令官、黛桐華は君の部下だろう!? これは君の失態だぞ!」

「意図的に怪人覚醒を阻止できるのであれば、ヒーロー本部の存在そのものに疑義をていさざるを得ないかと存じます」

「ぐぬーっ! ……いつかその厚い面の皮を剥いでやるからな!」


 作戦参謀本部の幹部職員たちは、頭に血を上らせながら責任のなすりつけ先を探していた。

 なにせヒーロー学校歴代記録をすべて塗り替えるほどの人材が逸失したのだ、それも殉職ではなく最悪の形で。

 ヒーロー本部が被る損害は計り知れない。



 そんな中、現状動かせる駒がない朝霞は桐華の動向を追うことしかできないでいた。


「林業戦隊キコルンジャー壊滅! 目標、移動を開始しました! 高速で南下中!」

「静岡支部の親分戦隊ジロチョウジャーに出動要請! 火器ならびに巨大人型兵器の無制限使用を許可する!」

「今までにないほどのエネルギー反応だ……まるで核融合炉じゃないか」

「またいつ爆発するかわからん! 23区への侵入はなんとしても阻止するのだ!」


 山を変形させるほどの力は、ただそれだけで人間社会にとっては大きな脅威だ。


 今や関東圏のみならず、東日本のヒーローたちは総動員体制で黛桐華の命を狙っていた。

 人の少ない山岳部だろうが海上の無人島だろうが、日本国内である以上怪人と化した桐華に安息の地はない。


「黛さん……」


 朝霞のPCモニターには、市街地を避けて飛び回る桐華の軌跡がはっきりと示されていた。




 …………。




 一方その頃、アークドミニオン地下秘密基地。

 部屋は主である男を隠すように、暗黒で満たされていた。


 真っ暗な室内を、大きなモニターの明かりだけが煌々と照らし出す。


 画面に映し出されているのは、ボコボコにのされたヒーローたち。

 そして黒い翼を広げる怪人の少女であった。


「ついに覚醒しおったか……桐華」


 画面を見上げるのは真っ白な髪に、刃のような鋭い目をしたひとりの老翁である。

 彼の目はどこか寂しげで、背中はいつもよりずいぶん丸まっていた。


「おぬしやはり知っておったか。どうりで支部が攻められている間も出張ってこんかったわけじゃ」


 闇の中から、いかにも可愛らしい女の子の声がする。

 アークドミニオン結成当初から籍を置く再古参の重鎮、絡繰将軍タガラックはしわがれた盟友を見て溜め息をついた。


「悪の総帥でも孫はかわゆうて仕方ないっちゅーことかのう」

「桐華には己の人生を歩んでもらいたい。我輩はそう願っているだけである」

「その道は断たれたようじゃがな。いずれにせよわしらの覇道の妨げになるようならば、遅いか早いかだけの違いではあるがのう」

「クックック、怪人生じんせいなかなか思ったようにはいかぬものであるな……フハハハハ!」


 真っ暗闇に老紳士の笑い声がこだまする。

 ひとしきり笑うと、ドラギウス三世はその右腕たる幼女に尋ねた。


「タガラック、林太郎ならば今の桐華を救えると思うか?」

「まー、贔屓目に見ても無理じゃな。救えたとしてもその後がどうにもならん。ヒーロー本部が本気で狩りにきておるからのう」

「まったく、言いにくいことをズバッと言い切りおるわ」

例のモノが間に合えば、ようやく五分五分といったところかの」


 ドラギウスとタガラックは、眩い光を放つモニターを見上げた。

 画面の中では、黒い翼が海上を飛んでいた。




 …………。




 林太郎は医務室でソードミナスから応急手当を受けていた。


 高尾山で生き埋めにされてからというもの、死に物狂いでデスグリーン変身ギアを探し出し。

 なんとか自力で帰還を果たした頃には、とっくに日が暮れていた。


「林太郎は怪人なのに、ずいぶん傷の治りが遅いな」

「そりゃきっと血が薄いってことなんだろうね。ああ、しみる……っ!」

「よし、よく我慢したな」


 ソードミナスは消毒を済ますと、慣れた手つきで林太郎の腕に包帯をくるくると巻いていく。

 打ち身や裂傷はひどかったものの、幸いにも骨は折れていないようで林太郎は一安心した。


「……しかし、あのビクトブラックが怪人覚醒とはな」


 ソードミナスの何気ない言葉に、林太郎はらしくもなく目を伏せた。

 目の前で後輩が怪人覚醒したというショックはもちろん、桐華の悲しそうな笑顔が頭から離れないのだ。


 とかく情報が早いアークドミニオンのことである。

 既にヒーロー本部が桐華に対し、かつてない規模で討伐作戦を展開しているという情報は掴んでいた。


 一刻を争うかもしれない、そう思うと林太郎はいても立ってもいられなくなった。


「ありがとうソードミナス、また頼むことになるかもしれない」

「おい林太郎、まさか行くつもりじゃないだろうな?」

「まったく勘の鋭いことで」


 アークドミニオンの主な目的のひとつには、怪人の保護というものがある。

 ならば世間様を騒がせる野良怪人をしょっぴくのは、極悪怪人デスグリーンの責務である。


 さも当然のように言い放つ林太郎だったが、ソードミナスは懇願するようにその袖を引いた。


 覚醒した桐華は“野良怪人”と呼ぶにはあまりにも強大すぎる。

 なにせ山を半分消し飛ばすほどのパワーを有した化け物だ。

 とてもではないが、林太郎を行かせるわけにはいかなかった。


「……あまりにも無茶だ。小手先でどうこうできるヤツじゃないのはわかっているだろう?」

「勘違いしちゃあいけない。俺は仕事をこなすだけさ、相手が誰であろうとな」

「林太郎……お前……」

「アイツが嫌だって言っても、無理やり連れてきてやるさ」


 林太郎のドブのように濁り切った眼は、それでもまっすぐ前を見据えていた。

 自分もこうやって林太郎に救われたのだと思うと、ソードミナスはそれ以上何も言えなくなる。


「うぅ……覚悟はできているんだな?」

「もちろん。地の果てまで追いかけて、とっ捕まえてやろうじゃないの」


 そのとき、医務室の扉にもたれかかるようにして小さな人影が姿を現した。

 フードを深く被ったその人物は、ニッと笑ってグッと親指を立てる。


「話は聞かせてもらったッス! このサメっち、一番舎弟として全力でアニキのサポートをさせていただくッスよ!」


 それはモコモコした毛皮のコートに身を包み、大きなボールを抱えたサメっちであった。

 初雪が降ったということもあって、まるっきり今さっきまで外ではしゃいでましたという出で立ちである。


「おお、サメっち! 心強いぞ!!」

「むふふん、お迎えの仕事はサメっちのほうが先輩ッス! 実はもうビクトブラックの居場所も突き止めてあるッスよ!」

「すごいぞ! てっきり遊んでいたかと思いきや、なんて優秀なんだサメっち!」

「えへへー、アニキに褒められたッスぅー」


 サメっちは顔を赤らめると、屈託のない笑顔で牙を見せて笑う。

 林太郎はそのモコモコフードを被った頭を、わっしゃわっしゃとなで回した。


「んじゃアニキ、さっそく出発の準備をするッスよ!」

「ああ、どこへだって行ってやるさ。それで、黛……ビクトブラックは今どこにいるんだ? 網走か? それとも波照間島か?」


 サメっちは手にしたボールを林太郎に突き付けると、元気いっぱいの笑顔で言った。


「南極ッス!」



 サメっちが手にしていたのは、ボールではなく地球儀であった。

 小さな指がさす先には、真っ白な大陸が描かれていた。



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