国家公安委員会局地的人的災害特務事例対策本部、またの名をヒーロー本部。
勝利戦隊ビクトレンジャー秘密基地では、リーダーのレッドこと暮内烈人が頭を抱えていた。
「うおおおおっ! キングビクトリーまで奪われてしまったっ! 今度こそ俺のヒーロー人生はおしまいだあーーーっ!!」
レッドは自分以外誰もいない秘密基地で、水揚げされた海老のように床をのたうち回った。
そのとき秘密基地の扉が開かれひとりの女性が入室する。
彼女は床に寝そべるレッドを見下ろしてギョッとした。
女に気づいたレッドは海老反りの姿勢のまま元気よく挨拶をする。
「おはようございます朝霞さん!」
「どうしたんですかその格好」
パンツスーツをパリッと着こなしたその女は、長官付き補佐官の鮫島朝霞であった。
しかしレッドが知る限り、彼女はデスグリーン襲撃事件の折、牙鮫怪人サーメガロの“身柄の保全”に失敗したとして謹慎処分中のはずであった。
「朝霞さん謹慎とけたんですね、いやあよかった! それで今日はどういったご用ですか?」
「辞令です」
辞令、それはレッドが今一番聞きたくない言葉であった。
「つつつ、ついに来てしまったーっ! 朝霞さん、俺はいったいどこにトバされるんですか!? 網走ですか!? 波照間島ですか!? それとも南極基地ですか!?」
レッドは真っ青な顔で朝霞の脚に縋りつく。
「落ち着いてください。これは“私への辞令”です」
「…………へ?」
まぬけな声をあげるレッドとは対照的に、朝霞はいたってクールに手にした真っ白なジャケットを羽織る。
その胸元には、勝利を示すVマークの刺繍が躍る。
「鮫島朝霞、本日付けて東京本部所属・勝利戦隊ビクトレンジャーの司令官に就任いたしました」
「なんだってぇーーーっ!?」
レッドにとってそれは思ってもみない報告であった。
大貫司令官の更迭に伴いビクトレンジャーの指揮権は一時的に作戦参謀本部の預かりとなっていたのだが、その参謀本部が寄越したのがこの鮫島朝霞であった。
デスグリーンによる地下収容施設襲撃事件以降、無能のそしりを受けた作戦参謀本部は汚名を返上すべく躍起になった。
そしてついに、東京埼玉地区のヒーローを総動員した“デスグリーン抹殺計画”を実行に移したのだ。
しかし結果は知っての通り、東京埼玉地区を担当するヒーローのゆうに7割が病院送りとなり、巨大ロボがことごとく敵に鹵獲されるという、まさに前代未聞の大損害を被ったのだった。
これにより参謀本部長以下、重役の多くは引責辞任に追い込まれ、本来のヒーロー本部としての機能は完全に麻痺していた。
現在ヒーロー本部では急ピッチで人事再編が行われており、まさに使えるものは何でも使わねばならない状況である。
もはや謹慎で人を遊ばせておく余裕などないのだ。
「そこで、私に白羽の矢が立ちました。暮内さんにもビクトレンジャーのリーダーを続投していただきます。なにせ動ける者がいませんので」
「朝霞さん……! 朝霞さあああああーーーんッッ!!!」
自分の進退を心配して夜も眠れなかったレッドは、感極まって朝霞新司令官にガバッチョと抱きついた。
「苦しいです暮内さん」
「あああっ、ごめんなさいっ! 俺嬉しいことがあると身体に出ちゃうタイプなんです!」
「是非改めていただけると幸いです。ではビクトレンジャー司令官として今後ともよろしくお願いします」
「よろしく朝霞さん! だけどビクトレンジャーといっても、今はもう俺ひとりなんですが……!」
不安そうに眉毛をハの字にするレッドに、朝霞司令官は一枚の写真を見せた。
その写真に映った人物を、レッドはよく知っていた。
いや、ヒーロー関係者であれば“その人物”を知らない者など皆無であろう。
「こ、こいつは……まさか……!?」
「今ヒーロー本部に戦える人間はほとんどいません。なので特例措置を取ることになりました。来年2月に卒業予定のヒーロー学校の生徒ですが、実地研修の名目で彼女をビクトレンジャーに招聘します」
「だからって……よりにもよって彼女ですか……!?」
「彼女では戦力的に不安ですか?」
朝霞はまるで『答えはわかっているでしょう?』と言うかのように問いかける。
レッドはそれに応えるように、写真の少女の顔を見つめニヤリと笑った。
「いいえ、俺と“彼女”ならば確実にデスグリーンを倒せます!」
…………。
その日の夜。
群馬と埼玉の県境ではとある異変が起きていた。
夜の闇を乱暴に引き裂く爆音、車道を埋め尽くすヘッドライト。
100台近い改造バイクが集結し、特攻服を身にまとった連中があふれんばかりの怒気を放っていた。
無数のヘッドライトに照らし出されたその顔は、灰色の狼であったりコウモリであったり鹿であったりと、ひと目で人間でないことがわかる。
「いよいよ俺たちの時代がきたぜオラァ! ヒーローどもがいない今がチャンスだオラァ! 俺たち“北関東怪人連合”は手始めに埼玉を頂戴するぜオラァ!」
「「「うおおおおーーーーーっ!!!」」」
「てめーら俺についてこいやオラァーーーーーッ!!」
「「「喧嘩上等だコラーーーーーッ!!!」」」
リーダー格の狼男の号令で、次々とアクセルをふかす怪人たち。
鋼鉄の騎馬軍団は大きなうねりとなり、暗い山道を駆け抜ける。
もう間もなく埼玉の灯りが見えるだろう。
そうしたら思う存分暴れてやるぜと、怪人たちは息まいていた。
そのとき先頭を走るバイクのヘッドライトに、女の人影が照らし出された。
「オラオラーーーッ! どきやがれコラーーーーーッ!」
それは夜の山道には似つかわしくない、高校生ぐらいの少女であった。
少女は街灯もないというのに、真っ黒なジャケットを羽織っていた。
闇に溶け込む黒い衣服とは対照的に、白銀の髪がヘッドライトの光を浴びてキラキラと輝く。
「ほんとに轢いちゃうぞコラーーーーーッ!」
「かまうこたぁねえ! 轢いちゃえコラーーーーーッ!」
100台を超えるバイクと、それにまたがる怪人たちが女に迫る。
怪人たちは、誰もが数秒後に起こるであろう悲劇を疑わなかったに違いない。
――――だが。
「……ビクトリーチェンジ」
先頭のバイクが女の身体に接触するかと思われたその刹那。
“黒い光”がその女の身体を包み込んだ。
次の瞬間、先頭集団のバイク十数台が同時に爆発四散した。
後続の車両が次々と、紅蓮の炎を噴き上げスクラップと化していく。
闇を照らすヘッドライトに、勝利のVマークと鈍色に輝く刃がきらめく。
黒き戦士は真っ黒な刀で迫りくるバイクを次々と斬り捨てていく。
その姿はまるで、黒き蝶がヒラヒラと舞っているかのようであった。
「うっぎゃあああああーーーーーッ!!!!!」
最後の1台が走りながらバラバラに斬り刻まれ闇夜を赤く染め上げた。
誰ひとりとして動く者がいなくなったところで、漆黒の戦士は静かに刀を鞘に収める。
そしてもはや聞く者もいない名乗りをあげた。
「闇を斬り裂く黒き光、ビクトブラック……」
勝利のVマークが、月光を浴びて黒く輝いていた。
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