……ヴーン……。
バイタルシーケンス、正常。
各部ユニット出力、正常。
外部ネットワーク、接続完了。
起動します。起動します。起動します。
男が目を覚ますと、見知らぬ天井が目に入った。
彼が怪人の爆破テロに巻き込まれ、全身60箇所の骨折を負ったのは1ヶ月以上も前の話だ。
その上無理して戦いに赴いた彼は、瀕死の重傷を負って長い間眠り続けていたのだ。
「なんだか頭がボンヤリしやがるぜ……」
長期昏睡状態に陥ると目覚めた際に記憶の混濁があったり、幻覚を見ることがあるという。
男の視界にもなにやらよくわからない数字や、英語の羅列といった幻覚がはっきりと見えていた。
「……ったく、今度はいったい何日ぐらい眠っていたんだぜ……?」
ゆっくりと身体を起こしつつ、彼は己の身体に起こっている異変に気付いた。
全身の骨がバッキバキに折れたはずなのに、身体が妙に軽いのだ。
辺りを見回してみても、そもそもここは病室ではないように思える。
周囲を彩るのは白いカーテンや花瓶ではなく、無機質なコンクリート打ちの壁と、床を這う無数の配線である。
「あら、お目覚めかしら? やったわ、成功ね!」
不意に聞き覚えのある女の声が、男の耳朶を打つ。
厚い化粧とピンクのシャツ……ビクトピンクこと桃島るるであった。
「おいピンク、ここはいったいどこなんだぜ……?」
「あらブルー、あなたも一度来たことがあるでしょう? ここは私の個人ラボ。あなたの“ジェットカッターマグナム”もここで作られたのよ?」
「ああ、そうだったっけ……なんだか記憶がはっきりしないぜ……」
ブルーこと藍川ジョニーはぼやけた頭を軽く振ると、手で額を押さえた。
ガイーンという金属音が、部屋とジョニーの脳に響く。
「…………は?」
彼が己の手のひらに目を落とすと、そこには鋼鉄の装甲に包まれた両手があった。
両手だけではない、腕も、脚も、腹も背中も胸も肩も大事なところまでも。
再起不能なまでに破壊されたブルーの全身は、今やそのほとんどが鋼鉄の機械に置き換わっていた。
ビクトブルー・藍川ジョニーは、サイボーグヒーローとして生まれ変わったのである!
「冗談キツいぜ!! ちょっと待つんだぜ! ピンクてめぇ、なんなんだぜこれはよォ!?」
「ふふふ……これも全て、天におわしますデスモス・アガッピ・アグリオパッパ様のお告げよ……。あなたにも絆と愛の祝福がありますように!!」
そう言うとピンクはブルーの全身に、100グラム8000円で販売されている清めの白い砂を振りかけた。
そして手で三角形を作ると、左右に身体を揺らしながらオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛と壊れた換気扇のような声をあげる。
ピンクの目は瞳孔が完全に開いており、焦点が定まっていなかった。
どうやら精神崩壊を起こした後、危険な新興宗教に没頭してしまったらしい。
「おい砂かけ宗教ババア! 俺の身体になにしてくれてやがるんだぜ!!」
「大丈夫よ、ブルー。正義はあなたの力を求めているのよ。ガンジャンホーラム、ガンジャンホーラム」
ピンクが自分の頭に怪しいアンテナを乗せた、そのときである。
意味のわからない呪文を唱え続けるピンクの背後で、巨大な影が立ち上がった。
ブルーは思わずベッドを蹴り上げ、ファイティングポーズを取る。
「おいピンク! 後ろにいるでかい化け物はなんだぜ!? あれもお前の仕業か!」
「大きい声を出さないでよブルー。ほら、イエローが怯えちゃってるじゃない」
「イエロー……? ソレは黄王丸なのぜーーーッ!?」
巨体の身長は、ゆうに3メートルはあるだろう。
岩のような身体は、その腕周りだけで冷蔵庫ぐらいのサイズ感を誇る。
筋肉ダルマ……いや、筋肉の城とでも言うべきその姿は、もはや人間よりも怪人に近かった。
「……ゴワス」
「ずいぶん痩せ細ってたからね、このままだとイエロー死んじゃうと思ったのよね。それでご禁制のカレーを毎日投与したら、なんかこうなったのよ」
「ピンクゥ! てめぇの血は赤でもピンクでもねぇ! 死神と同じ色をしていやがるぜ!」
全身サイボーグ化されたブルーはまだマシな方であった。
発達しすぎた僧帽筋に顔が半分ぐらい埋まりつつあるイエローに、ブルーはおそるおそる声をかける。
「おいイエロー、お前なんだってこんなことになっちまったんだぜ……?」
「……ゴワスぅ?」
「ダメよブルー。今のイエローに“カレー”以外の言葉は通じないわ」
「言語中枢やられてるじゃねーか! もはや気の毒すぎて何も言えねーぜ!!」
――翌日、新生ビクトレンジャーは、阿佐ヶ谷の仮設ヒーロー本部に集められていた。
昏睡状態に陥っている間に、全身をサイボーグ化されてしまったブルー。
特製カレードーピングにより筋肉の重戦車と化し、言語機能を完全に失ったイエロー。
新興宗教“光臨正法友人会”で、デスモス・アガッピ・アグリオパッパ様を信奉するピンク。
正義の名のもとに集められた彼らこそ、新生・勝利戦隊ビクトレンジャー改である。
「まるで汚いア●ンジャーズだぜ……」
「……ゴワス」
「ガンジャンホーラム、ガンジャンホーラム」
そもそも退職届を出していたはずだが、トチ狂ったピンクの手によって握りつぶされていたことを、ブルーは今朝知った。
「ビクトレンジャーの皆さん、よく集まってくださいましたわ! 私がヒーロー本部の頭脳。高貴で美しくかつ優秀な、参謀本部長の小諸戸歌子ですわ!」
派手な女はやけに自己評価の高い自己紹介をすると、まるで自分はこのヒーロー本部の王であるかのように平坦な胸をドーンと張った。
唯一の頼みの綱である朝霞司令官は、その隣で何も言わずに静かに目を閉じている。
「ンフフフフ、あまりの格の違いに声も出ないようですわね! それでは飛ばされたレッドさんと死んじゃったグリーンさんに代わる、新しいお仲間をご紹介いたしますわ!」
ブルーの電子制御された脳裏を、とても嫌な予感が駆け巡った。
前回の黛桐華みたいなことになっては、たまったものではない。
いやむしろ、この半端なく胡散臭い女が紹介する時点で、ロクなヤツではない気がする。
「頼むぜ、無難なやつだぜ……無難で普通のやつ来い……! もう話が通じるヤツなら誰だっていいぜ……!」
ブルーは一心不乱に神に祈ったが、廊下から陽気なラテン系ミュージックが聞こえてきた時点で祈るのをやめた。
バンと開かれた秘密基地の扉の向こうから、米海兵隊のようなゴリゴリのマッチョが姿を現す。
鍛え抜かれたムッキムキのボディーに、パッツンパッツンの赤いシャツを羽織る白人男性。
そしてもうひとりは巨大なラジカセを抱えた、ドレッドヘアの黒人男性であった。
「赤城ウィリアムだ。俺に信頼されたかったら、トリプルチーズバーガーとダイエットコークを用意しな。話はそれからだ」
「AH……AH……俺は草薙タムラマロ。YOUがジョニー藍川か。YO! YO! COOLなBODYだ嫌いじゃないぜッ! 仲良くやろうぜAtoZ! YEAH!」
ブルーこと藍川ジョニーは、死んだ目で韻を踏む新グリーンと拳をゴツンと突き合わせた。
何故こいつは、初対面の相手の前でガムを噛み続けているのだろうか。
そして新レッドが手でもてあそんでいる拳銃は本物なのだろうか。
色んな疑問が、ブルーの頭の中でグルグルと回る。
「ご紹介しますわ。網走支部から呼び寄せた、ウィルとラマーのビクトリー兄弟ですわ!」
「……冗談キツいぜ!!」
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