時は戻って三日前、林太郎が囚われの姫君よろしく仇花を散らしていた頃。
ザコ戦闘員たちの合同居住区、極悪軍団ザコ宿舎ではささやかな宴が執り行われていた。
「みんなお疲れさまだオラウィ。初月からなかなか良いすべり出しだオラウィ。キリカCEOから労いの品を頂戴したからみんなで仲良くわけるオラウィ!」
「「「わーい! フリカケだウィーーーッ! 味のする食べ物だウィーッ!」」」
極悪軍団のザコ戦闘員たちは、一番人気の“のりたま”をじゃんけんで公平に取り合っていた。
みじめを通り越してもはや見るに堪えない光景であったが、覆面の下に隠された彼らの顔はみな笑顔である。
「売れ残りの商品もいただいてきたオラウィ! グミを溶かして作った偽装キャビアと、バングラディシュから輸入した日本酒だオラウィ!」
「「「味のしないパンと賞味期限の切れかかった牛乳で一ヶ月間奴隷のように働いてきた甲斐があったウィーッ!」」」
キリカCEOから1日19時間労働を課せられた彼らにとって、今日はゆうに30日ぶりの休暇であった。
苛酷すぎる労働環境からの解放の反動で、幸せのハードルが極端に下がっているのだ。
ザコ戦闘員たちは久方ぶりに羽根を伸ばし、おおいに飲み、食い、歌い、笑いあった。
そんなささやかな平穏は、ひとりの少女によってぶち壊された。
「あれ? サメっちさんどうしたウィ?」
「お金ッスゥ!」
「ぐえええウィーーーッ!!」
宿舎のロビーに乱入したサメっちは、ザコ戦闘員のひとりを捕まえてその黒いタイツをぐいぐいと引っ張った。
「お金いっぱいチャリンチャリン稼ぐッスゥ!」
「やめてウィーッ! 伸びちゃうウィ! 伸びて戻らなくなっちゃうウィ!」
「サメっちさん落ち着くオラウィ! いったいなにごとオラウィ?」
突然現れてカツアゲまがいのことをしでかす少女に、ザコ戦闘員たちも困惑する。
対応に困ったザコ戦闘員に、サメっちは握りしめられてくちゃくちゃになった収支報告書をひろげてみせた。
「サメっちもキリカみたいにお金がっぽり稼ぎたいッス」
「なんでまた藪から棒に……お小遣い足りてないウィ?」
「今すぐじゃぶじゃぶ稼いで、サメっちもちゃんと役に立ってるってところをアニキにアピールするッス」
サメっちは極悪軍団内で急激に存在感を増す湊と桐華に対し、なんら功績を示せていない自分に焦りを感じていたのだ。
林太郎はサメっちに多くを求めないが、思い返せば最近はただのマスコットと化していたのも事実である。
ようするにサメっちの言い分は、自分も極悪軍団の家計を支えるのにひと役買いたいということであった。
「楽してじゃりんじゃりん儲けるッスゥ!」
「そんなこと急に言われても困るウィーッ! ああ……引っ張らないでウィーッ!」
だがそもそもキリカCEOの指示通りに動いていただけのザコ戦闘員に、楽してがっぽり儲けるノウハウなどありはしない。
ザコ戦闘員たちは支給品の黒タイツをべろんべろんにされながら、狭い宿舎内を逃げ惑うばかりである。
「ひえええ! お金持ってませんウィ! 勘弁してくださいウィ!」
「いいから手伝ってッスゥ! サメっちの“あいでんてぃてぃー”の危機ッスゥ!」
サメっちの大立ち回りは、さながらSF映画で平和な宇宙ステーションに放たれたクリーチャーが如くであった。
けして剥ぎ取られてはならないザコ戦闘員の布マスクがびよーんと引っ張られ、今にも素顔があらわになろうとしたその瞬間。
「ちょっと待ったニャァーーーン!!」
騒ぎを鎮める甲高い声が宿舎のロビーに響き渡る。
扉を開け放ち現れたのは、もはや見慣れたふたりの部外者であった。
「おやおやサメっちぃ、水臭いニャンなあ! 儲け話なら私たちに相談してくれればいいニャンものを……!」
「……お金のことなら任せるワン……むしろ僕たちにはそれぐらいしか取り柄がないワン……悔しいワン……口惜しいワン……」
ネコミミを生やしたバーテン服の少女、猫又怪人ニャンゾ。
そして泣きそうな顔の人面犬ならぬ犬面人、負犬怪人ネガドッグ。
ベアリオン麾下百獣軍団の金庫を預かる稼ぎ頭のふたり組、通称“猫犬コンビ”である。
「ふたりともサメっちを手伝ってくれるッスか!?」
「ニャフフ。私たち、耳のはやさとお金稼ぎには自信があるニャンなあ。ミナトの件でこっぴどく叱られたからここらで汚名返上を……ゲフンニャフン! 100%の善意だニャン」
「……サメっちも極悪軍団も、みんな僕らの家族だってオジキが言ってたワン……。……困ったときはお互い助け合いだワン……そう、お互いに……ワン」
「わぁい、ありがとッス! サメっち感激ッス!」
喜んで抱きつくサメっちの頭をよしよしとなでながら、ニャンゾとネガドッグはニヤリと視線を交わす。
ザコ戦闘員たちはそんな微笑ましい様子を見て胸をなでおろした反面、言いようのない不安にかられた。
ベアリオン将軍やウサニー大佐ちゃんの陰に隠れて目立たないが、ニャンゾとネガドッグの“シノギ”の腕は確かだ。
百獣軍団の稼ぎは、組織そのものが巨大財閥であるタガラック将軍の絡繰軍団には遥かに及ばない。
かといってザゾーマ将軍こと世界的マジシャン『SHIVA』が率いる奇蟲軍団のように、一夜の興行で組織全体を賄えるほどの収益性もない。
にもかかわらず百獣軍団がエンゲル係数の高い組織体を維持できているのは、彼らシノギ担当のビジネスがしっかりと屋台骨を支えているからに他ならないのだ。
噂によると大所帯を維持するため、そうとうあくどいことにも手を染めているという話である。
「待ってくださいオラウィ! サメっちさんにもしものことがあったら俺たちがデスグリーンさんにどやされますオラウィ!」
サメっちを連れ出そうとするふたりに追いすがったのは、極悪軍団ザコ戦闘員を取りまとめる狼男のバンチョルフだ。
実際サメっちの身に危険が及ぶようなことがあれば、彼らは“どやされる”では済まないだろう。
だが彼らザコ戦闘員の焦りを煽ることこそ、猫犬コンビの狙いであった。
ふたりの怪人はサメっちには見えないようニタリと笑うと、今度は満面の笑みでバンチョルフたちに向かい合う。
「そーれーはー……好都合ニャンなあ! うんうんわかるニャンぞ。サメっちひとりを送り出すのは忍びないニャンな」
「……どのみち人足は必要だワン……立候補してくれるならそれに越したことはないワン……」
「サメっち喜ぶニャンぞ! ザコ戦闘員のみんなも全面的に協力してくれるそうニャンな!」
「ほんとッスか!? わーいありがとッスみんなぁ! これでアニキも大満足ッス!」
無邪気に両手を挙げて喜ぶサメっちの姿とアニキの名を前にして、もはやザコ戦闘員たちに断るすべは残されていなかった。
…………。
新宿歌舞伎町。
首都圏中のありとあらゆる快楽が集められ、日本最大規模の経済効果を生み出す大歓楽街である。
持たざる者は片っ端からネオンの輝きに身を焼かれる東京の誘蛾灯。
しかし金さえ積めば、赤の他人であっても聖母の如く優しく包み込む夜の街だ。
混沌とした街並みが織りなすビルとビルの間に生まれた狭い路地裏に、怪しい青いテントが立っていた。
テントの周りにいくつも掲げられた看板には、いかにも怪しげなフォントでこう書かれている。
『元祖熱海発本格派! 占いの館・BB鮫島』
『本場イギリスのスピリチュアルマスター検定特S級占星術師』
『ドバイセレブ御用達の国際予言カウンセラー緊急来日』
『現役アメリカ大統領が推薦する驚異の的中率256%!!』
まるで虚飾という名のガレキを雑に積み上げたボダ山である。
富士山の上でおにぎりを食べる100人のガキんちょどもでも、もう少し小さめの風呂敷を敷くだろう。
ご立派に過ぎるぶっ飛んだ店構えに、ザコ戦闘員たちは開いた口がふさがらなかった。
「むふふん、これなら大盛況間違いなしッス!」
「胡散くさすぎて下手なバリケードより人を寄せつけないオーラを感じるオラウィ……。ねえサメっちさんほんとにやるオラウィ……?」
「サメっちじゃないッス! ボンゴレビアンコ鮫島ッス!」
「それアサリのパスタだオラウィ……。あとBBじゃなくてVBだオラウィ……」
サメっちは気合十分とばかりに、深い海色のヴェールを着込んでいた。
手に持っているのは霊験あらたかな水晶玉ではなく、免税量販店で買ってきたなんの変哲もないガラス玉である。
こんな雑なコスプレで、未来を予見するなどといった芸当が果たして可能なのだろうか。
不安にかられるザコ戦闘員たちの肩を、猫犬コンビが叩く。
「ニャフフ……それじゃあひと働きしてもらうニャンな」
「予知する必要なんてないワン……未来は作り出すものだワン……」
…………。
天幕の内側はロウソクの炎で怪しく照らされ、鼻を刺すほどの香が焚かれていた。
強引に連れてこられ肩をびくつかせる客の前で、BB鮫島はガラス玉に語りかける。
「フカヒレピッチ……サメピッチ……。見えるッス……100本のエビフライが空を飛ぶであろうッス……」
「……ほ、ほんとですかぁ……?」
「ボンゴレビアンコ鮫島の占いは嘘つかないッス。なんなら今すぐ確かめてみるッスよ」
突飛な予言が行われているその裏で、ザコ戦闘員たちに向かって無線が飛ぶ。
『お前ら仕事ニャンぞ! ハトをたくさん捕まえてエビフライ括りつけて空に飛ばすニャン!』
「そんな無茶苦茶なオラウィ!! ええいクソッ! やってやるオラウィーッ!」
そう、占星術や超能力など最初からなにひとつ必要としていないのだ。
サメっちが適当に占った通りの未来をザコ戦闘員たちが死ぬ気で作り出せば、予言の的中率はおのずと100%になるのだから。
その後も彼らはサメっちが雪が降ると言えば、コンビニで買ってきたロックアイスを砕いてビルの上から撒き散らし。
世界が闇に包まれると言えば、建物に忍び込んで変電設備を破壊した。
100%当たるトンデモ占いの噂はあっという間に歌舞伎町の隅々へと知れ渡り、テントを構えた翌々日には店に長蛇の列ができるほどであった。
「ニャハハハハーッ! 鬼の居ぬ間にぼろ儲けだニャン!」
「……うまくいったワン……これがサメっちの分け前だワン……」
「わぁいッス! 5万円も稼いじゃったッスゥ!」
「いやいやちょっと待つオラウィ! あれだけボッタくって5万円なわけないオラウィ!!!」
明らかに労働に見合わぬ対価である。
ザコ戦闘員代表のバンチョルフは追いすがった。
古巣の家族だかなんだか知らないが、堂々としたピンハネを見過ごすわけにはいかない。
疑うことを知らない純粋なサメっちをフォローできるのは、今のところ自分しかいないのだから。
「2日間の売り上げ総額が500万円。テント代が5万円。衣装代が5万円。経費が10万円。私たちへのコンサル料が475万円だから計算は間違ってないニャンな」
「待て待て待てオラウィ! コンサル料がどう考えても高すぎるオラウィーーーッ!!」
バンチョルフのツッコミに、猫犬コンビは顔を見合わせると大きな溜め息をついた。
そしてやれやれとばかりに肩をすくめる。
「甘いニャンなあ。私たちは『やらせてる』んじゃなくて、『やりかたを教えてる』んだニャンぞ」
「……他ならぬサメっちに頼まれたから……秘蔵のノウハウを伝授しているんだワン……」
「その通りニャンな、これは授業料だニャン! 知識は金なりニャンな!」
「……経験を買うことに投資を惜しむのは貧乏人のすることだワン……悲しいワン……」
林太郎や桐華といった、怖い上司の不在を狙った悪質な搾取であった。
確かに出汁に使われたサメっちは満足しているし、労働契約も結んではいないのだが。
ふたりに言いくるめられながらも、バンチョルフが抗議の声をあげようとしたそのとき。
狭い路地の入口から、これまた聞き慣れた男女の話す声が聞こえた。
「ここが冴夜ちゃんによく似た占い師がいる路地ですよ朝霞さん!」
「冴夜かどうかはともかく、怪人の仕業であることは間違いありません。警戒してください暮内さん」
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