極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第七十話「爆発するほど抱きしめて」

公開日時: 2020年9月8日(火) 22:03
文字数:3,675

 なみなみと夜をたたえた空から、白い結晶が降り注ぐ。

 東京の夜景をその背に負って、少女と怪人は何度目かの邂逅を果たした。


「あなた、本当は誰なんですか?」


 その一言はあまりにも重く、鋭く、そして哀願に満ちていた。

 林太郎はその言葉の意味を理解するまでに、呼吸を数度重ねた。


「なにを言ってるのかな? 僕は栗山林太郎の弟、森次郎ですよよよ?」


 見るからに狼狽する林太郎に、桐華がツカツカと近づく。

 そしてまるで全てを見透かしているかのように、林太郎に語り掛けた。


「先日ご実家まで、ご挨拶にあがらせていただいたんですよ。お母様は本当にいい人で……」

「な、なかなか積極的なんだね……あはは」

「私とあなたが初めて会ったあの日、写真付きの国際郵便が届いてましてね。年賀状というやつですか、律儀なことで毎年送られているとか」


 林太郎は冷や汗をダラダラと流しながら、自分の軽率さを後悔した。

 やはりタガラックの警告に従って、もう桐華と会うべきではなかった。

 まさか桐華がここまで行動的に、栗山森次郎という男の素性を探りに来るとは。


 林太郎はこのなりすまし作戦に、少なからず自信を持っていた。

 その根拠は、万が一にも桐華と森次郎がばったり直接顔を合わせることはないからだ。

 なぜなら今、森次郎がいる場所は……。


「日差しが厳しかったでしょう。赤道直下ですもんね」


 本物の森次郎は今、国際結婚をしてアフリカはケニアのナイロビで家族と一緒に暮らしているのだ!

 去年一度実家に帰ってきたとき久々に顔を合わせたが、もう真っ黒に日焼けして血の繋がりなど微塵も感じられないほどであった。


「はうっ……はぶるるるる……!!」

「もう一度お伺いします。あなたは誰ですか?」


 林太郎はこの期に及んで、黛桐華のバイタリティを甘く見積もっていた。

 こうも証拠を握られては、もはや隠し通すことはできない。

 あとはこの黛桐華という女が、自分の正体を知ってなお命を取らずにいてくれるかどうかである。



「ふーっ、やれやれ……年貢の納め時か」



 サメっちによってアークドミニオンへ連れてこられてから、ちょうど一ヶ月が経とうとしていた。


 ビクトレンジャーをはじめ、壊滅させたヒーローチームは30を超える。

 巨大ロボを8体破壊せしめ、神保町とさいたま新都心を更地にした。


 我ながら随分やったと思う。

 もし捕まれば、極刑は免れないだろう。


 だが仮にも林太郎は怪人の、サメっちのアニキである。

 諦めの悪さには定評があるのだ。

 せいぜい、足掻かせていただこうではないか。


 林太郎はデスグリーン変身ギアを構えた。


「名推理だな黛、ヒーローを辞めて私立探偵にでもなったらどうだ。ただし、今度からホシを挙げる時は機動隊を連れてくるんだな」


 ギアのVエンブレムが高速で回転する。

 林太郎の身体が、緑の光に包まれていく。


「冥土の土産に教えてやろう。俺の名は栗山林太郎。またの名を、極悪怪人――――」


 渾身の名乗りをさえぎり、林太郎の胸元に衝撃が走った。

 桐華は変身途中の林太郎にタックルを食らわせ、その身体を押し倒す。


 地面に叩きつけられた林太郎は、その拍子にデスグリーン変身ギアを取り落としてしまった。


「のわァーーーッ!? しまったァァーーーーッッ!!!」


 デスグリーンに変身できなければ、身体能力で桐華に劣る林太郎に勝ち目はない。

 馬乗りになった桐華に、いとも簡単に生殺与奪の権利を握られてしまった。

 林太郎は両手をバタバタと振り回しながら、情けなく命を乞うた。


「アァー!? 違うんですぅ! ボク森次郎だよ! 栗山林太郎じゃありませぇーーん!!」

「どうして……」



 林太郎の頬に、雪とは違う冷たい雫がこぼれ落ちた。



「どうじでそんなウソつぐんですかぁ……」

「まゆ……ずみ……?」


 桐華はその、青い瞳からボロボロと大粒の涙を流していた。

 嗚咽が喉をつき、そのたびに細い肩が上下に揺れる。


 常にクールで感情希薄といわれ、相対する者には恐怖すら与えるその整った顔が、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。


「なんですぐに本当のこと、言ってくれなかったんですかぁ……」

「だってほら、黛ってば本気で俺のこと殺そうとしてたじゃないの」

「センパイのバカぁ……! バカーーーッ!!!」


 桐華は馬乗りになったまま、林太郎の胸や頬をポカポカ叩く。

 そもそもの身体スペックの高さゆえか、そこそこ腰が入っていて痛い。


「わああぁぁぁぁぁ! うあああぁぁぁぁん!!」

「ぐふッ! ゲッフゥッ! 待って許して黛、俺死んじゃう……!」


 林太郎が耐えかねて桐華の腕を取ると、その身体はまるで支えを失ったように林太郎に覆いかぶさった。

 胸元に黛桐華の、その肩書きに似合わぬほど軽い体重を感じる。


 林太郎が顎先に触れる白銀の髪に手をやると、一瞬その身体がビクンと跳ねた。


 お互いの鼓動を感じながら、ただ降り積もる雪が桐華の背中と、林太郎の頬を濡らしていく。



 それからどれぐらい経っただろうか。

 仰向けに押し倒され空を見上げる眼鏡が雪に覆われた頃、林太郎は小さく呟いた。


「悪かったよ、意地悪して」


 桐華はゆっくりと身体を起こし、べとべとになった林太郎のシャツから顔を引き剥がした。

 ジトッと林太郎を見上げる鋭い目元は、真っ赤に腫れていた。


「いいですよもう、センパイの意地悪には慣れてますから……」


 先に立ち上がった桐華は、お尻についた泥をはたくと林太郎に手を差し伸べた。

 背中を泥だらけにした林太郎は、桐華の手を取りその細い腕に体重を預けて立ち上がる。


 その瞬間、林太郎が立ち上がる勢いそのままに、桐華は林太郎を力づくで抱き寄せた。

 林太郎より一回り華奢な身体で、強引に林太郎を引き寄せ抱きしめる。


「ごめんなさい……センパイ……もう私、我慢できません……」

「おおおい!? なんだ、まだ足りないってのか!?」


 思いもよらぬ行動に、林太郎は三度驚かされる。

 わざわざ人気のない場所を選んだのは、まさかこのためだったのか。

 埋めるとまで罵倒していた黛桐華が、これほどまでに林太郎を想っていたとは!


「私の中から……アツい、のがっ」


 桐華はハァハァと呼吸を荒げ、林太郎の頬に熱い吐息を吐きかける。

 ここまでされて何も察せないほど、栗山林太郎は鈍感野郎ではない。

 据え膳食わねば男の恥であるとばかりに、桐華の細い腰に腕を回した。


「い、いいんだな!? 合意と見てよろしいんだなっ!!??」

「苦しい……もう、あふれ、ちゃ」


 林太郎の紅潮する耳元に、桐華はその薄く湿った唇を寄せた。

 そして透き通った、しかし温かい声で呟く。




「ありがとう……最期にセンパイと会えて、私は幸せでした……」




 ドンッと両手で突き飛ばされたかと思うと、林太郎の身体は宙に浮いた。

 いきなりの拒絶と同時に、天地がぐるりとひっくり返る。


「うおおおおッッ!? そんなぁーーーーーッッ!!??」


 林太郎は10メートルほど放り出され、かろうじて受け身を取った。

 とっさに身構えた林太郎は、そこで“黒い光”を目にした。



「おい黛! 何だそれまゆずみぃッ!」



 桐華の全身を包むそれは、ヒーローが変身するときとはまるで真逆の、拡散ではなく収束する光。


「うあっ……うあぁぁぁッ……!! もう、我慢できないよォッッ!!!」


 苦しそうなうめき声と共に、桐華の身体が今までのそれとは“違うモノ”へと変質していく。



 衣服が破れ、腕や足はまるで騎士の装甲と見紛うほどの硬質な鱗に覆われる。

 その黒い甲殻は、桐華の真っ白な肌を這うように広がり半分ほどを覆い尽くした。


 身体の何倍もあるような、長い尾がずるりと首をもたげる。

 その小さな背中からは、翼竜を彷彿させる巨大な翼が左右に大きく開かれる。


 白銀の髪の間から、2本の真っ黒な角が後頭部に流れるように突き出し。

 血のように真っ赤に染まった2つの眼が、闇に鈍く煌いた。


 その姿はまるで、いやまさに怪人と呼ぶに相応しいモノであった。



「怪人……覚醒……!?」



 全人類共通の、古来より避け難い悲劇として紡がれ続ける物語。

 存在そのものが大罪とされる、人ならざるモノへの変貌。


 それが意味するところは、人間社会との完全にして不可逆なる隔絶である。



「冗談だろおい! まゆずみいいぃぃッッ!!」



 林太郎は死に物狂いで、覚醒しつつある桐華に走り寄る。

 しかしその太い尻尾が林太郎の腹を薙ぎ、その身体を展望台から放り投げた。


「うそぉぉぉぉぉぉぉん!!!!??」


 空中に放り投げられた林太郎はその黒いエネルギーの奔流の中に、桐華の微かな笑顔を見た。

 枯れ枝をバキバキとへし折りながら落下し、背中にドスンと衝撃が走る。



 直後、空が闇色に光った。



 怪人と化した桐華の全身から、黒い衝撃波が放出される。

 それは小隕石の衝突にも匹敵する、エネルギーの噴出であった。

 大地を抉り、周囲数キロメートルの木々をなぎ倒し、展望台は跡形もなく粉々に破壊された。




 …………。




 大爆発に巻き込まれた林太郎が、土の下から生還したのは翌早朝のことであった。


「ほ、ほんとに埋められるとは……」


 土からもぞもぞと這い出し、思わず太陽の光に目を覆う。


 視界が明るさに慣れたころ林太郎の目に映ったのは。

 えぐれて半分消失した高尾山であった。



 雪は、まだ降り続いていた。


今日の更新はここまで。

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