ヒーロー本部が発足してから50年。
毎年数多のヒーローたちが生まれては消えていく。
栄枯盛衰の中にあって唯ひとり、不朽の“英雄”と呼ばれる男がいた。
50年間、ヒーロー本部を支え続けた男。
英雄、アカジャスティス・守國一鉄。
みな彼に憧れてヒーロー学校の門を叩いたものだ。
ゆえにヒーローたちはいつも英雄とともにあった。
羨望、信頼、そして誇りを抱き、英雄という永遠の精神的支柱にすがった。
風見正行という男もそのひとりだった。
守國が引退を表明したあの日、風見の心を支えていたなにかが手のひらから転がり落ちた。
“英雄”には不朽も永遠も存在しないことを思い知らされた。
…………。
「ならば僕の手で作り出すんだ、永遠の精神的支柱を。今度こそ真に不朽不滅の英雄を!」
風見の手に握られているのは、“英雄”ビクトレッドのヒーロースーツに仕掛けられた高性能爆弾の起爆スイッチである。
最期の瞬間まで怪人に立ち向かった暮内烈人の名は、未来永劫語り継がれることだろう。
現在そして未来に至るまで、全てのヒーローが等しく胸に抱く憧憬として。
「さようなら英雄よ! そしてハッピーバースデイ!!」
ズズウウウウウウウウン!!!!!
その爆発のあまりの衝撃に、神田神保神の操縦室さえも大きくゆれる。
戦場にいた者は、誰しもがその大きな爆発音を耳にした。
ヒーロー職員たちも、怪人たちも、そして当事者たる暮内烈人自身も。
「朝霞さん、朝霞さん苦しいです……ぐえええ」
死を覚悟しせめて少しでも爆風の影響を抑えようとしたのか、はたまた別の理由か。
烈人の身体を力いっぱい抱きしめていた朝霞は、我に返って顔を上げた。
目の前には未だ状況がよく飲み込めていないのか、キョトンとした顔の烈人がいるではないか。
「……暮内、さん……?」
「はい、俺です!」
爆死どころか元気いっぱいに返事をする烈人。
朝霞の胸に確かな心臓のリズムが伝わってくる。
烈人から身体を離すと、朝霞は改めて烈人の胸板に手を当て生命の鼓動を確かめた。
「あの、朝霞さん! くすぐったいです!」
ところどころに刻まれた傷をなぞりながら、朝霞はふとあることに気づいた。
風見から朝霞へ、そして烈人へと手渡されたスーツは新品のおろしたてだったはずだ。
それがどうだこのボロボロ具合は、まるで宿敵との激闘を潜り抜けてきたようではないか。
「暮内さん、このスーツは……? まさか……」
「えっと、その俺……なんだか新しいやつ着るのはもったいなくて、ロビーにあったやつと取り変えちゃいました! ダメでしたか?」
「ではさきほどの爆発は……」
朝霞はおそるおそる轟音と爆炎の出どころに目を向け、そして言葉を失った。
続いてその有様を目にしたなにも知らない烈人が、大声で叫ぶ。
「か、神田神保神が! なんてこったああああああああッ!!!!!」
神田神保神の内部では、オペレーターたちがモニターに次々と表示される警告に慌てふためいていた。
突然の衝撃と緊急事態を知らせる警報に、風見自身も理解が追いつかない。
神田神保神はその超巨体ゆえに、異常の発生原因を即座に把握することが困難なのだ。
混乱の中、オペレーターのひとりが真っ青な顔で状況を報告する。
「か、風見長官……! 腰部のAブロックで大規模な爆発があった模様です……!」
「Aブロックだって……!?」
Aブロック、誰もが最初に訪れる区画。
そこは神田神保神が“ヒーロー本部新庁舎”として機能する際、玄関ロビーにあたる区画だ。
そして玄関ロビーの中心に飾られていたのは、ガラスケースに入れられた赤い英雄のヒーロースーツである。
「まさか……まさかまさかまさか、まさかまさかまさかまさかまさか!?」
風見の脳内が、視界が真っ白に染まっていく。
――その、まさか、であった。
新たな強いヒーロー本部の象徴として飾られていたボロボロの赤いスーツは、烈人の愛着心ともったいない精神によって新しいスーツと入れ替えられていたのだ。
もちろん、風見が高性能爆弾を仕掛けたのは“新しいスーツ”のほうである。
「腰部装甲の亀裂拡大! 脱落します!」
「バカな……そんな、ありえない……!」
装甲の崩れた場所から、超巨大ロボ神田神保神GODの内部が露出する。
超巨大移動要塞の大手門が、無防備にも開け放たれたのだ。
そしてその絶好の機会を見逃すほど、絡繰将軍の目は節穴ではない。
「ようもやってくれたのう、億兆倍にして返してくれるわい!! スキありゃりゃりゃーーーーーーッッッ!!!」
ズズンと腹に響くような振動が、神田神保神の操縦室にまで響く。
タガラバトリオンの残された右腕が、装甲の剥がれた神田神保神の腰に突き刺さった。
突き立った腕部は、ボロボロにされたタガラバトリオンと神田神保神を繋ぐ橋となる。
「皆の者! 道が拓けたぞい! 今じゃ乗り込め乗り込めーーーッ!!!」
「「「「「おおおおおーーーーーーーッッッ!!!」」」」」
鋼鉄の橋を駆け抜け、鬱憤を溜め込んでいた怪人たちが一斉に神田神保神の内部へと雪崩れ込む。
中でも百獣軍団の飢えっぷりには目を見張るものがあった。
「いいか野郎どもお! 白兵戦ならオレサマたち百獣軍団が最強だってことを見せつけてやるぞオラアアアアア!!!!!」
「「「「がおおおおおおおおおッッッ!!!」」」」
ここが見せ場だとばかりに雄々しき咆哮が轟く。
一騎当千の猛獣たちが、パニックに陥るヒーロー職員たちに襲い掛かった。
「貴様らに本物の闘争というものを教えてやる! 電撃ビリビリムチ!!!」
「オジキやアネゴにばっかり良い格好はさせやせんぜ!」
「やっとまともに戦えるニャン。身体が動かせないとストレス溜まるニャンな」
「……ずっとサンドバッグで悔しかったワン……口惜しいワン……」
熊が殴り、兎が蹴り、チーターが裂き、猫が叩いて、犬が斬る。
悪の怪人組織、秘密結社アークドミニオンによる一方的な蹂躙がはじまった。
もはや絶対安全と思われていた神田神保神の内部は、柵のないサファリパークと同じかそれ以上の地獄だ。
「第5機関室機能停止! 第3機関室でも戦闘発生!! 風見長官、ご指示を!!」
「Dブロックで火災発生! Eブロックの隔壁も突破されました!! 長官、指示をください!!」
各所からあがってくる報告も、もはや風見の耳には入らない。
烈人の魂を受け継ぎ、彼の遺志をヒーローたちに伝え覚醒を促す。
そのために風見は烈人の英雄化、ひいては神格化を計画した。
風見が描いたその“英雄計画”は、ほんの小さな綻びから崩れ去ろうとしていた。
「風見長官ご指示を! 長官! 長官!!!」
放心していた風見は、己を呼ぶ声で我に返った。
そしてオペレーターたちに慌てて指示を飛ばす。
「はっ……あ、ああ、すぐに対応するんだ!! なにをしている急げ!!」
「しかしそれだと神田神保神の動力が!」
「中に入り込まれて動力もなにもないだろう!! 怪人どもを追い出すんだ!! 数の上では我々のほうが有利なはずだ!!!」
まだ終わっていない、難局ならば現役時代にも何度か乗り越えてきた。
英雄計画を練り直すためにも、この場を乗り切らねばならない。
風見は自分にそう言い聞かせ無線を手に取った。
「第1機関室聞こえるかね!? すぐに侵入者の対応にあたりたまえ! 乗り込んできた怪人たちはせいぜい20体強といったところだ、十二分に勝機はある!」
この神田神保神には、巨体の動力を維持するため200名以上の職員が乗り込んでいる。
特にメインエンジンとなる第1機関室には、およそ半数にあたる100名近いヒーローたちが控えているのだ。
万が一ここが落ちれば敗北といっても過言ではない。
「どうした第1機関室、応答したまえ!」
『はい、こちら第1機関室の黛です。うっかり守備隊全滅させちゃいました、てへぺろー』
「な……なんっ……」
神田神保神内部、メインエンジンルームこと第1機関室。
神の心臓はヒーロー職員たちの呻き声で埋め尽くされていた。
誰も彼もが、肩や背中の峰打ち傷を押さえてうずくまっている。
あるいは無数の剣で標本のように壁に貼り付けられ、ぐったりしていた。
死屍累々の中心に立つのは、白銀の髪を揺らす黒いジャケットの少女。
そして肩で息をする赤いコートの長身乙女である。
汗だくの湊に対して、桐華は整った白い顔に汗ひとつかいていない。
「はあ、はあ、し、ししし、死ぬかと思ったよおおおお!! だから後続を待とうって言ったのに! 言ったのに!!」
「標的が多いほうがいっぱい試し斬りできていいじゃないですか。せっかく愛刀も手元に戻ったことですし」
桐華の手には、刀身が真っ黒に染まったひと振りの刀が握られていた。
――銘は“クロアゲハ”――。
かつて湊こと剣山怪人ソードミナスが数多の実験の末に生み出した最高傑作であり、ビクトブラックであった桐華の固有武器である。
ヒーロー本部新庁舎の長官室に忍び込んだ際、サメっちが持ち帰ったもののひとつであった。
屋内のような閉所においては、怪人態の桐華では大きな翼が邪魔になる。
その点このクロアゲハならば取り回しがききやすく、誤って機関室を火の海にすることもない。
「やはり手に馴染みます。それに木刀なんかよりもずっと丈夫で……いい仕事してますねこれは」
「いや、その、うん……。頼むからもう一本欲しいとか言い出さないでくれよ」
苦笑いする湊をよそに、桐華は未だ通話中の無線を拾い上げた。
通話越しにかすれた息遣いが聞こえてくる。
「そうそう風見長官でしたっけ? 言い忘れていました。そっちにすごく怖い人が行ったので降参する準備しておいたほうがいいですよ」
桐華がそう口にするや否や、無線から無数の発砲音が響き渡った。
続いてオペレーターたちが逃げ出す足音と悲鳴が聞こえる。
「おや、もう到着したみたいですね」
無線をポイと放り投げると、桐華は呻くヒーローたちを気にする湊の袖を引っ張って機関室を後にした。
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