極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第二百三話「鮫島先生の100%当たる恋占い」

公開日時: 2020年11月2日(月) 18:03
更新日時: 2020年12月16日(水) 20:00
文字数:3,888

 薄暗いテントの中は香の煙で充たされ、テーブルを挟んだ椅子には青いヴェールをまとった美女が座っていた。

 彼女こそ100%の的中率を誇ると噂される占いの館の主・ボンゴレビアンコ鮫島その人である。


 館とは名ばかりのテントを訪れたのは、20代前半と思しき女であった。

 化粧っ気は薄いものの、顔立ちの良さから夜の仕事をしているように思われる。


 しかしさすがに胡散臭い占い師を頼ったことを知られたくないのか、頭にはキャスケットを深く被って目元を隠していた。


 戸惑う客の女性に、ボンゴレビアンコ鮫島に扮した朝霞が声をかける。


「ようこそお越しくださいました。私がボンゴレビアンコ鮫島です」

「はい……あの、なんか動画で見るよりずいぶん大人びていらっしゃるというか……別人っぽくないですか?」

「遠近法です。お気になさらず」

『そいつは無理があるよ朝霞さん!』


 不意にどこからともなく聞こえた男の声に、客の女性はテントの中を見回した。

 しかしここにいるのは占い師と客である自分のふたりだけで、あとはふたりの間に黒いテーブルクロスのかかった小さな机があるだけだ。


「迷える稚魚よ、どうかされましたか?」

「あの。今、男の人の声が……」

「精霊の類です。お気になさらず。フッ!」

『……ぐおおあ……ぐるじいでずあざがざん……! ぎぶ……ぎぶ……!』


 世にも恐ろしげな声がテントに響く。

 まるで首を絞められているかのようにもがき苦しむ男の声に、客の女性はドン引きであった。


 しかしなにせ100%当たる占いである、精霊の一匹や二匹いてもおかしくはないだろう。

 その精霊さんが今まさに、テーブルの下でレッグチョークをかけられているなどとは思うまいが。


「続けましょう、どうぞお掛けになってください」

『ごほっ……続けるの!?』

「もちろんです。一般客を装った怪人組織の協力者である可能性も否めません」


 朝霞は声を潜めてテーブル下に隠れている烈人と短く言葉を交わすと、手のひらで客に座るよう促した。


 客の女性は意を決し、すすめられた椅子に腰かける。

 そして胡散臭さをビンビン感じながらも、ありふれた悩みを打ち明け始めた。


「あの……ボンゴレビアンコ鮫島先生。私、長野の実家から東京に出てきてもう二年経つんですが。その、出会いとかが全然なくて……。私このままずっと独りなんでしょうか?」

「迷える稚魚よ、婚活アプリはご存知ですか」

『身も蓋もないよ朝霞さん! せめて占いっぽいことしてよ!』

「……仕方ないですね。では運命の人を占うということでよろしいですね」


 女は両手を握りしめたまま強く頷いた。

 彼女も彼女なりに、覚悟があってこの怪しげな占いの館を頼ってきたのだろう。


 朝霞は動画で視聴したボンゴレビアンコ鮫島こと実妹を思い出しながら、ガラス玉に手をかざす。


「ふかひれぴっち、さめぴっち……」

『やっぱり無茶ですよ朝霞さん、占いなんてやったことでしょ?』

「いいですか暮内さん。占いとはバーナム効果とプラシーボ効果の複合によって心理負担を軽減するのが主目的です。適当に気分の良くなることを言っておけばいいんですよ」


 理屈を並べ立てたところでところで、もちろん安物のガラス玉にはなにも映りはしない。

 しかし公安職員としてではなく、ひとりのエセ占い師として迷える女性の力になりたいというのは、朝霞の偽りない本心であった。


「きゃびあぴちぴち、ひれぴちち」

『……朝霞さんちょっとアレンジしました?』

「原文通りです」

『違うよ! ペンギンとペンギンモドキぐらい違ったよ今! 俺は騙されませんからね!』


 朝霞は黙ってふとももに力を込める。

 ミシミシというなにかが挟み潰されるような音と共に、精霊さんの『ぐおお……!』という悪魔のような呻き声がテントを満たした。


「見えました。あなたは犬を飼っていますね」

「犬ですか? 猫なら飼ってますけど」

「じゃあ猫でいいです」

『投げやりにもほどがあるよ朝霞さん! 古代ギリシャのオリンピックでもそんな槍投げないよ!』


 テーブルの下から響くツッコミを無視しながら、朝霞は言葉を続ける。


「あなたのお宅の猫ですが」

「あ、いえ。猫は長野の実家で飼ってるんです」

「今はおひとりでお住まいですか?」

「はい、うちのマンションはペット禁止なので」


 テントの中を長い沈黙が流れる。

 さすがの烈人もこれには絶句であった。


「……仮にあなたが猫を飼っていたとします」

『朝霞さん、今から仮定の話にシフトするのは無謀すぎるよ! ラグビーボールを恐竜の卵って言い張って博物館に飾るぐらい無茶だよ!』

「あの……先生。さっきから精霊さんうるさくないですか? それになんだかテーブルの下から声がするような……」

「覗いてはいけません。覗いたら運命の人が爆発して死にます」

『見ず知らずの運命の人が気の毒すぎるよ! ぐえええッ!!』


 烈人は太腿で頭蓋骨を万力のように加圧されながらテーブルの下でもがく。

 朝霞は脚だけでなく、ついに両手まで駆使して烈人を抑え込みにかかった。


 実際のところテーブルの下に若い男が隠れ潜んでいるというのは、状況的に非常によろしくいない。

 やっておいてなんだが、客に悟られでもしたら警察沙汰になりかねないだろう。


 少しでも客の気を逸らすべく、朝霞は占いを続ける。


「あなたは近いうちに運命の出会いをするでしょう」

「えっ、本当ですか!? どんな人ですか!? 顔は!?」


 まるで池に餌を投げ入れられた鯉のような食いつきであった。

 自分の占いに手応えを感じた朝霞は、ドヤァとばかりに眼鏡をかけ直すと言葉を続けた。


「顔はあります」

『そりゃあるでしょうね! 俺気づいたよ、朝霞さん占い向いてない!』

「イケメンですか!? 誰に似てます!?」

「芸能人には詳しくないので……」

「じゃあ動物! 動物に例えるとなんですか!?」


 順調に占いを続けていた朝霞は、急に言葉に詰まった。


 完全無欠の能力主義である彼女は、そもそも男を顔で判断したことがない。

 ゆえに朝霞の頭には、イケメンの顔のイメージというものがパッと浮かんでこないのだ。


 しばらく考え込んだのち、朝霞は呟くように宣託を告げた。


「……ホタテ」

『そいつ顔ないよ! 朝霞さんどうしてよりにもよってそのチョイスなの!?』

「あの……もう帰っていいですか? お代、ここに置いておきますんで……」


 適当な占いに愛想を尽かしたのか、客の女性は困ったように微笑みながら立ち上がった。

 彼女の悩みはなにひとつ解決していないが、一刻も早くこの場を去った方がお互い幸せになれることだけは明白だ。


「待ってください、迷える稚魚よ」

『朝霞さんもうやめておきましょうよ! お客さん困ってるじゃないですか!』


 意固地になって占いを続けようとする朝霞に、さすがの烈人も止めに入る。

 もはやボクシングの試合であれば、タオルが束で投げ込まれているような状況だ。


 しかし朝霞はまだ戦えるとばかりに、客の女に向かって言葉を投げかけた。


「私が何故、あなたが犬を飼っていると思ったかお伝えしそびれていました」


 生まれつきポーカーフェイスの朝霞が、その目をすっと細めて客を睨みつける。




かわいい尻尾・・・・・・が見えていますよ」




 客の女は驚いて自分のお尻に手を当てる。


「嘘ニャン! ちゃんと隠したはずニャン! ……ハッ!?」


 驚いた拍子に、女が被っていたキャスケットが頭から転がり落ちた。

 あらわになった頭の上には猫のような耳が生えているではないか。



「確保」



 朝霞がそう呟いた瞬間、テーブルの下から飛び出した烈人は客の女を目にもとまらぬ速さで組み伏せた。

 明らかに人ではない女は抵抗を試みるが、腕を背中に回され怪人用の手錠をかけられてはもうどうすることもできない。


「フギャーーーッ! 話せばわかるニャン! 命ばかりは助けてニャン!」

「大人しくしろ怪人め! けど朝霞さんすごいや、どうしてこの子が怪人だってわかったの!?」


 床に転がされた怪人に冷たい視線を送りながら、朝霞はゆっくりと椅子から立ち上がった。


「においですよ。狭いテントでこれだけ香を焚きしめていたのは、特有の獣臭を隠すためだったようですが。木っ端怪人の悪臭は隠しきれていませんでしたね」

「すごいや朝霞さん、鼻がいいんだね!」

「冗談です。見知った顔だったというだけですよ」


 朝霞は眉ひとつ動かさずにそう言うとニャンゾのかたわらにしゃがみ込み、髪を掴んで顔を上げさせた。

 青く冷たい氷雪を彷彿させる目が、生殺与奪の権を握られた哀れな怪人を見下す。


「あ、ああ、謝るニャン、お金も返すニャンから解放してほしいニャン! 後生だニャン、この通りニャン!」

「猫又怪人ニャンゾ。五年前に壊滅した怪人組織“百獣大同盟”の元一員。当時から詐欺と恐喝を繰り返していた指名手配怪人に間違いないですね」

「おおお、思い出したニャンぞ! お前まさかニャン……!」


 なにか言いかけたニャンゾの口に、朝霞は猿ぐつわを噛ませた。

 捕らわれた猫型怪人はもはや叫ぶこともままならず、じたばたともがくばかりである。


 だがその顔は先ほどまでの命乞いとは比べ物にならないほど、恐怖で青く染まっていた。


「あの、朝霞さん。こいつ、今なにか言おうとしてませんでした?」

「怪人の収容は他の者に任せて検分を続けましょう」


 朝霞は懐から通信機を取り出し応援を要請すると、指の関節をぽきりと鳴らしてに手袋をはめ直した。


「暮内さん。怪人が現場に戻ってきたということは、リスクを冒してでも回収しなければならないほど重要なものがこの場に残されているはずです」

「朝霞さん……」

「余計なことは考えず、仕事に集中してください」


 烈人はそれ以上なにも踏み込むことができなかった。

 そこには、全ての他人を拒絶する氷の壁があった。


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