林太郎たちはモニターに映し出された大きな地図と対面していた。
地図には赤い点がいくつか示されている。
「現在各支部と事務所総出で行方を追っていますがウィ……」
「……手掛かりなしか」
林太郎は苛立ちを隠そうともせず爪を噛んだ。
レッドとの決着から既に数時間が経過していた。
しかし未だにさらわれたサメっちについて、新たな情報は得られていない。
眉毛をハの字にしたソードミナスが、おそるおそる林太郎に話しかける。
「実は誘拐じゃなくて、ちょっと迷子になってるだけだったりしないか……?」
「いや、それはない。これは計画的な誘拐だ。まさかヒーロー本部が虎の子のビクトレッドを陽動に使い捨ててくるとはな。くそっ、どうすりゃいい、考えろ考えろ考えろ……」
林太郎は“自分ならば”この状況をどう利用するか、邪悪な頭脳で思案を巡らせる。
例えばサメっちを人質として利用し、芋づる式にデスグリーンをはじめとするアークドミニオンの怪人たちを一掃するというとも可能だ。
なんにせよ極悪怪人デスグリーンとサメっちこと牙鮫怪人サーメガロは、これまで幾度となくヒーローたちの前にふたりセットで姿を現している。
となればサメっちの身柄は、少なくとも極悪怪人デスグリーンをおびき出す餌としては十分機能すると考えるのが道理だろう。
しかし今現在、ヒーロー本部から林太郎への接触はない。
つまりサメっちを利用した取引ではなく、何らかの事情によりサメっちの身柄そのものに目的が変わったと考えられる。
「取引材料としてではなく、怪人そのものを利用する施設……まさか」
林太郎の視線の先には、かたわらで心配そうにモニターを見つめるソードミナスの横顔があった。
「あそこか……ちくしょう、行きたくねえなあ……」
その結論を裏付けるように、神保町を示す赤い点が明滅した。
………………。
…………。
……。
無機質な廊下をひとりの男が速足で歩いていた。
相当に苛立っているらしく、時折通信端末に向かって怒鳴りつけている。
「ちょっとちょっと話が違うじゃないの! あのザコ怪人1匹捕まえるのにどれだけ苦労したと思ってるわけ!? レッドちゃんだって病院送りになったんだよ!?」
彼の名は大貫誠道、勝利戦隊ビクトレンジャーの司令官を務める男である。
大貫が管理するビクトレンジャーは極悪怪人デスグリーンの出現によって壊滅的な被害を受けていた。
「あのちんまい娘を使ってデスグリーンをおびき出す作戦でしょ!? これじゃ作戦が全部パーだよ!! なに考えてるのさ君は!!」
ビクトレンジャー全滅までの経緯を辿ると、その発端はビクトグリーンこと栗山林太郎の左遷から始まる。
いろいろと政治が働いた結果ではあるものの、その人事の最終決定を下したのは大貫だ。
大貫司令官は今、責任追及を免れないところまで追いつめられていた。
そこで作戦参謀本部と共に一計を案じ、大貫自らレッドを当て馬にするという大胆な誘拐作戦を実行に移したのだ。
すべては憎きデスグリーンを討ち、自身の立場を守るためである。
しかしそれも水泡に帰そうとしていた。
「馬鹿にしてんじゃないよ君ねえ。僕と僕の家族の生活がかかってるんだよ? 頼むから考え直してくれよ」
すれ違う職員たちがその剣幕に委縮する中、大貫は地下行きのエレベータに乗り込んだ。
………………。
…………。
……。
薄暗い部屋であった。
窓が無いので今が昼なのか夜なのかもわからない。
少女は乱雑に積み上げられた書類のひとつに目を通してみる。
何ひとつ理解できない言葉がずらりと並んでおり、すぐに頭が痛くなった。
「むう? バイオ……ゲノムの……についてッス……?」
「興味を抱くのは大変結構です。しかしあなたには少し早いかもしれません」
部屋には少女の他にひとりの女がいた。
お堅いスーツに眼鏡をかけたいかにもキャリアウーマン然とした女性は、牙の生えた少女にコーヒーを差し出した。
「お砂糖は10個でしたね」
「もう大人の女だから砂糖なんかいらないッス! あばぁー、苦いッスぅ」
「本当に変わっていませんね。報告書で写真を見たときはまさかと思いましたが、上野公園の一件で確信しました」
「回りくどいッス。なんで直接会いにこないッスか」
「行けるわけないでしょう。あなたは怪人で、お姉ちゃんはヒーロー本部職員なんですから」
そのとき、部屋に置かれた通信端末に赤いランプがともる。
女が端末を操作すると、すぐに落ち着き払った老人の声が聞こえてきた。
『おい朝霞。大貫がなにやら息巻いていたが、大事ないか』
「はい、守國長官。何も問題ありません。引き続き拘束した怪人の監視にあたります」
彼女の名は鮫島朝霞。
ヒーロー本部長官・守國の補佐官を務めている。
そして数年前まで鮫島冴夜、つまりサメっちの姉だった女だ。
「本当に会いたかった、冴夜」
3年前、朝霞は冴夜の姉ではなくなった。
怪人覚醒は誰にでも発症しうる、いわば交通事故のようなものだ。
生まれながらに怪人であったり、望んで怪人になる者もいるが、怪人のほとんどは後天的な覚醒によるものだと言われている。
そして覚醒したその時点で、局地的人的災害と定義され人間社会を脅かす駆逐対象となる。
ヒーローたちの活動の妨げとならないよう、人権派団体への方便としてそう決められているのだ。
周囲の者も含め生活は一変し、たとえ家族であっても一切の接触を禁じられる。
どれだけ固い絆で結ばれた姉妹であったとしても例外はない。
「冴夜って呼ばれると変な気分ッス。アークドミニオンだとみんなからサメっちって呼ばれてるッスから」
「そう、辛い思いをしたようですね。安心してください。これからはまた私と一緒に暮らせます。ここは怪人収容施設ですが、あなたをひどい目にあわせたりはしないよう、職員たちには厳命します」
「アークドミニオンのみんなはいい人たちッスよ!」
「“人”ではありません。怪人です」
朝霞はそう言うと、冴夜の頭を優しくなでた。
冴夜は不安そうに姉の瞳を見つめ返す。
「サメっちも怪人ッス」
「そうですね、しかし私の妹です。お姉ちゃんはあなたのためならば何だってします。他の怪人を逃がしもします。手駒が何人くたばっても構いません」
「お姉ちゃん……」
「怪人どもと一緒にいても、あなたはけして幸せにはなれません。冴夜を守り、幸せにできるのはこの世でただひとり。お姉ちゃんだけです」
…………。
そのころ地上ではひとりの男がヒーロー本部ビル、正式名称“国家公安委員会局地的人的災害特務事例対策本部庁舎”を見上げていた。
「さて、どう攻めたもんかね。こいつは骨が折れそうな仕事だ」
彼の名は栗山林太郎。
数日前ここを追い出された男であった。
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