12月24日夜、時刻は間もなく0時を迎えようとしていた。
ビンゴ大会でもらった低反発まくらは、心労で疲れ果てた林太郎に安らかな眠りをもたらしていた。
「……すやぁ……」
「……ッスヤァ……」
大きなキングサイズベッドには案の定、侵入者の姿があった。
牙の隙間から小さな寝息を立てるトナカイ着ぐるみパジャマの少女。
トナカイさん、もといサメっちである。
林太郎も最初は気づくたびに、ソファへ移動して寝なおしていたものだ。
しかし2週間毎日のように潜り込んでくるものだから、ついに諦めることにした。
同衾と言えば聞こえは悪いが、相手は年端もいかぬ子供である。
良識ある大人を自称する林太郎との間に、間違いなど起こりようもない。
――だがその夜はもう一人、侵入者がいた。
「……よし、よく眠っているな……!」
音を鳴らさぬよう慎重に扉を開き、黒髪長身の乙女は部屋の中の様子を確認した。
そして静かに林太郎たちの眠る寝室へと忍び込む。
「サンタさんがプレゼントを持ってきたぞー……まあ、今起きられても困るんだけど」
成人男性でも見上げるすらりとしたモデルのような背丈に、真っ赤なサンタ服をまとった怪しい女。
それはサンタクロースに扮した剣持湊こと、剣山怪人ソードミナスであった。
かつて林太郎とサメっちに救われた恩に報いるべく、数日前からプレゼントを用意していたものの。
宴会場で二大幹部に挟まれた林太郎には、怖すぎてとても声をかけられなかったのである。
ゆえにこうしてサンタという建前を利用し、林太郎が寝静まるのを待って私室へと忍び込んだのだ。
ただサンタといってもドラギウスのような、テンプレート的おじいちゃんサンタではない。
大型免税量販店で売っているような安っぽいコスプレミニスカサンタである。
その長身やふくよかなバストラインと相まって、丈も胸囲もまるで足りていない。
「うう……もしこんな姿を林太郎に見られでもしたら……!」
しかし、これしかなかったのだからしょうがない。
林太郎はともかく、もしサメっちが起きてしまったら取り返しのつかないことになる。
大人の都合で、子供からサンタクロースの夢を奪うわけにはいかないのだ。
「大丈夫、サッと置いてススッと退散すればいいんだ……!」
ソードミナスは自分にそう言い聞かせた。
そこまで気を揉むのであれば、無理して枕元にプレゼントを置きに行く必要はないだろうと思う。
しかしこのアークドミニオン地下秘密基地に迎え入れられてからというもの、ソードミナスは林太郎とサメっちに感謝しきりであった。
居場所を提供され、みんなに受け入れられたことで“例の発作”もかなり減ったように思う。
このようなことで返せる恩ではないだろうが、できることはしておきたいという純粋な思いが彼女を突き動かしていた。
「形に残る物では重いだろうからな……。そこそこ日持ちのする食べ物にしてみたが、気に入ってもらえるだろうか……?」
そのときベッドの上から声がした。
「うみゅん……アニキのえっちッス……」
「ドキーーーッ!」
ノミの心臓が飛び跳ね、心臓のあたりで出刃包丁が飛び跳ねる。
ソードミナスはなんとか床に転がり落ちる前にその凶器を拾い上げた。
ここで改めて説明しておこう。
ソードミナスは驚くと身体から刃物が飛び出すビックリ体質なのだ!
「……な、なんだ寝言か……!」
“寝て”はいるが眠ってはいないなんてこともありえる話である。
ベッドはただ睡眠を取るための場所ではないのだ。
もし自分がそんな“情事”の真っ最中に忍び込んでしまっていたとしたら、そんなにバツの悪い話はないだろう。
部屋は薄暗くてよく見えないが、林太郎もサメっちもぐっすり眠っているようだった。
危なかった……ソードミナスはその可能性を完全に失念していた。
世間一般ではクリスマスイブの夜、この時間帯を“性の6時間”と呼ぶのだ。
“コトをいたしていた”としても何ら不思議はない。
ソードミナスはホッと胸をなでおろして、ギョッとした。
「はわわわわ……はうあァーーーーーッ!?」
ただでさえピチピチのサンタコスが、下着も巻き込んで胸元からパックリと裂けているではないか!
理由はただひとつ、先ほど胸から飛び出した出刃包丁であった。
「ななななな、私はなんてはしたない恰好を……!?」
慌てて胸元を押さえるも、もともと収まるようなものでもなし。
その姿はサンタさんと言い張るにはあまりにも扇情的であった。
クリスマスイブの夜、プレゼントを寝室に届けるのはお爺ちゃんサンタだから許されることなのだ。
性の6時間、あられもない姿をした年頃の乙女がひっそり寝室に忍び込むことを、世間一般では“夜這い”という。
「ぷぷぷ、プレゼントを置いてさっさと帰ろう! そうしよう!」
ソードミナスは慌てて用意したプレゼントを取り出した。
可愛らしい包装ごしに、ふんわりと甘い香りが広がる。
ソードミナスのプレゼントは、バターたっぷりの手作りクッキーであった。
背が高いので似合わないと言われがちだが、実のところお菓子作りは得意なのである。
小心者ゆえ手先が器用で、マニュアル通りにやることには長けているのだ。
今回はクッキーのほかに、付け合わせでチョコレートソースやいちごジャムも用意した。
もちろん付け合わせから包装まで、すべてソードミナスの手作りである。
ソードミナスは林太郎たちを起こさないよう、プレゼントを枕元に置いた。
暗闇の中、ぼんやりと林太郎の寝顔が見える。
「ううん……お願いだから命ばかりは……」
その男はなんとも情けない寝言を吐いていた。
こうして見ると、最強のヒーロー・ビクトレンジャーを独力で壊滅させたとは思えない。
だがこれでいて、その実態は禁忌とされたヒーロー本部地下収容施設を単身で襲撃し、8体ものロボを完膚なきまでに破壊した極悪にして史上最強の怪人なのだ。
ヒーロー本部のお膝元である東京埼玉地区をその抑圧から解放するなど、これまで誰も成し得なかったし考えもしなかった。
自分を救ってくれたこの男が、それを成し遂げたというのだから驚きだ。
林太郎がいなければソードミナス自身、まだあの暗い地下収容施設で拷問のような実験を受けていたに違いない。
「ありがとう林太郎……メリークリスマス」
ソードミナスはうなされる林太郎の頬に、静かに唇を添えた。
なぜそうしたのかは、自分でもわからない。
強いて言うならば、ソードミナス自身はとても小心者だから、彼にもらったたくさんの勇気が少し溢れてしまったのかもしれない。
熱く紅潮する頬に手を添え、ソードミナスは寝室を後にすることにした。
サンタさんの鉄則はプレゼント以外の証拠を残さないことである。
特に出刃包丁なんて物騒なものを残すわけにはいかない。
ソードミナスも後天的に怪人として覚醒した身だが、行きと帰りで“荷物が増える”というこの体質にも慣れたものであった。
と、そのとき。
「いい匂いッスぅ……いただきますッスぅ……」
ガブリッ!!
ソードミナスのお尻に激痛が走った。
「ーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!??」
クッキーの甘い香りに釣られて、寝ぼけたサメっちが釣り上げられた。
ソードミナスは声にならない声をあげ跳び上がった。
痛みのあまりドタバタ暴れ回るソードミナス。
刃物が飛び散り、天体望遠鏡が倒れ、スチームアイロンが宙を舞い、プレゼントにと用意したいちごジャムの瓶がパリンと音を立てて割れた。
「ぴぎゃァァァーーーーーッッッ!!!」
「なっ、なんだなんだぁーーーッ!?」
その大騒動に、ぐっすり眠っていた林太郎も思わず飛び起きた。
林太郎がベッドサイドの眼鏡に手を伸ばすのと同時に、ソードミナスは食らいついていたサメっちをなんとか引き剥がすことに成功した。
ゴロンと床に転がさえれたジャムまみれのサメっちは、驚くべきことにまだ寝息を立てていた。
「いったい何がどうしたってんだ!?」
林太郎が眼鏡をかけると、そこには凄惨な光景が広がっていた。
薄暗い部屋の中、赤くドロリとした液体が滴り落ちる。
ギラリと殺意をにじませる出刃包丁を片手に、荒い息を吐く長身の女がそこに立っていた。
その女はほぼ半裸に近いボロボロの真っ赤な衣装を身にまとい、今にも泣きそうな虚ろな目をこちらに向けている。
彼女の足元には、無造作に転がされピクリとも動かない、緋色に染まったサメっちの姿が。
それは誰がどう見ても猟奇殺人の現場そのものであった。
「はーっ、はーっ……林太郎、すまないが……もう少し眠っていてくれ……」
「ヒイヤアアアアアアアアアアアアァァァァァァァッッッッ!!!!!」
絹を裂くような男の悲鳴が、クリスマスイブの夜に響き渡った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!