東京で最も高いビル、通称タガデンタワーの最上階では幼女とジジイが子供のような喧嘩をしていた。
「わしの……わしの完璧なプリチュア計画がーっ! だいたい近頃の若いもんは欲が無さすぎるんじゃーっ!」
「我輩は最初っから信じておったもんねー。やーいやーい」
「むきー悔しいーっ! 何故じゃーっ! 見るからに俗物っぽいのにーっ!」
「フハハハハ! 無類の性豪と噂される林太郎が、生身の肉体を捨てられるわけがなかろう。天晴な俗物っぷりであったぞ林太郎よ!」
「聞き捨てならないんですが」
知りたくなかった情報がまたひとつ増えた。
林太郎の進退を巡り、ドラギウスとタガラックは一つの賭けをしていたという。
無論本人には伏されていたが、その内容はこうである。
もし林太郎がタガラックの誘いに乗ったら、怪人デスグリーンの身柄は未来永劫タガラック率いる絡繰軍団の所属とする。
だがもしも、林太郎が誘惑をはねのけたら――。
「我輩が勝ったのだ。“掛け金”は支払ってもらうぞタガラックよ」
「わかっとるわい。林太郎が人間じゃということは誰にも言わんし、データにも残さん。これでいいんじゃろ!」
タガラックはいかにも不服そうに、大きな会長机をバンバンと叩いた。
「しかしドラギウスよ、おぬし今度は何を企んでおるのじゃ」
「フハハハハ! 悪だくみは悪の総帥の嗜みであるぞ。安心せい、我輩は人の本質を見る目には自信があるのである。そうであろう林太郎?」
「ついさっきまったく身に覚えのない性欲の権化みたいな扱い受けてましたけど」
「だが少なくとも、我がアークドミニオンに相応しい大悪人であることは疑いようもなかろう。世界平和を口にする者が、悪人でないわけがない。フハハハハ!!」
大いなる総帥は、世界中の平和主義者が聞いたら卒倒しそうなことを平気で言い放つ。
だがこの悪のカリスマは、それさえも一笑に付すのであろう。
その横顔を見て林太郎は思う、いったい栗山林太郎という男の何がそこまでドラギウスを駆り立てるのか。
少なくとも、この“賭け”でドラギウスが得たものは何もない、林太郎はそれが不気味でならなかった。
都内を一望するウルトラVIPルームに、悪の総帥の邪悪な三段笑いが轟く。
まるでその邪悪な笑い声に呼応するように。
目の前にひろがるパノラマビューの一角で盛大な火柱が上がった。
…………。
15分後、現場へと急行する1台の車があった。
ハンドルを握るのは極悪怪人デスグリーンこと、栗山林太郎である。
「吹っ飛ばされたのは、代々木にあるアークドミニオン系列事務所のひとつッス。といってもダミー会社で、中身は空っぽの貸しビルッスけど」
「てことは死傷者はいないわけだ。まったくアイツらしいやり口だよ」
ビルから見た火柱。
あれは先日、サメっちが丸焼きにされたのと同じものだ。
“バーニングヒートグローブ”
勝利戦隊ビクトレンジャーを束ねるリーダー、ビクトレッドの固有武器である。
その名の通り両手に装着するタイプのグローブであり、射程範囲が絶望的に短いという欠点を有している。
しかしかの威力は欠点を補って余りあるものだ。
コンセプトは初代ヒーロー・アカジャスティスの必殺技、アカパンチから着想を得た“一撃必殺”である。
一発かすっただけでも炎の渦に包まれ、まともに食らえば桁違いの耐久力を誇る怪人であっても問答無用で火柱に包まれ爆発四散する。
まさに文字通り、一撃で相手を必殺するチート武器なのである。
「不意うちじゃなきゃ避けれたッス! あんなのノーカンッスよ、次は絶対負けないッス!」
「勇ましいのは心強いけど、無茶はいけないよサメっち。本当だったら次があるような相手じゃないんだから」
サメっちが爆死を免れたのは彼女が水棲生物怪人だったからか、それともレッドが手心を加えて芯を外したのか定かではない。
だが林太郎の見立てでは後者であった。
林太郎の知る限り、ビクトレッドこと暮内烈人とはそういう男だ。
烈人を一言で表すならば『ヒーローすぎる男』である。
ヒーロー学校時代からなにかと空気を読まずに熱さを振りまく男であったが、相手が凶悪な怪人であってもむやみに命を奪ったりはしない。
それは実際に有明埠頭でも、負傷したサメっちとソードミナスを見逃すような行動をとっていることからわかる通りだ。
罪を憎んで人を憎まず、という言葉をそのまま型に流し込んだような男なのである。
まさにヒーロー然とした人間性を買われ、ヒーロー学校第49期次席に甘んじながら主席である林太郎をおさえ人権派団体の強い後押しを受けてビクトレンジャーのリーダーに就任した。
この人選については林太郎に人望がなさすぎたというのも否めないところではあるのだが。
殺生を好まないという点において林太郎と共感するところはあったが、それ以外はまるで真逆の男なのである。
その“甘い男”がアークドミニオンに挑発行動を取る理由はただひとつ。
「どうせ呼び出しを食らうなら、美女からであってほしかったねえ」
…………。
“代々木公園”
春は桜が、夏は緑が、秋は紅葉が美しい公園も、今は枯れ葉色に染まっている。
かつてこの広大な敷地には陸軍の練兵場があり、多くの男たちが鎬を削り合った。
戦士たちの夢の跡地で、ふたりの男が対峙する。
「俺のメッセージは伝わったようだな、デスグリーン! 安心しろ、人払いは済ませてある。俺たちが雌雄を決するには最高の舞台だ!」
一方は褐色の肌にうっすらと汗を浮かべた好青年であった。
まっすぐな瞳には正義の魂が宿り、紅蓮の炎が熱く燃えたぎっている。
「わざわざのご指名どうも。俺の指名料はお前の安月給じゃ払えねえよ」
もう一方は不健康そうな顔をした眼鏡の青年であった。
汚れきった瞳は泥沼のように澱み、深淵よりもなお深い闇を湛えている。
「そういう割には誘いに乗ってくれたんだな! まずは感謝するぞデスグリーン!」
「売られた喧嘩は買わない主義なんだが、生憎と上司の前では断り切れなくてね」
「その口ぶり、まるでグリーン……林太郎の生き写しだ。林太郎を殺した罪は償ってもらうぞ!」
「それについてはお前も共犯だ、とだけ言っておこう」
義憤に駆られる烈人とは対照的に、林太郎を突き動かしているものは私怨であった。
どこまでも相容れないふたりにも、共通していることがひとつだけある。
お互いに相手を完膚なきまでにぶちのめしてやりたいと、切に願っているということだ。
「「ビクトリーチェンジ!!」」
ふたりの男の掛け声が重なった。
それと同時に彼らの身体は赤と緑の光に包まれる。
「心がたぎる赤き光、ビクトレッド! 正義の鉄拳でお前を正す!!」
「“平和”を愛する緑の光、デスグリーン。俺の平和のためにくたばれ」
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