極悪怪人デスグリーン

~最凶ヒーロー、悪の組織で大歓迎される~
今井三太郎
今井三太郎

第百六十六話「横浜邂逅」

公開日時: 2020年10月4日(日) 12:03
文字数:3,435

 “横浜駅”


 年間利用者数世界第4位の巨大なターミナル駅である。

 際限なく繰り返される増改築により年々魔窟まくつ化しており、その地下には恐ろしい怪人たちがうごめいていると噂されている。


 実際に夜間の巡回を行っていた駅員によって、『あり……あり……』とささやく黒い影が何度か目撃されていた。

 最新版の都市伝説ガイドブックによると、かつてこの地にあったアリアリ地蔵の祟りだという話である。



「横浜といったら中華ですよ朝霞さん! 俺、エビチリが美味い店知ってるんです!」

「暮内さん、たまにはエビチリから離れませんか」



 駅前を行き交う人々が、ギョッとした目で振り返る。

 それもそのはず、いくら3月春先とはいえ半袖に七分丈のズボンは、物珍しいを通り越してもはや狂気である。


 半袖のビクトレッドこと暮内烈人は、朝早くから東神奈川支部で行われた講演の帰りであった。


 強引な表彰からもわかる通り、ヒーロー本部は烈人を旗印とする方針を推し進めている。

 関東圏の支部を回って檄を飛ばすのも、プロパガンダの一環だ。


 しかしその内容は散々なものであった。


『あのー、そもそも正義というのは……戦士でありますからして……! え? 台本1ページ飛ばしちゃいました?』


 烈人は現場で英雄性を示すタイプだ、人前で英雄を演じることには向いていない。


 講演後、落ち込む烈人の肩を、直属の上司である朝霞が叩いた。

 自身の役割を徹しきれない烈人に対し、せっかくなので気晴らしにご飯でも食べに行こうと持ち掛けたのである。


「エビチリがダメなら……うーーーーん……エビチリ縛りか……ぐぬぅ……」

「……そんなに迷うことですか?」


 朝霞はメガネのレンズを拭いて掛け直すと、頭を抱える烈人に目を向ける。

 親心を出してランチに誘ったことを、早くも少し後悔しつつあった。




 …………。




 平日昼間の横浜駅は、スーツを着たサラリーマンや若者でごった返している。

 そんな様子を駅前の喫茶店の窓から眺めながら、林太郎と神木はテーブルを挟んでいた。


 一見して、自信に満ちあふれるハリウッドスターのような神木との相席は目立つ。

 ほりの深い目もと、高い鼻筋、後ろに流した少し長めの髪、わずかな無精髭さえも人によっては魅力的に映るだろう。


「ほほほ、皆さま精が出ますことで、お金を稼ぐのは大変でございますね。デスグリーン様も、お疲れ様でございました。こちらはお約束の報酬でございます」

「頂戴します」


 差し出された分厚い封筒を、林太郎はすぐさま懐にしまい込んだ。


「おやおや、中身はお確かめにならないので?」

「し……ザゾーマ将軍への信頼とでも受け取ってください。ねえミカリッキーさん」

「ほほほ、ザゾーマ様も貴方様のことをたいそう信頼なさっておいでですよ。十分すぎるほどの働きだったと、ワタクシ自身も部下より聞き及んでおります」


 そう言うと神木こと切断怪人ミカリッキーは、満足そうににこりと微笑む。

 彼のダンディスマイルを直視したウェイトレスのひとりが、カウンターの奥で卒倒した。


 林太郎はコーヒーを口に運ぶと、神木の胡散臭うさんくさい目を見据えて問いかける。


「ミカリッキーさん、差し支えなければ教えていただけませんか。SHIVA……ザゾーマ将軍は、何故あんなことを繰り返しているんです?」

「……………………」

「公安ににらまれるほどのリスクを冒しているんです。金のためだけではないでしょう」


 その問いかけに、神木は一切表情を変えず、顔面に笑みを張り付けたまま答えた。


「ザゾーマ様の深謀遠慮しんぼうえんりょはワタクシどもにも測りかねます。何卒ご容赦を」


 声のトーンを落としてそう話すと、神木は口をつぐんだ。

 これ以上話す気は無いといわんばかりの意思表示であった。


 教えるつもりがないわけではないが、今この場で副官である自分の口から語ることではないということなのだろう。

 徹底した秘密主義の奇蟲軍団が、極秘のバンカーに極悪軍団を“招き入れた”ことはけして偶然や過失ではない。


「わかりました。では、いずれまた」

「はい、何卒よろしくお願いいたします、ほほほ」


 ふたりの男は静かに握手を交わすと席を立った。




「あ、そうそう。お伝えするのを忘れておりました」


 店を出て解散しようとしたところで、神木が林太郎を呼び止める。

 そのわざとらしさに、林太郎は眉をひそめて尋ね返した。


「……なんです?」

「極悪軍団の皆さまに倒していただいたヒーローたちは、こちらでのしを付けて送り返しておきましたゆえ。ご心配は召されませぬよう……」

「……はあ、わかりました。……?」


 それほど重要そうなことでもない報告に、林太郎は肩透かしを食らいながらもその場を後にした。




 …………。




 春の穏やかな日差しを浴びながら、林太郎はまだズキズキと痛む顎をさすった。

 しかし痛みを感じるたびに、まるで穏やかではないなまめかしい肢体が脳裏をよぎる。


「うっ……いけないいけない、理性理性。ンーーーーーッ!!」


 林太郎は煩悩を振り払うように大きく伸びをすると、パーキングスペースに停められた黒い高級セダンに乗り込んだ。

 助手席には車内でずっとゲームをしながら待っていたサメっちが、ちょこんと座っている。


「アニキおかえりなさいッス。お金はちゃんともらってきたッスか?」

「ああ、ばっちり受け取ったよ。しっかし、なんつー駐車料金だ。たった一時間で1200円も取られたぞ」

「せ、1200円ッスか! うまうま棒12本買えるッス!」

「120本だよ。まあ、そのぶん収穫はあったけどね。ベアリオン将軍からもらったぶんも合わせたら、二ヶ月分ぐらいは凌げるか……」


 エンジンをかけ、カーナビを設定し、ハンドブレーキを戻してアクセルをふかす。

 セダンは音もなく、道の上を滑るように発進した。


 みなとみらいへ向かった際にも薄々感じていたが、とても良い車だと、林太郎はハンドルを握りながらほくそ笑む。


 車の運転は林太郎の数多ある特技の中でも、ヒーロー学校時代に特に高い評価を得たものの一つだ。

 天性の才を持つ者の前では結局2位止まりであったが、血のにじむような努力の結果手に入れた技術には誰しも愛着を持つものである。


 だが愛着云々以前に林太郎自身、単純に車の運転が好きだった。


「相変わらずいい車だ。軽快なハンドリングながら、手のひらに伝わる確かな接地感。それに腰周りから微かに感じるV型8気筒エンジンの力強い振動ときたらどうだ……。安価なストラット式サスペンションじゃ味わえない、マルチリンク式だからこそ味わえる最高のエクスペリエンス……」

「アニキちゃんと前見てッス! 危ないッスぅ!」


 サメっちの言葉で、林太郎は我に返り慌ててブレーキを踏む。

 危うく横断歩道を渡るカップルをはね飛ばすところであった。


「……あ、危なかった……ありがとうサメっち」

「これが噂のヒヤリハットッスね。サメっち覚えたッス」


 カップルに目をやると女のほうは微動だにしていなかった。

 しかし女を庇おうとした際に少し接触したのか、男のほうは尻もちをついていた。


 林太郎は運転席の扉を開くと、横断歩道の上でぺたんと座り込む男に駆け寄る。


「ごめんなさい、ぼーっとしてて! 怪我はないですか?」

「ええ、大丈夫です! 俺こう見えて頑丈なんで!」


 何故か季節はずれにも半袖の男の手を取り、引き起こそうとしたところで林太郎の動きが止まった。


 赤い半袖のシャツ、健康的な褐色の肌、短い黒髪に少し幼さの残る顔だち。



 飽きるほどに見慣れた、かつての同僚くれないれっとがそこにいた。



「あっ、お姉ちゃんッス」

「冴夜……?」

「うおおおお!! お前はデスグリーン!!!?」

「ウゲッ!」


 林太郎が引き起こしかけていた手を放すと、烈人は盛大に尻からすっ転んだ。

 その隙に運転席に乗り込むと、林太郎はギアをドライブに入れる。


「逃げるぞサメっち! しっかり掴まれ!」

「アニキ! シートベルトッス!」

「おうともさ!」


 サイドブレーキを解除すると同時に、踏み抜く勢いでアクセルを押し込んだ。

 高級セダンはその馬力をいかんなくタイヤに伝え、猛スピードで発進する。


「避けてください暮内さん。危ない!」

「朝霞さんは離れていてください! 俺が止めます!」

「無茶ですよ暮内さん!」

「俺はヒーローです! 怪人を見逃すわけにはいかない! ビクトリーチェンジ!!」


 烈人はお決まりのセリフを叫びながら、ビクトリー変身ギアを構えようとする。

 しかしその手には、なにも握られていなかった。


「あれぇーーーーーッ!?」

「暮内さん! スーツが届くのは明日です!」



 ドッガ!!



「アアアアアアアアァァァァァァ…………」



 赤い半袖が宙を舞った。




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