「りぃぃぃんたろぉぉぉぉぉ!!!」
「なんなのいきなり!? ぐえぇーーっ!!」
アークドミニオン秘密基地に帰るやいなや、長身の黒髪美女・ソードミナスが腰のあたりに抱きついてきた。
ほぼタックルのような形で、林太郎は背中を壁に叩きつけられる。
「たたた、大変なんだよぉ……! サメっちが……サメっちがぁ……!!」
「サメっちがどうかしたのか!?」
林太郎はソードミナスの肩をがっしり掴むと、冗談じゃないとばかりに走り出した。
そしてすべり込むように、大慌てで自分の部屋の扉を開く。
「サメっちぃーーーーーッッッ!!!」
サメっちの姿を目にした瞬間、林太郎はハッと息を呑んだ。
そこにはあまりにも凄惨な光景が広がっていた。
ソードミナスから剥ぎ取ったロングコートを長ランに見立て。
目にはサングラスを、そして頭にはフランスパンをくくり付け。
うんこ座りで林太郎を威嚇するサメっちがそこにいた。
ドーーーーーーンッ!!!!!
(え……影響を……受けている……ッ!!!)
「アニキおかえりなさいオッラァーンッス」
「うん、ただいまサメっち。どうしたのその恰好?」
「なんか変ッスか? サメっち元からこんな感じッス。あっ、こんな感じオッラァーンッス!」
「言い直したね?」
サメっちはグリッグリッと、林太郎の腹に頭のフランスパンを押し当ててくる。
そんな様子を林太郎の背後に隠れて見ていたソードミナスが、おそるおそるサメっちに声をかける。
「ほらサメっち、林太郎が困ってるだろう? それに食べ物で遊ぶのはよくないぞ!」
「オッラァーンッス!」
「ああっ、やめてっ! グリグリしないでっっっ!!!」
ソードミナスは、あっけなくフランスパンの餌食になってしまった。
太いフランスパンを口いっぱいに突っ込まれて涙目になっている。
「オッラァーンッス!」
「んぶぅっ! ひゃめへふれーっ! ひょんなのひゃいらないはらぁーっ!」
おそらく林太郎が帰ってくるまで、ずっとこんな感じで責め苦を受けていたのであろう。
「あむっ……はむぅぅ……」
「よぉしそこらへんにしておこうね!」
林太郎はソードミナスにまたがるサメっちをひょいと抱き上げると、ベッドに腰かけさせた。
そしてサメっちの隣に座ると、保護者として語り掛ける。
「それで、なんで急にコスプレ始めちゃったのか聞かせてもらってもいいかい?」
「…………オッラァーンッス……」
サメっちはうつむいたまま、林太郎の胸にフランスパンを押し当てた。
林太郎は黙って頭にくくり付けられたフランスパンを外してやると、優しく頭をなでて乱れた髪を直してやった。
しばらく黙っていたサメっちだったが、やがてゆっくりとその口を開いた。
「…………アニキ最近サメっちに構ってくれないッス……」
サメっちはもじもじしながらそう言った。
口をとがらせ、小さな唇の下で牙がカチンと音を鳴らす。
「そんなことないだろう? デートだって行ったばかりだし」
「置いてけぼりにされたッス……」
「ウッ……!」
思えばこのところ林太郎のサメっちに対する扱いは、あまり良いとは言えなかった。
今日だって林太郎はサメっちに何も伝えず桐華に会いに行ったのだ。
といっても、そもそも伝えられるわけもないのだが。
だがサメっちがどれほど気を揉んだかは、想像に難くない。
「アニキ、サメっちはもういらない子ッスか!? サメっちじゃもう満足できないッスか!? サメっちはもう昔の女ッスか!?」
「おっと、すごく語弊があるよサメっち。一応ソードミナスも聞いてるんだからね」
林太郎はソードミナスの方にチラリと目をやる。
ソードミナスは静かに首を左右に振ると、林太郎の肩に手を置いた。
「林太郎、やることやったなら男として責任は取ってやったほうがいいと思うぞ」
「断じてやってないんだよ。ソードミナスさんは俺を何だと思っているんだろうね」
なおもサメっちは、林太郎に詰め寄る。
「サメっち良い子にも悪い子にもなるッス! だからアニキはもっとサメっちに構ってほしいッス!」
サメっちは大きな目に、涙をいっぱい溜めていた。
林太郎は理解する、つまりサメっちは寂しかったのだ。
いたたまれない気持ちを抱え、林太郎はサメっちの肩に腕を回すとその小さな背中をポンポンと叩いた。
「ごめんよサメっち。心配かけたね、もう大丈夫だよ」
「ほんとッスか? アニキほんとッスかぁ?」
林太郎は優しい眼差しを向け、黙って頷く。
他の女、しかもヒーローと会っていたなどとは、口が裂けても言えないのだ!
「ああ、ほんとだよ。アニキは嘘つかないからね」
「アニキ実は隠れて他の女と会ってたりしないッスか?」
「ンンンッ! よおし今日はたくさん遊ぼう! そうだゲームをしようサメっち!!」
「やったーッス! アニキ大好きッス!」
急所に直撃を受けた林太郎は、サメっちの鋭い質問を力技ではぐらかす。
そんなふたりを見て、ソードミナスはちょっと複雑な気分であった。
「あはは……よかったなサメっち」
「えへへーッス! ソードミナスも一緒に遊ぶッス!」
「いいのか? ありがとう……ん?」
サメっちに腕を引かれてソファに座ったソードミナスの視界に、見慣れない大きな黒いバッグが入った。
はて? よくこの部屋を掃除しているが、林太郎の荷物の中にあんなものあっただろうか?
ソードミナスは荷物に近寄り、そっとバッグの口を開いてみた。
荒縄ァ! ロウソクゥ! ムチィ! ギャグボールゥ! あとなんかよくわからない棒ッ!
「はひゅっ!? ひょわわわわわわわわ……!!!」
一瞬で頭の先まで真っ赤に染まったソードミナスは、袖口からカッターナイフの刃をジャララララと撒き散らした。
背後でそんなちょっとした事件が起こっているなどいざ知らず。
サメっちは林太郎の膝にチョコンと座ると、クリスマスプレゼントでもらったゲーム機の電源を入れた。
「何やるッスか? 格ゲーッスか? ソードミナスめちゃ強いッスよ?」
「うーん悩むなあ。アニキはあんまりゲームやらないからなあ」
林太郎の得意なゲームは、もっぱら戦略シミュレーションである。
それに対してサメっちとソードミナスは、ふたりで年末年始ずっとゲームで遊んでいた。
いわば林太郎は初心者で、あとのふたりは経験者である。
「なあソードミナス。“縛り”入れていいか? その方が盛り上がると思うんだけど」
「りりり林太郎、ななな何を言ってるんだ!? 誰を縛るっていうんだ!?」
「そりゃサメっちとソードミナスは縛らないと、俺が楽しくないだろう?」
「きっ、鬼畜めぇ!!! 私たちを縛ってどうしようっていうんだ!」
思いもよらない強情な反応に、林太郎は首をかしげた。
このところ扱いが悪かったのは、なにもサメっちだけではない。
ようするに“ソードミナスにもフォローを入れたほうがいい”ということだろうと、林太郎は得心した。
林太郎は下手な笑顔でニテャァッ……と、まるで奴隷商人のような笑みを浮かべる。
「なにって、一緒に“遊ぶ”んだよぉ……ひひひっ……。楽しいぞぉ……癖になってやめられなくなるぞぉ……」
「アニキィ! サメっちハードモードがいいッスゥ!」
「サメっちは激しいの好きだなぁ……ソードミナスもこっちに来いよぉ、激しく燃え上がろうぜぇ……なぁに、そのうち自分からやりたいって求めるようになるさぁ……」
「サメっちソードミナスの弱点知ってるッス! 今日はいっぱいヒィヒィいわせるッスよ!」
なんということか!
サメっちは既に林太郎の魔の手に堕ちていた!
ソードミナスはガクガクと腰を抜かしてへたりこんだ。
「はわっ……はわわわわわわわわ……ダメだ林太郎、そういうのはもっと段階を経てだな……!」
「言ってくれるじゃないか、俺が下手くそだっていうのか? よぉし絶対泣かせてやるからな!」
「なっ、泣かされてたまるかっ!! それに下手とか上手とか以前に、私たちにはその、まだ早いというか……もにょもにょ」
指をくるくるしながら、ソードミナスは頭から湯気を出していた。
「どどど、どうしてもやりたいっていうならその……ふ、普通のがいい……」
「ノーマルモードかあ、俺はいいけどサメっちはどうだい?」
「サメっちもノーマルでいいッスよ!」
ソードミナスはちらっと林太郎の顔を見た。
林太郎は相当手慣れているのか、まるで緊張することもなく実にあっけらかんとしていた。
まさにリードは俺に任せろ、といった感じだ。
だが最初からいきなりサメっちも含めて特殊なことをやろうというのは、ソードミナスとしてはちょっとハードルが高いと感じてしまう。
「林太郎、お前を信じていいんだな……?」
なんだかんだで、林太郎は優しい男だということをソードミナスは知っている。
ソードミナスは目を瞑り、指を組んでギュッと身を固くした。
深呼吸し、覚悟を決め、あとはこの身を委ねるだけだ。
「サメっち、これ2人プレイしかないの?」
「交代しながらでもいいッスけど、3人同時プレイもできるッスよ!」
「んじゃ3人でやるか。どうする? 俺が真ん中でいいかな?」
「バランス的にはソードミナスが真ん中の方がいいッスね……サメっちとアニキが前と後ろから挟む感じで……」
「いきなり前と後ろ同時なんてらめええええええええええええッッッ!!!!!」
ソードミナスの魂の絶叫がアークドミニオン地下秘密基地に響き渡った。
…………。
一方その頃、阿佐ヶ谷のヒーロー仮設本部では、職員たちがせわしなく働いていた。
「ふう、これであらかた運び終わったでござるな」
「アカニンジャン殿、お疲れさまでござる」
「かたじけないでござるモモニンジャン殿」
風魔戦隊ニンジャジャンもその一員であった。
彼らは神保町ヒーロー本部跡地の瓦礫の下に埋もれた、機密資料の回収を任されていた。
おおかた作業は終了し、あとは回収したこれらを仮設資料室に運び込むだけだ。
「さあ、あとひと踏ん張りでござるよ!」
「うぅっ、しかしデスグリーンにやられた傷がまだ痛むでござるぅ……」
「無理してはいけないでござるよキニンジャン殿!」
紙媒体とはいえ、これだけかさばれば病み上がりのニンジャジャンたちにはつらい重さだった。
そんな資料の束を、ひょいと持ち上げる人影があった。
「手伝いますよ、どこに運べばいいですか?」
「おお、黛殿ではござらぬか! かたじけないでござるぅ!」
「ご助力痛み入るでござる。資料室にお願いできるでござるか?」
「わかりました」
ヒーロー活動停止期間中に外で問題行動を起こした桐華は、ついに謹慎処分を受け時間を持て余していた。
頭をよぎるのは栗山林太郎、桐華の見立てでは極悪怪人デスグリーンのことばかり。
そのことを朝霞司令官に話したところ、この件にはもう首を突っ込むなと釘を刺された。
ヒーロー本部の判断に口を挟むな、ということであろう。
到底納得のいくものではないが、今は考えないようにするほかない。
こうして何か働いていた方がいろいろ考えずに済むというものだ。
ビヨッ、ビヨビヨビヨッ……。
「む? 黛華殿、これは何の音にござるか?」
「“怪人センサー”ですよ。でも試作品で、壊れちゃったみたいです」
「ふむ、面妖な……」
資料を運び込むと、ニンジャジャンたちは桐華に礼の言葉を述べて去っていった。
仮説資料室には、桐華がひとりぽつんと残された。
そこには瓦礫から掘り起こされ、土で汚れたヒーロー本部の機密資料が積み上げられている。
桐華はその中のひとつに手を伸ばした。
ビヨビヨビヨビヨビヨビヨ……。
怪人センサーは、もはや鳴りやむ気配すらなかった。
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