悪の秘密結社アークドミニオンには、総帥のドラギウス三世をはじめ凶悪な顔ぶれがそろっている。
日本最大の企業グループ“タガデン”の会長にして日本の政界、経済界、芸能界などあらゆる分野に根を伸ばす闇のドン、絡繰将軍タガラック。
かつて関東圏最大の武闘派怪人組織“百獣大同盟”を率いており、今なお獣系怪人たちにとってはカリスマ的存在の、百獣将軍ベアリオン。
彼らはみな、国家公安委員会ならびに世界ヒーロー組織連盟における最高クラスの国際指名手配怪人である。
しかしこのアークドミニオンにはあとひとり、彼らと同じくその首に途方もない額の懸賞金をかけられている男がいる。
それが“奇蟲将軍ザゾーマ”であった。
「愚者は穢れなき泪をすくい集め、賢者は天より滴る雫を食みその牙を濡らす。刹那は悠久となり、月はその静寂でもって永遠に我らを照らし続けるであろう」
「ザゾーマ様は『デスグリーン様のために最高級の紅茶を用意しました。どうぞゆっくりしていってください。ミカリッキーの紅茶はとても美味しい』と仰っています」
「……ミカリッキー?」
林太郎が聞き慣れない名前に首をかしげると、カミキリムシのような顔をした従者兼通訳の男がうやうやしく頭を垂れた。
「申し遅れましたワタクシ、ザゾーマ様の従者を務めます切断怪人ミカリッキーでございます。お気軽に略してミッキーさんと呼んでくださいまし」
「ミカリッキーさんと呼ぶことにします」
「左様でございますか……」
ミカリッキーは少し寂しそうであった。
いや彼はカミキリムシ怪人だからミカリッキーなのだ。
それは必然であってまったく他意はないが、あえて危ない橋を渡る必要もないだろう。
「ちなみになんですが、ザゾーマ将軍。……普通には喋れないんですか?」
林太郎はついにずっと思っていたことを口にした。
これから重要な話をしようというのだ。
普通に喋ってもらえるならばそのほうがずっといい。
ザゾーマは紅茶を口に運ぶと、温室の天窓越しに冬の太陽を見上げた。
冬の日は短い、あと2時間もすれば夕方をあっという間に飛び越して日が暮れるであろう。
薄い日の光を全身に浴びると、ザゾーマはまるで花が開くようにゆっくりとその唇を開いた。
「さざなみに揺れる葉舟の如く、あるいは風にたなびく雲霞の如く、自由とはあるがままにして縛られえぬものにあらず。世界よ我が罪を赦し給う」
「ザゾーマ様は『ご覧のように、普通に喋ることもできますよ』と仰っています」
「なるほど。何の意思疎通もできていないようなので、手短に要件だけお伝えするとしましょうか」
林太郎はさっそく懐からスマホを取り出すと、いくつかの画像をザゾーマに見せた。
そこにはベアリオンとウサニー大佐ちゃんが写っているが、重要なのは桐華に斬られた傷である。
傷口は黒く変色し、怪人の再生力をもってしても修復がまったく進んでいない様子が見て取れた。
怪人の強靭に過ぎる肉体とその驚異的な再生力は怪人特有の細胞組織、通称“怪人細胞”の働きによるものだ。
先天的でも後天的でも、怪人覚醒したものはみなその細胞組織に異常を抱えている。
「怪人細胞の活動を阻害する毒です。俺は今わけあってこいつの解毒剤を手に入れなきゃいけない。そこで専門家であるザゾーマ将軍の意見を伺いたいんです」
ザゾーマは真っ白な手袋に覆われた細い指を、薄い唇に這わせて思案した。
毒の特性を検分しているのではない、そんなものは一目見ただけでわかる。
それよりも、これでデスグリーンにどの程度の恩を売れるのか。
ザゾーマはそれを考えているのだった。
そんな打算的な様子がありありと見て取れるザゾーマの姿に、さすがの林太郎も生きた心地がしなかった。
(奇蟲将軍ザゾーマ……できれば一番関わりたくなかったヤツだったんだけど……)
元東京本部所属のヒーローである林太郎は、職務柄危険な怪人についての知識はある程度持っている。
かつて目にした資料によると、奇蟲将軍ザゾーマは他の幹部と比べると力も弱く、破壊活動に際してそれほど積極性があるわけでもないという。
その男がなぜ最高レベルの要注意人物としてヒーロー本部のデータベースに登録されているかというと、その理由はただひとつ。
“危険度”が桁違いだからである。
それはもちろん、普段は人間態を取るザゾーマの“怪人態”がいかに狂暴凶悪であるかというところにも起因しているのだが。
最も危険とされるところは、彼のもっと根底にある。
ザゾーマは百獣将軍ベアリオンのように“情”で動くこともなければ、絡繰将軍タガラックのように“欲”で動くこともない。
奇蟲将軍ザゾーマの行動原理は一言でいえば“謎”である。
人間も怪人も、まず何か目的があって、しかるのちに行動を起こす。
それは知的生命体に限らず、生き物であれば万物に共通する基本的な原理である。
だがザゾーマがこれまで関わったとされる怪人活動にはまるで一貫性がない。
地方警察署を毒の煙で襲撃して、まるごと巨大な巣にしてしまったり。
大学のキャンパスに巨大なテントを張ってサーカスを開演したり。
高層マンションの壁一面を大量のカブトムシで埋め尽くしたり。
不思議な香りで公園に人を集め、ひとりずつ池に放り込んだり。
それらの一切が目的不明、ゆえに行動予測は不可能。
最も怪奇にして、最も奇怪な怪人、それが奇蟲将軍ザゾーマである。
「誘い火……」
考え込んでいたザゾーマがようやく口を開いた。
「黒き蝶は光に誘われ、その儚き翅を地獄の業火に曝すであろう。その身を焼かれし聖処女は黒き怨嗟の鱗粉でもって光を覆い喰らわん」
ザゾーマは悦に浸りながら、まるでオーケストラの指揮者のようにその肢を振るう。
「……あの通訳さん? この人、今なんて言ったの?」
「ザゾーマ様は『紅茶のおかわりはいかがですか?』と仰っています」
「絶対嘘でしょそれ。地獄の業火とか言ってましたけど」
次の瞬間『ドーーーンッ!』という爆発音とともに、植物園の入り口付近で火の手が上がった。
アリのような触覚を生やしたザコ戦闘員が慌てて温室に駆け込んでくる。
「敵襲、敵襲! ヒーローたちによる襲撃ですアリィ!」
その報告に、林太郎と通訳のミカリッキーは焦って席を立つ。
「そんなバカな! 連中の襲撃を避けるためにわざわざ西東京を選んだのに!」
「つけられていた様子はなかったのですが……おろおろ」
ふたりはすぐにヒーローを迎撃すべく、温室を飛び出し黒煙が上がっている植物園の正面入り口に向かった。
蜂の巣をつついたような騒ぎの中、奇蟲将軍ザゾーマはまるで最初から予定に入っていたかのように、ただひとり優雅に紅茶を飲んでいた。
…………。
現場に到着すると、既に多くのザコ戦闘員が地面に倒れ伏していた。
林太郎は唯一まだ意識のある戦闘員に駆け寄ると、その肩を抱き寄せた。
「おいしっかりしろ!」
「ああ……デスグリーンさん……気をつけてくださいアリ……綺麗な女の人が……ガクッ」
ザコ戦闘員はそれだけ言うと気を失った。
やはり強襲してきたのは黛桐華で間違いないだろう。
だとすれば、勝機を見出さないまま戦闘を仕掛けてくることはない。
林太郎は植物園のどこに潜むともわからない黒き暗殺者を警戒し、静かに身構えた。
「おろおろー、大変なことになってしまいました……ウッ!!」
建物の陰から曲線を描いて飛んできた矢が、ずっと狼狽していたミカリッキーの頭に突き刺さった。
「わ、ワタクシはもうだめです……あとはよろしくお願いします……」
「ミカリッキーさん弱すぎないですか!? もうちょっと根性出してくださいよ!」
「これ以上頑張ったら本当に死んでしまいます。何事もほどほどが肝心ですよ、それではお先に失礼……ガクッ」
ミカリッキーが口ほどにもなさすぎる退場を披露すると同時に、林太郎にも次々と矢が飛んでくる。
その矢はあらゆる軌道で林太郎に迫り、まるで逃げ道をふさぐように飛び交っている。
「このトリッキーなピンクの矢はひょっとして……」
林太郎が記憶をたどるまでもなく、その狙撃手が姿を現した。
そしてそれに続くように、林太郎にとって最悪の“敵たち”が姿を現す。
「“知性きらめくピンクの光”!! ……ビクトピンク!」
「“悪を撃ちぬく青き光”!! あッ! 骨に、響くぜッ! ビクトブルー!」
「“パワーみなぎる黄の光”……び、ビクト……いえ……いえろ……アヒッ」
それは満身創痍に過ぎるビクトレンジャーの面々であった。
倒しても倒しても立ち上がってくるというのは、林太郎自身怪人になってみて初めてわかる恐怖というものであった。
「“心がたぎる赤き光”!!!!! ビクトレッド!!!!!」
「“闇を斬り裂く黒き光”……ビクトブラック」
当然のことながらこのふたりもいる。
今、正義に燃える5つの光が、林太郎と対峙する。
「「「「「五人そろって、新生勝利戦隊ビクトレンジャー!」」」」」
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